【私小説】消えないレッテル 第10話

  *

 有期契約社員五年目の夏、ついに私は障害者差別解消法の合理的配慮提供義務の強制発動をおこなうための活動を開始した。

 私は父と協力しながら、いや、正確には私は、なにもしていないし、父が会社にカミツキ・タケル名義で私が書いたという体《てい》で文書を作成してくれただけのことなのだが、そう、その文書が完成したのである。

 私は有期契約社員五年目のときに会社の直属の上司となった課長を通して、総務部長に訴えかける方向で、その文書を提出したのだ。

 回答の期限は一週間後と父が文書に記載する形で指定した。

 その回答を私は、ずっと待っていた。

 緊張しながら会社へ通う日々が続いた。

 精神が、心が擦り切れて、焦燥感で満たされながら、夏の季節を過ごしていた。

 文書を提出してから一週間が当たり前のように過ぎ、なかなか文書への回答が返ってこないと思ったとき、私の直属の上司から呼び出され、その回答をもらった。

「これが私たちの総意です。よろしくお願いいたします」

 私は会社の回答を読んでいく。

 会社の文書だったので、堅苦しいものなのは想定できたから、いかにも文書のテンプレートに則った、その文書を読んでいってるのだが、私は会社には心がないな、人間じゃないもんな、と思いつつも、その文書をじっくりと読み込んだ。

 当然ながら私と父の想いなど、会社に届かないことは想定できていた。

 会社は従業員として雇用している精神・発達障害者の想いなど聞くことはないのだな、と改めて知っていった。

 回答文書の後半を読んでいく私は、会社が思う正社員登用試験に対する精神・発達障害者への合理的配慮提供義務の回答を読んで、心に沸き立つ、なにかを感じてしまった。

『障害者といえど、正社員登用試験において不当に有利に取り計らうことは致しませんので、よろしくお願いいたします』

 この一文が私の中に備わっている心の隅々を破壊していった。

「不当に有利に」という表現が私の脳細胞に怒りをもたらし、抑えようのない感情に私の器にヒビを入れていった。

 総務部の自分のデスクに戻る。

 なにも変わらない、いつものフロアだ。

 約五年という年月を重ねていき、正社員従業員のほとんどが異動していって、面々は確実に変わっていってるけど、空間は変わらない総務部のフロアだった。

 私は、この総務部のフロアにいることが耐えられなくなり、休憩フロアで父に電話した。

「もしもし」

『もしもし、タケル、どうかした?』

「会社の回答があった」

『回答があったの? どんな内容だった?』

「それが、会社は正社員登用試験において、障害者を不当に有利にしないって言ってる」

『不当に有利に? えっ、どういうこと?』

「俺にだって、わかんねぇよっ!」

『タケル、大丈夫? 落ち着いて! 帰ったときに、その文書を父さんに見せて、な? とりあえず、あと三十分、総務部のフロアに戻って働ける?』

「うん、がんばるよ。あと、三十分だから。じゃ」

 休憩フロアから見える時計は午後五時の針を示していた。

 戻らなきゃ。

 あと、三十分で終わるんだ。

 三十分、耐えるだけでいい。

 三十分を耐えて、父に話して気持ちを落ち着かせればいい。

 それだけのことだ。

 総務部フロアにいない時間が長くなればなるほど、サボっていると思われるかもしれない。

 それだけは避けたい。

 だから私は、電話が終わったあと、すぐに総務部フロアに戻り、仕事をするために自身のデスクに座った。

 けど、フロアの横にいる直属の上司である課長の冷たい目、冷たい反応、あのときの回答文書を渡した対応、いつもの課長と違う感じがした。

 その二面性を持つ、仮面を使い分ける課長の冷たい一面、文書の文字の数々が私の脳内に何度も何度も思い出され、私の器は崩壊していく。

 目から流れ出す涙、反応しない電池の向きが同じリモコンのような脳みそが亀裂を起こし、次々とニューロンとシナプスが千切れていく感覚。

 私の体のすべてが悲鳴を上げていく。

 そして、私は、それを声に出してしまう。

「ぴぎいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっっっっっっ!」

 絶対に人間が口から出すことがないであろう鳴き声が会社ビルの八階フロア全体に響き渡る。

「ぴぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!」

「カミツキさん? カミツキさん! 落ち着いて! 落ち着いて! とにかく、落ち着いて!」

 私の鳴き声に反応した人物は、さっき冷たい対応をした課長だった。

 状況によって態度をころころ変える、この課長を、会社は、社会は、どうして正常だということにしているのだろうか。

 私は社会のすべてに疑問を持つ。

 マジョリティ多数派と呼ばれる存在が本当は異常なのではないか、と思ったのだ。

 本当は障害者のようなマイノリティ少数派が正常なのではないだろうか、と。

  *

 鳴き声を発した、あの日から、私の中で、なにかが変わってしまった感覚になる。

 脳細胞に存在するニューロンやらシナプスやらの神経細胞のすべてが断裂したかのような感覚が、ずっと残って痛かった。

 あの日、会社まで父に迎えに来てもらっていた。

 二面性の課長も同僚も心配している体《てい》でいたが、実際は、どう思っていたのだろうか、と考えてしまう。

 人間じゃないとでも思ったのだろうか。

 私は限られた年休を使い、会社を休んだ。

 そして、いつも通っている精神病院へ父と行き、主治医に診察してもらった。

 主治医は私を適応障害だと診断した。

 適応障害は置かれた環境に慣れることができずに不安感や抑うつ気分など、様々な症状や問題が出現し、社会生活に支障をきたす状態のことをいう。

 適応障害は様々な要因で起こりえるが、特に生活環境が大きく変わった際に発症しやすいらしい。

 私は自閉症スペクトラム障害と統合失調症に加わるように適応障害を発症してしまったらしい。

 この適応障害という状態は私にとって、とてもいいものではなかった。

 とにかく頭が割れるように痛い。

 これが適応障害を発症した私の感覚であった。

 適応障害の診断書をもらった私は会社から二週間の病気休暇を取得した。

 有期契約社員でも病気休暇があるのだということを初めて知ったけど、あまり嬉しくはなかった。

 会社での文書のやり取りによるストレスが、そもそもの適応障害の発症理由なのだから、おまえらのせいだろと言ってやりたい気持ちになった。

 私は少しだけタジマさんのことを思い出していた。

 あのとき、鳴き声を発したときにタジマさんは年休を取得していて、あのときの醜態をさらした私を見なかったわけだけど、もし、あのときタジマさんが私の隣にいたら、タジマさんは私に、なんて言ってくれたのかな、と思ったり。

 でも、タジマさんは正社員で一年間の病休を取得していた。

 私にとっての上流階級の人間がタジマさんなわけで、下層階級の私は二週間しか病休をもらえないわけなので、ある意味、対立する立場なのかもしれない。

 私はスマホ画面に表示されているツイッターを見ながらハタミチさんのつぶやきを見ていた。

 ハタミチさんは総務部とは違う部署の従業員なのだが、私が病休を取得した情報を知っていたらしい。

 ただ、『私も苦しいから病休ほしい!』みたいな感覚のつぶやきだったので、ちょっと脳神経が苛立ってしまった。

 そんな感じでネットフリックスにて配信されているアニメなどを観ながら私の病休は消化されていった。

 その間に父が、いろいろと動いてくれていたので、私は病休が終わったあと、年休を取得して、とある法律事務所へ来ていた。

 受付で相談料金の五千円を払い、今回の会社の回答文書を弁護士に見せるためだ。

「これが会社の回答文書ですね」

 弁護士の資格を持った方が回答文書を読み込んでいく。

 すべての文章を読み終えた様子を見せた弁護士に父は質問していく。

「どう思いますか?」

「まぁ、いかにもテンプレートな回答ですね」

「そうですが、その『不当に有利に』という文章が引っかかりませんかね?」

「確かに、この表現は文書として、おかしい部分ではありますが、この表現が問題になることはないでしょう」

「そう、ですか。ちなみにですが、有期契約社員の雇用についてですが、五年が経過したら有期契約社員から無期契約社員に転換するように法律で定められていますよね? それについて、どう思いますか? 息子の会社は五年が経過したら契約期間満了で退職させる仕組みみたいですが、それは、おかしくないでしょうかね?」

「いや、おかしくないですよ。それは、よくある会社が、よくやっている手口です」

「と、言いますと?」

「要は法律的におかしくないということです。五年が経過したら、ということですが、五年が経過しないうちにやめさせる雇用契約を結べばいいだけの話なのです。そうしたら五年が経過しないうちに有期契約社員を辞めさせることが可能です」

「そうなのですか?」

「ええ、だから、そんな冷たい会社に執着する理由はないと思いますけどね。従業員を大切にしていない会社だってことは、わかるじゃないですか」

「じゃあ、息子が病気になったという損害賠償を請求することは?」

「無理でしょうね。法律的に、それを求めることはできません。なぜなら会社は、その息子さんに、なんらかのハラスメント行為をおこなったという証拠がありますか?」

「でも、息子は適応障害になりました。診断書も、もらっています」

「暴力行為などの法律に引っかかるような行為は、されていないわけでしょう」

「そ、そうなのですかね?」

「だから私は、今、息子さんが行っている会社のことを諦めることを推奨します。そんな冷たい会社に執着する理由はないでしょ。会社なんて、いくらでもあるんですから。今回は、そんなところでいいですかね」

「最後に、いいですか」

「はい、なんでしょうか?」

「結局、障害者に対する合理的配慮の提供義務は?」

「会社がしていると言ったら、それまででしょうね。それでは」

 法律事務所から退出したあと、私は父と少し会話をした。

「なんて冷たい弁護士なんだ!」

「でも、まだ、障害者を守る法律が発達していないってことだよ。結局、障害者差別解消法の合理的配慮提供義務は万能じゃないんだ。もう、諦めるしか」

「いや、まだ手はあるはずだ。もう一度、会社に文書を送ってみるよ」

「そう」

 父は諦めなかった。

 いや、正確には父が諦めなかったという表現が正しいのかもしれない。

 私は確かに正社員になりたい気持ちはあるが、まだ、これといって、なにもしていなかった。

 正社員登用試験に関する勉強だって、まともにやっていなかった。

 正直、この苦しみから解放されることが、なにより私が望んでいたことだった。

 けど、父ばかり動かしている、なにもしていない私は、このまま父の言うことに従ってばかりでいいのだろうか。

 私は、この父のせいで障害者になったのではないだろうか、と思ってはいるけど。

 結局、私は人のせいにしたいだけかもしれない。

 この人生は自分だけのもの、な、はずなのに。

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