M&P LEGAL NEWS ALERT #8:支配株主による上場子会社の完全子会社化取引において同意なき買収や対抗提案が行われた場合に特別委員会は何をすべきか
近時、日本でも同意なき買収や対抗提案が見られるようになってきましたが、支配株主による上場子会社の完全子会社化取引の最中に第三者による同意なき買収や対抗提案が行われた場合に上場子会社の特別委員会は何をすべきか。この点について米国デラウェア州裁判所が判断を示しました。
日本と米国は会社法を含む法制度が異なるためそのまま日本にあてはまるものではないものの、支配株主による完全子会社化取引に厳しい基準を適用するデラウェア州の裁判規範は日本でも参考になると思われます。
1. 日本の支配株主による完全子会社化取引における規範
前提として、日本の支配株主による上場子会社の完全子会社化取引における規範を確認しておきます。
支配株主による完全子会社化取引には構造的な利益相反の問題があることから、取引内容の公正さを担保するため、経済産業省が2019年6月に策定・公表した「公正なM&Aの在り方に関する指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けてー」(公正なM&A指針)では、以下の①~⑥の公正性担保措置を事案に応じて適切に組み合わせて採用するものとされています。
① 独立した特別委員会の設置
② 外部専門家(アドバイザー)の独立した専門的助言等の取得
③ ほかの買収者による買収提案の機会の確保(マーケットチェック)
④ マジョリティ・オブ・マイノリティ(MOM)条件の設定
⑤ 一般株主への条件提供の充実とプロセスの透明性の向上
⑥ 強圧性の排除
この点、支配株主による完全子会社化取引では、その過程で第三者がいかなるプレミアムでの買収提案を行ったとしても、支配株主が上場子会社の株式の売却に応じる意思がない場合、買収は成立しないか、仮にある程度の議決権を取得できたとしても会社法上の少数株主としての権利しか有さないことになります。
そのため、公正なM&A指針は、支配株主が第三者への売却に応じる意思が乏しい状況下において、真摯な対抗提案がされることは通常考えにくいとしています。
また、経済産業省が2023年8月に策定・公表した「企業買収における行動指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けてー」(企業買収行動指針)でも、「真摯な買収提案」とはいえない要素として「実現可能性が合理的に疑われる場合」を挙げ、「支配株主が保有する支配的持分を第三者に売却する意思がないことが判明している中における支配的持分の買収提案」がその具体例とされています。
もっとも、企業買収行動指針は、「支配株主が保有する支配的持分の第三者への売却は、一義的には買収者と支配株主との間の交渉で決まる事項であるが、対象会社が望む場合には支配株主に持分の売却を働きかけることが可能なこともあり得ることや、買収価格が高ければ売却に応じる可能性もあることを踏まえると、当初の段階から当該事情のみを理由に実現可能性がないと判断することは不適切な場合もあり得る」ともしており、第三者による買収提案を一切無視してよいわけではありません。
そこで、第三者が支配株主よりも高いプレミアムでの真摯な買収提案をしてきた場合、上場子会社の特別委員会としてはどのような対応を行うかについての検討が必要になります。
2. 米国の支配株主による完全子会社化取引における規範
(1)MFW基準
ここで、米国において、支配株主による上場子会社の完全子会社取引についてどのような審査が行われるかを見てみます。
米国では、取締役や支配株主の信認義務(fiduciary duty)違反を理由とする株主による損賠賠償請求が行われた場合、①取引の公正さ(fair dealing)と②価格の公正さ(fair price)が完全に公正であったこと(entire fairness)を裁判所が審査しますが、支配株主側が完全な公正さについての立証責任を負うことから、実際問題としては、この完全公正基準が適用されると、支配株主側は敗訴するか不利な条件で和解することになるのが通常です(*1)。
他方、2014年、デラウェア州最高裁判所は、MFW事件(*2)において、支配株主による上場会社の金銭対価での完全子会社化(キャッシュアウト)につき、以下の6つの条件を満たした場合には、完全公正基準ではなく、経営判断(business judgment)の基準が適用される(この場合、通常、株主による損害賠償請求は却下される)としました(*3)。
(i)特別委員会の承認と少数株主の過半数の賛成(MOM)を支配株主が取引を進行させるための条件としていること
(ii)特別委員会が独立していること
(iii)特別委員会がアドバイザーを自由に選任することができ、最終的に取引を拒否する権限が与えられていること
(iv)特別委員会が公正な価格を交渉する際に注意義務を果たしていること
(v)情報を得た上で少数株主の投票が行われていること
(vi)少数株主への強圧性(提案に応じざるを得ないこと)がないこと
MFW基準は、日本における公正なM&A指針の公正性担保措置に比べ、MOMが必須とされているなど、支配株主にとって厳しいものであることが分かります。
(2)Smart Local Unions and Councils Pension Fund v. BridgeBio Pharma, Inc.
このような状況のもと、支配株主による上場会社の買収公表後、第三者が支配株主による買収価格よりも高いプレミアムで買収提案をしたという以下の事案において、デラウェア州衡平裁判所は、上記のMFW基準が全て満たされており、支配株主らに対する損害賠償請求は認められないと判断し、デラウェア州最高裁判所もその判断を支持しました(*4)。
そして、デラウェア州衡平裁判所は、支配株主は第三者への売却を受け入れることも支配権を放棄することも求められておらず、支配株主がどちらかを明示的に拒否してもMFW基準の適用が妨げられることはないとした上で、エイドスの特別委員会が公正な価格を交渉する際に注意義務を果たしたこと(MFW基準の(iv))については以下のとおり判断しています。
3. まとめ
このように、エイドスの特別委員会は、支配株主であるブリッジバイオが第三者にエイドス株式を売却する意向があるかを改めて確認する、GSKの買収提案を検討し、ブリッジバイオおよびGSKと協議・交渉する、また、ブリッジバイオに対してGSKとの交渉を促すといった努力を行っていたことから、注意義務違反はなかったと判断されました。
同意なき買収や対抗提案といった有事の事態が生じた場合においても、特別委員会は、結論ありきではなく、第三者の買収提案についても真摯に検討・交渉等を行うという基本に立ち返った対応を行うことが重要であることを示すものといえます。
Author
弁護士 関本 正樹(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2007年東京大学法学部卒業、2008年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士。21年7月から現職。18年から20年にかけては株式会社東京証券取引所 上場部企画グループに出向し、上場制度の企画・設計に携わる。『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『対話で読み解く サステナビリティ・ESGの法務』(中央経済社、2022年)等、著書・論文多数
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