【私小説】神の音 第3話

  *

 ――翌朝。

 僕はメールボックスを開いたが、彼女からのメールは一通も来なかった。

 どうしてだろう? と僕は疑問に思った。

 調子が悪いのかなあ? と僕は思った。

 学校に行ってみよう。

 そして確認しなきゃ。

 僕はいつものように進路指導室に向かった。

 トモエちゃんはいなかった。

 進路指導室に行ったら、ブツダ君とヤウチさんがいた。

 トモエちゃんは珍しく帰ってしまったらしい。

 僕は理由を知りたかったが、訊くことはできなかった。

 それは無理に訊くとかえって怪しまれるのではないかと判断したからだ。

 僕は何だか寂しくなってしまった。

 唯一の楽しみがトモエちゃんのいる進路指導室に行くことだったのだから。

 メールをしても返ってこないのだ。

 何か理由があるに違いない。

 僕は再びメールを出すことにした。

「お、またメールを出す気か」

 クチタニ君が言った。

「うん。やっぱり確認を取らないとね」と僕は言った。

 僕はメールを書いてクチタニ君に見せた。

『今日は進路指導室に来なかったね。何かあったの? 心配してます』

「うーん……こんな感じかな」

「いいよ。これで送っちゃえ」

「そうだね。送ってみるよ」

 僕は二回目のメールを送信した。

「おかしいな。メールが来ないぞ」

 僕は震えながら携帯電話の画面を見守る。

「きっと何かあったに違いない。電話してみたらどうだ?」とクチタニ君が言った。

「電話番号は教えてもらってないんだ。どうしたらいいと思う?」

「電話してもいい? とメールに書いて出してみたらどう? 相思相愛なんだろ?」とクチタニ君は冷やかした。

「……分かった。送ってみるよ」

 僕は再びメールを送信した。

 するとメールはすぐに返ってきた。

『しつこい! もう二度とメールしてこないで!』と雷マークが付いたメールだった。

 そんなにしつこくメールしたつもりはなかったのに。

 僕はこれからどうしたらいいんだ。

 僕はクチタニ君にメールを見せた。

「これさあ……もう無理じゃね?」

「そんな……僕と彼女は……」

 目は合っていた。

 なのに……どうしてこんなことに……。

 彼女は僕を騙していたのか?

 これまでの二年間は何だったのか?

 僕には分からなかった。

 でも、僕は……

「僕はまだ気持ちを伝えていない。まだ何も始まってない」

「何を言っているんだ? もう終わりだよ。君と彼女は」

「でも! それでも! 伝えたい気持ちがあるんだ!」

 僕は激しく言葉を発した。

 例え彼女に嫌われていたとしても、今までの二年間が嘘偽りのないものだと確信できる。

 僕は再び彼女に会う決心をした。

 僕は進路指導室だけでなく特進クラスにも行くようになった。

 特進クラスに行くことでトモエちゃんに会える回数が増えるからだ。

 だが、僕は重大な欠点を残していた。

 僕はトモエちゃんに話しかけるほど勇気を持ち合わせていなかった。

 このままだとトモエちゃんに話しかける前に卒業してしまう。

 やっぱりメールでしか好きな気持ちを伝えることができないじゃないか。

 僕はクチタニ君に相談することにした。

「あ、あのさ、タケマルさんのことについてなんだけど……」

「却下」

「えっ、まだ何も言ってないのに」

「それは無理な相談だ。脈なしなんだよ。もう修復は不可能なんだ」

「そ、そんな、あんなに目が合っていたのに」

「それはお前の思い過ごしだって」

「思い過ごしじゃない! 僕たちは分かりあっていた! だからこれから好きという気持ちを伝えるんだ!」

「……お前さ、いい加減にしろよ。そろそろ相談されるこっちの身になってみろよ。もう限界だ。この話を終わらせないと次は殴るぞ」

 僕は脅された。

 クチタニ君に脅された。

 ベランダで会った時の怖い印象に変わっていった。

「……分かったよ。僕は告白する。トモエちゃんに。実際に会って話ができないんだ。だから僕はメールで告白する」

「やってみろ。それで諦めがつくんだったらな」

 僕は告白を決意した。

『タケマルさんへ。僕はタケマルさんに告白したいことがあります。僕はタケマルさんのことがずっと前から好きでした。付き合ってください』

 僕はメールを送信した。

 メールを送ってからは沈黙の時間が続いた。

 もう後戻りはできない。

 僕の部屋にはクチタニ君がいたが、僕との会話はメールを出した時から途切れていた。

 ――十分後。

 携帯電話のランプが光った。

 メールが返ってきたようだ。

 僕はクチタニ君と顔を合わせ、確認の合図をした。

 僕の心臓はドクンドクンと激しく高鳴っていった。

「早く確認しろよ。どうせ結果は変わらない」

 クチタニ君がせかした。

 僕は心の準備をしようとする前に携帯電話のメールアプリを開いた。

『付き合えんわ』

 

 メールに書かれていた言葉はたったそれだけだった。

 僕は何かの間違いじゃないかと思えた。

 だって、あんなに目が合っていたのに。

「アハハハハハッ!」

 クチタニ君は笑った。

 声を高らかにあげて。

「なんで笑うのさ!」

「まあ、そんな結果だと思ったのさ」

「そんな結果? どういう意味?」

「カミツキの思い過ごしって意味だよ。自意識過剰だったんだよ」

「自意識過剰だって? そんなわけ……」

「そんなわけないってか? そんなわけあるんだよ。お前は今振られたんだ。それを自覚しなきゃ駄目だ」

 クチタニ君はすっきりしたような顔で言った。

「カミツキ、お前は現実を見なきゃ駄目だ。お前のような顔で誰かが好きになると思ったのかい?」

「顔? 顔でどうこう決まる話じゃないだろう?」

 僕はどうして顔について言われたのか疑問を持たなかった。

 なぜなら、僕は自分のことを平均的な顔だと思っているし、それが良いと思っているからだ。

「現実を見ろ。お前は不細工だよ」

「ぶ、不細工だって?」

 僕は疑問に思った。

 自分がなぜこの状況で不細工と言われなきゃならないのかと。

「な、なんでそんなことを言うんだい?」

 僕はクチタニ君に問いかけた。

「ど、どうしてそんな風にしか物事を捉えられないんだい?」

「捉えられない? カミツキ、お前は何を言っているんだ? 世の中は顔で決まる。恋愛に平等なんてないんだよ」

「びょ、平等じゃない? クチタニ君、君は何を僕に分からせたいんだ?」

「お前さあ、自分のこと、イケメンだと思っているだろう?」

「……は? いきなり何を言って……」

「イケメンだと思わなきゃ誰かに告白しようとする行動なんてしないだろう?」

 僕はクチタニ君が言ったことの意図が読み取れなかった。

 お前がいったい何を言っているんだと問いかけたかった。

「ど、どうしてそんなことを言うんだ」

「それはお前が俺のことをコケにしてるからだッ!」

 ビュッ! と風が吹くような勢いで僕はお腹を殴られていた。

 なんで? と僕は疑問に思った。

「ど、どうして? なんでいきなり殴ったんだ?」

「お前さあ、俺よりイケメンだと思っているよな?」

 ……は?

 お前は何を言っているんだと僕は問いかけたかった。

「い、いや、思ってないけど」

「はあ? 思ってるだろうが。思ってなきゃあんなことはしない。告白するなんて行動はな」

「た、クチタニ君、君はいったい何を勘違いしているんだ?」

「勘違いなんかしていないさ。お前のそういう態度が俺を苦しめてるなんて思わなかったのか?」

「く、苦しめる?」

 苦しんでいたのか?

 僕のせいで……。

「ああ、お前のそういう態度が俺を苦しめていたんだ! だからもうお前には近づかない! 今後一切二度とな」

 クチタニ君は僕の部屋を出ていった。

 僕の態度がクチタニ君をこんなに怒らせるようなことをしたのか。

 僕は疑問に思いながら床に就いた。

 お腹が痛い……。

 眠りながらも痛みは続いていた。

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