【私小説】神の音 第15話

  *

 ――しばらくして、カラオケボックスを出た。

 カラオケボックスを出た後は何だかお通夜ムードだった。

 友人たちはコンビニで食べ物を買いに行ったりした。

 僕は何も買わなかった。

 ホテルまでの帰り道、僕はワタリさんと会話をしていた。

「カミツキ君は大学で何をしているの?」

 そう訊かれると、僕は答えるのに躊躇した。

 僕は大学での暗い出来事を思い出していた。

 だから今の大学について話すことは躊躇してしまう。

 でも僕は必死にワードを見つける。

「英語の勉強かなあ? 外国語を重要視してる学部だしね」

「へえ、外国語の勉強をしているんだ。結構頭良かったりするの?」

 そう訊かれることも嫌だった。

 大学は偏差値が四十ぐらいでそんなに頭の良い大学ではないからだ。

「う、うん。留学生も結構いるし、留学生と会話をしたりするしね」

 言った言葉に嘘偽りはない。

 留学生の方が日本語を流暢に使うから会話ができるのだ。

 まるで自分が喋れるように言ってしまった。

「ふうーん、すごいんだね、カミツキ君って。何でもできるんだね」

 何でもできるという訳じゃないよ。

 たまたまできることが被っているだけさ、と決め台詞を言おうとしたが、何だか自分自身が恥ずかしくなり言うのをやめた。

「大学はどこに通っているの?」

 直球な質問をしてきた。

 大学名は恥ずかしくて答えることができない。

 一瞬でバカだと思われてしまう。

 それを答えるのは避けたかったので僕は答えることができなかった。

「…………」

「…………」

 僕と彼女は沈黙のまま歩き続けた。

 何か言おうと思った瞬間、僕が泊まるホテルに着いてしまった。

 その先には駅がある。

 ワタリさんたちは駅を目指していた。

「……今日はわざわざ遠いところまで来てくれてありがとう」

「……いや、僕の方こそ楽しい舞台を用意してくれてありがとう。今日は本当に楽しかったです。また会える日を楽しみにしています」

 僕はテンプレのような言葉を言い終えると、ワタリさんたちと別れてホテルに入った。

 僕はホテルで寝ようと身支度を整えようとしたが、心に引っかかりが芽生えた。

「このままでいいのだろうか?」

 突如、自分の中に迷いが感じられる。

 あれで本当によかったのだろうか?

 僕は彼女に何か伝えたいことがあるんじゃないか?

 沈黙のまま、時間だけが流れていく。

「ああ、もう!」

 いつの間にか僕は声を荒げていた。

 僕はこのままで終わりたくなかった。

 このままじゃ駄目な気がした。

 僕は彼女に何を伝えるべきなんだろう。

 ……悩む。

 時間だけが過ぎていく。

 このままじゃ駄目だ!

 僕は荷物を持って外へ飛び出した。

 ホテルの代金を払って駅へ向かった。

「彼女に……伝えなきゃ」

 僕は夜の……いや、朝の街を走り出した。

 駅のホームへ向かう。

 そこにはワタリさんとワタリさんの友人がいた。

「はあ……はあ……」

「……カミツキ……君?」

 ワタリさんが僕を見る。

 僕は駅のホームに向かう。

 ワタリさんたちに声をかける。

「……やあ、やっぱり朝一番の電車に乗って帰りたくて……」

「そうなんだ……あ……隣、座る?」

 僕はワタリさんの隣に座った。

 彼女からは香水の匂いが感じられた。

 ツンと鼻に衝く。

「それでさー」

 ワタリさんはワタリさんの友人と話を続ける。

 僕のことはお構いなしだ。

 これが現実。

 僕はそう感じられた。

「……じゃあ、帰るね」

 ワタリさんの友人がタクシーに乗って帰っていく。

 その時に言われた言葉がこれだ。

「カミツキ君がミユキを守るんだよ。悪い男がつかないように」

「……へ?」

 僕も「悪い男」になるんじゃないかと思ったが、それを言わないで――

「……任せてよ」

 と言った。

 まあ、僕は告白するために来たんじゃなかった。

 ただ、ワタリさんとあの沈黙な会話になったまま終わるのが嫌だったんだ。

「じゃあ、気を付けてね」

 ワタリさんが言った。

「じゃあ、どんな会話をしようかな?」

 僕が話を切り出す。

「……うーん」

 ワタリさんは悩む。

 悩んでいたので僕の方から話す。

「ワタリさんって今日までどんな学校生活を送っていたの?」

 ワタリさんは「それなら」という感じで口を開く。

「私、中学校を卒業したら、商業高校に進学したんだ。進学したのはいいんだけど、商業が私に向いてないんだって思った時に、大学の進学をやめて、専門学校に進学することにしたの。専門学校ではマッサージについて学んでいたわ。ちゃんと二年で卒業して就職できたのはいいんだけど、僅か三カ月でマッサージの仕事をやめちゃって……」

「それで……今は?」

「改めて就活しているんだ。私、仕事をやめたことを後悔している。今の時代、すぐに仕事をやめた人ってのはね、そういう履歴だけで落とされちゃうの。だから私は続けるべきだったとよく思うんだ」

 ワタリさんと僕はよく似ているなと思った。

 僕は今、大学をやめようとしている。

 それがどんなに苦労する選択肢か僕はまだよく分かっていない。

 でも、自分はこのままでいいとは思っていない。

 だからやめるという選択肢は間違いじゃないと思いたい。

 僕は心の中で悩んだ。

 何が僕に対して最良の選択肢になるのかを。

「……カミツキ君?」

 ワタリさんは僕を呼んだ。

「……ああ、すまない。少し考え事をしていたんだ」

「あれって、浮気じゃない?」

 僕は声のする方へ振り返った。

 男二人がニヤニヤしながら話している。

「浮気……だよね?」

「アリムラさんはどう反応するだろう?」

 冷やかしにもほどがある。

 なんで新潟に来てまでこんなことを思われなきゃいけないんだ。

 新潟にまで僕の知っている人がいるのか?

 なんで知ってるんだ?

 どういう経緯で……

「……カミツキ君ってば!」

「……は?」

「ボーっとし過ぎだよ。一体どうしたっていうの?」

「本当にすまない。今日はお酒の飲み過ぎで疲れているのかな?」

「もうすぐ電車が来るよ。それに乗って一緒に帰ろう。案内してあげるから」

「ああ、ありがとう。ワタリさんには色々気を使われ過ぎだな」

 駅の階段を下りていく。

「……きゃあッ!」

「ワタリさん危ない!」

 僕はワタリさんの身体をキャッチした。

 ワタリさんの身体は小さく、いつ壊れてもおかしくない様子だった。

「……ありがとう」

 お礼を言われた時のワタリさんにドキッとした。

 もうこの先会うことはないだろうと思うと少し寂しくなった。

 電車の中に入っていく。

 電車が動き出す。

「……じゃあ、私ここで降りるね」

「……うん、今までありがとう」

「じゃあね」

 ワタリさんは振り返らずに離れていった。

「さようなら、ワタリさん」

 僕は心の中で呟いた。

 二〇一三年一月七日、冬休みが終わった大学に通うと、ある変化が見られた。

「ねえねえ、知ってる?」

「うん、もう知ってる」

「カミツキの好きな人が変わったんだって」

「名前は?」

「ワタリ・ミユキって名前なんだって」

「へえ、心変わり早いな」

「アリムラさんはもうどうでもいいってこと?」

「かわいそう、アリムラさん」

 なんでなんだろう。

 僕の行動はどこから知られているんだろうか?

 まるでどこかの常識のように語られている。

 それが当たり前なように。

「ワタリさんと付き合うのかな?」

「でも、遠距離だし」

「愛さえあれば何でもできるさ」

「愛があるかは微妙だよね。一日会っただけだし」

「一日だけでも愛があれば大丈夫さ」

「多分ね」

 このやり取りを聞いてるだけでめまいがする。

 どうしてここまでやるんだって。

 ……クラクラする。

 頭がボーっとする。

 目の前が暗くなる。

 今日は変な日だ。

 憲法の授業中にこんなものが見えた。

 魔女だ。

 魔女のような顔をしたジェントルマンが椅子に座りながらクルクル回っている。

 魔女のような顔をしたジェントルマンは椅子に座りながら僕の目の前をクルクル回っている。

 それはとっても不思議な感覚だった。

 まるで別世界のような感覚だった。

 ジェントルマンは僕の目の前から決して消えなかった。

 クルクルクルクル回り続ける。

「ねえ、あの人何を見てるの?」

「さあ、何かに浮かれているんじゃない?」

 どんなに声が僕を遮ろうと僕はまだ通い続ける。

 フフフ。

 僕はまだ終わらないよ。

 終わってたまるか。

 僕はそれでも学校に通い続ける。

 単位を手に入れるためだったら……編入できるくらいの単位を手に入れるまでは決して終わらない。

 僕は誰にも負けてはいけないんだ。

 身体が芯まで熱くなる。

 熱くなっている原因は何だろう?

 僕は答えを探ろうとするが、答えは見つからない。

 答えが分からなくても、熱が身体を支配しようが、決して逃げない。

 ――そう僕は誓った。

 二〇一三年一月十日、僕は経済の講義の時に教授の話を聞いた。

「一人の人間に対して集中的に攻撃をするのはやめましょう。その人は真剣に何かに取り組んでいるのです。だから邪魔をしないようにしましょう」

 この発言は僕に対して言われているものだと思った。

 教授の話は周りに対して注意を払うために言ったものだった……ように思えた。

 僕は嬉しくなった。

 心配されているのだ、自分は。

 だから僕は頑張ろうと思った。

 誰にも負けない強靭な心を持って学校に通おう。

 ――そう心に誓った。

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