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Stones alive complex (Libyan Desert Glass)


月まで歩いてゆこう。

そう思いたち、
歩き始めてから早21年と7ヶ月と14日。

ついに、月に到着した。

地平線から昇ったばかりの地球が初々しい。
夜の境目で分けられている地球の表面は、
文明の火打石が打ち合わされるたびに飛び散る、金色と空色の火花で瞬いている。
地上の人々がそこそこ豊かな生活を営む、生命の輝きの証だ。

この光景が見たかった。

拳を予備運動で左右へ振り、湧きあがる喜びを身体の外へぐんぐん押しだすつもりに、はるか遠くへ残してきた地球の中心点めがけ、シュッとパンチを突き出す。

距離としては、気が遠くなる長い道のりだった。
時として振り返れば、一瞬のようだった。
一瞬の思い出すぎて、どこをどう歩き、ここまで来れたのかまるで憶えていない。

ただひたすら脇目も振らず、月へ向かって歩き続けた。

もちろん。
ぐるっと地球を一周して元の場所へ戻り続けた。
幾度となく、戻り続けた。
けれどそんな事で、へこたれはしなかった。
あらかじめ想定していた事態が起ったにすぎない。
分かりきった事で、いちいちへこたれるほど愚かではない。
月まで歩いてゆく、という目標設定をする以上に愚かな事態が起こらないかぎりは、へこたれるはずがなかろう。

幾度も元の場所から歩き始めた。
何度も再スタートした。
月に到着するまで諦めなかった。
いや、諦めるという心境すら知らなかったに近い。
『月に着くまで足を交互に動かす』
シンプルにそれだけを決め、シンプルにそれだけに従ってきた・・・だけなのだ。

考えられうる最も愚かな自分の目標を設定した、それを自覚さえしておけば。
歩んでる最中に他人からその愚かさをどれだけ指摘されようが、まったく恐れはなかった。

「アナタのやってる事っていったい、なんなん?」
そんな心暖かい、いろんな意味含むの御心配を受けるたび、
「だよね!」
と鼻の先を掻き、
心から同意し、
そして心からにっこりして感謝した。

そんな数々の火花散る思い出も、
今となっては愛おしく瞬く、歩みの証だ・・・

愚かさの力は意志の弱さを補えてもなお、
まだ有り余るポテンシャルがある!
それを証明できた感激に打ち震えていた、そこへ・・・

右真横の視界から小石が数個、ヒュッと回転しながら、弱い重力によるスローモーションの速度で、こちらの頭めがけて飛んできた。
ゆっくりだったので最初の一個は手で叩き落としたが、二個目が宇宙服の膝に、三個目が肩にあたり、跳ね返って月面に転がった。

石が飛んできた方角をムッと見る。
最高の達成感に酔ってるこのシーンを邪魔するなんて!
いったい、なんなん?!

ひとりの瑠璃色の保護スーツを着た女性が、次に投げる予定らしい今度は大きめの石を構え、月の砂漠に立っていた。

「キミは、だれだ?」

彼女は苦笑し、手の石をポイッと捨てると、

『ようやく、ワタシの存在に気がつかれたようですね。
ワタシは月の住人、リビアンデザートグラスという者です』

「何の用だ?」

『アナタに聞きたい事があって・・・』

「なんなりと言ってみなさい。
美しき月の人よ」

御機嫌な気持ちが戻ってきたので、快く許可をした。

ではと、うなづいたリビアンデザートグラスは、

『ワタシが地球での用事をすませてる間に無断でワタシの宇宙船へ乗り込んでいて。
帰還の飛行中もワタシに気がつきもせず脇目もふらずに宇宙船の中をうろうろ歩き回り続けて。
月に着いたとたんワタシに気がつきもせず脇目も振らず、挨拶も無しにとことこ出ていって。
なんなんこいつ?!と思ってすぐ後ろをつけているのに、ワタシに気がつきもせず脇目も振らず、地球へ向かって嬉しそうにパンチして喜んでるアナタのやってる事って・・・
いったい、なんなん?!』

鼻の先を掻き、にっこり笑う。
これまでのにっこりとはステージが違うにっこりで、感謝の意を伝える。

「だよね!」

(・∀・)b

(おわり)

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