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危機管理INSIGHTS Vol.11:スポーツ界の危機管理③-「大規模な国際又は国内競技大会の組織委員会等のガバナンス体制等の在り方に関する指針」の公表-

1. はじめに:大規模な国際又は国内競技大会の組織委員会等のガバナンス体制等の在り方に関する指針とは?

Vol.9で触れたとおり、2022年に開催された東京五輪を巡っては、組織委員会元理事やスポンサー企業関係者による贈収賄疑惑が大々的に報道され、大会組織委員会のガバナンスに関する問題が浮き彫りとなりました。

こうした事態を受けて、2022年11月14日、スポーツ政策の推進に関する円卓会議の下に、「大規模な国際又は国内競技大会の組織委員会等のガバナンス体制等の在り方検討プロジェクトチーム」(以下「本プロジェクトチーム」といいます。)が設置され、大規模な競技大会の組織委員会等(以下「組織委員会等」といいます。)のガバナンス確保に向けた仕組みについての検討が行われてきました。

そして2023年3月30日、本プロジェクトチームは、「大規模な国際又は国内競技大会の組織委員会等のガバナンス体制等の在り方に関する指針」(以下「本指針」といいます。)を策定および公表しました。

2. 本指針の概要

(1)本指針の位置づけ

そもそも、組織委員会等は、「スポーツの振興のための事業を行うことを主たる目的とする団体」(スポーツ基本法2条2項)として、一般スポーツ団体向けコードの適用対象にはなりますが、中央競技団体向けコードは直接適用されていません(一般スポーツ団体向けコードと中央競技団体向けコードに関しては、Vol.10をご参照ください。)。

もっとも、組織委員会等は、その業務運営が大きな社会的影響力を有するとともに、公共性の高い団体であることから、中央競技団体と同様に、特に高いレベルのガバナンスの確保が必要です。

一方で組織委員会等は、特定の競技大会を実施するために設立される組織であることなどに由来して、中央競技団体とは異なる特殊性を有しています。

そこで、本指針は、中央競技団体向けコードを基礎としながら、組織委員会等における特有の事情等を考慮し、組織委員会等が適切な組織運営を行う上での原則・規範を定めたものとして策定されました。

そして、本プロジェクトチームにおける協議検討の結果、組織委員会等におけるガバナンスにおいて特に留意すべき点は、①理事会の在り方、②利益相反管理の在り方、③マーケティング事業の在り方、④調達の在り方、⑤情報開示の在り方であると考えられ、本指針はこれらの点を踏まえて策定されました。

(2)組織委員会等による自己説明の要否および公表時期

組織委員会等は、ガバナンスコードに定められた関連する個別の規定とともに、大規模な競技大会において適切な組織運営を行う上での原則を定めた本指針を遵守し、その遵守状況について、具体的かつ合理的な自己説明を行い、公表することが求められるとされています。また、法人形態、業務形態、組織運営の在り方等が団体によって異なることから、自らに適用することが合理的でないと考える項目については、そのように考える合理的な理由を説明することが求められるとされています(本指針第1.3(1))。

組織委員会等は、時限的な組織であり、時期によってその規模等も変化するという特徴を有することから、その規模や時期等の個別具体的な事情を踏まえた適切な時期までに、本指針の各項目を充足することが求められるとされており、組織委員会等においては、本指針の遵守状況について、少なくとも年1回、自己説明を行い公表するとともに、本指針に関する重要事項に変更があった場合に、その都度自己説明の修正を行い公表することが必要とされています(本指針第1.3(2))。

(3)組織委員会等が尊守すべき規定

本指針は、中央競技団体向けコード(13原則)の各原則を基礎としつつ、組織委員会等における特有の事情等を考慮し、組織委員会等が適切な組織運営を行う上で遵守すべき原則・規範として、以下の11の原則を規定しています。

上記のとおり、組織委員会等におけるガバナンスにおいて特に留意すべき点は、①理事会の在り方、②利益相反管理の在り方、③マーケティング事業の在り方、④調達の在り方、⑤情報開示の在り方であるとされており、11の原則もこの5つのポイントを強く意識して整理されていることが読み取れます。

具体的には、①理事会の在り方については原則2および5、②利益相反の管理の在り方については原則1および8、③マーケティング事業の在り方については原則3、④調達の在り方については原則3、7および8、⑤情報開示の在り方については原則1および7において、端的な規律が定められています(それ以外にも、脚注を含む各原則の随所で5つのポイントを意識した記載がなされています。)。

また、危機管理の視点からも、重要な規律も整備されています。

第1に、不祥事の予防という観点からは、コンプライアンス委員会の設置(原則4)、コンプライアンス教育(原則5)、法務・会計等の体制整備(原則6)等の規律が定められています。

第2に、不祥事の発見という観点からは、通報制度の整備(原則9)の規律が定められています。

第3に、不祥事への対応という観点からは、懲罰制度の構築(原則10)や危機管理・不祥事対応体制の構築(原則11)の規律が定められています。

(4)セルフチェックリスト

スポーツ庁のWebサイトには、本指針と並んでセルフチェックリスト(以下「本セルフチェックリスト」といいます。)が掲載されています。

本セルフチェックリストは、組織委員会等が中央競技団体向けコードに定められた個別の規定および本指針への対応状況について、自らの現状を把握できるようにするためのものです。そのため、本セルフチェックリストには、本指針に記載のある項目のみならず、中央競技団体向けコードのうち、本指針には記載がないものの、組織委員会等にも適用され得る項目についても含まれています。

上記2(2)のとおり、組織委員会等は、法人形態、業務内容、組織運営の在り方等が団体によって異なることから、全ての項目に必ず対応しなければならないわけではありませんが、自己説明とその公表に当たって本セルフチェックリストを活用し、可能な限り多くの項目に対応することが求められます。

他方で、本セルフチェックリストのうち、自らに適用することが合理的でないと考える項目については、そのように考える理由について説明することが求められます。また、人的・財政的・時間的な制約等から、直ちに遵守することが困難である項目については、その理由とともに、遵守に向けた取組の具体的な方策や見通しについて説明することが求められます。

3. 本指針の活用上のポイント

上記1で述べたとおり、本指針は、東京五輪を巡る贈収賄疑惑を受けて、今後同様の問題が生じることを防止する観点から策定されたものです。

今後、日本でのオリンピック・パラリンピックの招致やさまざまなスポーツの世界大会や国内大会を開催するに際し、本指針の適用される「組織委員会等」に該当する組織が組成されることが想定されますが、本指針が策定された経緯やその意義を十分理解の上、本指針が形骸化することのないよう、本指針の遵守・活用に向けた取組を継続して行っていくことが重要です。

特に、コンプライアンス強化のための教育や、内部通報制度の構築・周知・運用等、一朝一夕で実質的な成果を上げることが難しい事項については、専門家の知見を活用しながら、地道かつ継続的な取り組みを積み重ねていくことが肝要です(内部通報制度の重要性については、以下のnote記事をご参照ください。)。

【参考リンク】
内部通報UPDATE Vol.1「迫る改正公益通報者保護法施行を見据えて①-なぜ内部通報制度は企業にとって重要なのか?-」

内部通報UPDATE Vol.2「迫る改正公益通報者保護法施行を見据えて②-従業員に信頼される内部通報制度とは?-」


Authors

弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、ESG/SDGs、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。

弁護士 中村 朋暉(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2022年弁護士登録(第二東京弁護士会)、一橋大学法科大学院学修アドバイザー。
三浦法律事務所の新卒第1期生として2022年4月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、ESG/SDGs、訴訟・紛争等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。


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