夢のスケッチ〈Pt.01〉


 かれは衣装入れに手を突っ込んでなにかを探している
 それは去年のセータかも知れないし、水色の恋かも知れない
 台所では子供たちがきのうの誕生会を回想している
 もしかしたら、ケーキが少なすぎたのかも知れないな
 そうかぼやいてなにかを探している
 でも、それは朝からずっと見つからない
 見つからないのはかれ自身だった
 自身を探しているんだ
 自身を探しつづけているんだ 
 だんだんと暗くなる室で、
 鳥の声がするのはどうしてだろう?
 かれはすっかり憑かれたみたいに家をでてさ迷う
 見えるものがすべて、いままで見えなかったみたいに感じられる
 棲み家を失ったひとびとがまた、
 業務スーパーでピケを張っている
 なまえを失ったひとびとがまた、
 ドン・キホーテで焚き火をしている
 囲むのはかれの夢、
 封じられたのはかれの躰、
 ひらかれた扉などひとつもない通りで、
 深海のダンスパーティが頻発して、
 もはや顔を失ったひとびとがグリル・チキンを陳列する
 猥褻な足がいくつもならぶ国道で遅れて来た女がスカートをたくしあげる
 いくつもの過去、そして失われた夢と憧憬たち
 かれはじぶんがだれだったかをおもう
 おれは名もない虹鱒だ──かれはおもう
 だれかがなまえをつけてくれるのをかれは待つ
 夏が反転する時間までにたどり着く必要があった
 けれども場所はどうしても判然としない
 約束されたところがあって、みながそこへむかうのに
 どうしたものか、かれにはわからない
 グラスがわれた、乾いた音を発てて
 長い廊下を歩いていたような気がする
 あるいは短い階段を上りきったような気がする
 子供たちがベッドにむかって疾走する
 飛ぶ夢がいま必要だと気づくころにはもう、
 かれのなかの家は解体つくされ、
 なにも残ってはない
 顔を失ったまま初恋するようなまちがいが、
 あちらこちらで明滅している
 敵はいったいだれなのか
 気づくとかれは駅にいた
 じぶんには家も子供も、そして衣装入れすらないことに気づく
 じぶんが欲しかったものに復讐される夢を見たんだ
 かれは鏡にむかって微笑み、そして分断された現実のなかで、
 つぎの列車を待ちながら一冊の本をひらくのだった。

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