M&P LEGAL NEWS ALERT #9:米国企業の開示からみるAIに関する取締役会の監督
1. はじめに
AIは、DXの推進や生産性の向上、競争上の優位性をもたらすといったビジネス上の機会をもたらす一方で、種々のリスクや課題もあります。
有価証券報告書における「事業等のリスク」において、AIに関するリスクや課題に言及する日本企業も見られるようになってきていますが、取締役会は、不適切なことが生じないよう内部統制システム(リスク管理態勢)を構築することが求められています。
もっとも、内部統制は企業価値向上のための仕組みであるところ、内部統制システムの整備にはコストがかかる以上、対費用効果を考慮すること、また、高度な経営上の知見・経験を必要とするため、どのようなリスクを認識し、リスク管理態勢を構築するかについては、基本的には、経営判断原則により取締役に広い裁量が認められると考えられています。
そして、どこまでリスク管理態勢を構築すればよいかについては、個人情報保護法といった個別の法令や業法で定められているものは別として、「他社並み」以上とすることが1つの基準として考えられます(*1)。
米国では、2024年の株主総会において、AIの利用状況や倫理規定の有無の開示を求める株主提案やAIの利用を監督する取締役会の役割規定を求める株主提案が出されるなど、AIに関する取締役会の監督について、投資家の関心も高まってきています。
そこで、米国企業の開示をもとに、日本企業のAIに関する取締役会の監督について検討します。
2. AIに関連する自社のリスクの特定
内部統制システム(リスク管理態勢)の構築に当たっては、リスクを制御する仕組みを作っていくものであるため、そもそもどのようなリスクが存在しているかの特定が出発点となります。
そこで、AIに関する取締役会の監督の取り組みとしては、まず、AIに関連して、自社あるいは自社の業界・業種において、どのようなリスクが存在しているかについて検討を行うことから始めることが考えられます。
AIに関する主なリスクのカテゴリーとしては、規制や倫理上のリスク、オペレーショナルリスクや競争上のリスクなどがありますが、リスク管理態勢の仕組みを具体的に作っていくためには、より具体的な内容にブレークダウンしてリスクを特定していくことが有益です。
そこで、AIに関する具体的なリスクの内容として、米国企業の年次報告書等において開示されているものが参考になります(*2)。
3. AIに関する取締役会の監督
AIに関して取締役会がどのような監督を行っているか、ISS-Corporateによる最近の調査では、2022年9月から2023年9月までに提出されたS&P500企業のプロキシー・ステートメント(株主総会招集通知)において、AIに関する取締役会の監督(下表の①~③のいずれか)について開示を行っている企業は約15%(※ITセクターのS&P500企業は約38%、ヘルスケアセクターのS&P500企業は約18%、通信サービスセクターのS&P500企業は約15%、金融セクターのS&P500企業は約14%)であったとされています(*3)。
開示されていないことが直ちにAIに関する取締役会の監督が行われていないことを意味するものではないこと、また、2023年9月までに提出された開示書類についての調査であり、必ずしも直近の状況ではないことには留意を要するところですが、このような開示状況からすると、意外なことに、米国の大企業においても、ITやヘルスケア、通信サービス、金融といったAIによる影響が特に大きい業界の企業を除き、AIに関する取締役会による監督体制が確立されているとはいえないのが現状といえます。
そこで、このような現状を踏まえ、AIに特化した取締役会による監督体制を構築するというよりは、まずは現在の内部統制システムにおけるリスク項目の1つとして自社に関連するAIのリスクを追加し、リスク対応方針等のポリシーを策定・更新する、社内教育・研修を実施する、適切に取締役会に報告されるプロセスとプロトコルを整備するといった進め方が考えられます。
もっとも、機関投資家は、AIに限らず、企業は重大なリスクを軽減するための取締役による監督プロセスを確立しておくべきと考えていることから、今後、さらなるAIの技術革新が進むにつれ、AIに関連するリスクと機会を取締役会レベルで効果的に管理し、対応するための適切な監督体制を確立することや、AIに関する専門性を有する取締役を選任することなどへの期待も高まることも考えられます。
そのため、自社に関連するAIのリスクや他社の動向にも留意しながら、AIに関するリスク管理態勢を適時にブラッシュアップしていくことが肝要です。
Author
弁護士 関本 正樹(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2007年東京大学法学部卒業、2008年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士。21年7月から現職。18年から20年にかけては株式会社東京証券取引所 上場部企画グループに出向し、上場制度の企画・設計に携わる。『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『対話で読み解く サステナビリティ・ESGの法務』(中央経済社、2022年)等、著書・論文多数
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