見出し画像

ディストピア政治ドラマ『結婚相手は抽選で 』~「LGBT」「優生思想」そして「治安維持法」

日本では珍しいパラレルワールド政治ドラマ

事前情報なし、原作未読で観始めたら、これがなかなかの問題作でちょっとびっくり。
深夜ドラマなので観ている人は多くないと思いますが、 結婚相手を政府が抽選で決めるという 「抽選見合い結婚法」 が施行されたパラレルワールド(並行世界)の日本が舞台の一種のディストピア政治ドラマ。       2018年の「第56回ギャラクシー賞 テレビ部門優秀賞」を受賞しています。

           『結婚相手は抽選で』第1話

政府が少子化に歯止めをかけるという大義名分のもとに一気に通したこの法律、25~39歳の独身男女全員に 政府が見合いの相手を強制的に紹介するというブライダル業界が真っ青になるような代物。

結婚候補者を政府が無料で紹介してくれるので喜ぶ独身者もいましたが、この法律には裏があり、自分の方から 3回以上断ると軍隊に似た「 テロ対策活動後方支援隊 」(通称「テロ撲滅隊」)に2年間強制的に入れられるという恐ろしいペナルティがついていたのです。

極度の潔癖症で「オタク」の主人公宮坂龍彦(野村周平)はその原因となった高校時代のトラウマのため、他人とコミュニケーションをとるのが苦手で、女性と付き合った経験もありません。

最初の内は深い考えもなく、何となく「抽選見合い結婚法」を歓迎する気持ちもありましたが、紹介された相手に潔癖症が気持ち悪いと何度も速効で断られたり、見合い相手がそもそも結婚を望んでいなかったりと、散々な目に合います。

主人公と同様に「抽選見合い結婚法」に振り回される3人の男女の副主人公(皆それぞれに事情を抱えています)や友人たちの見合いの顛末も並行して描かれて行きます。

第4話では、ノンポリだった主人公がこの法律に対して疑問を抱き始める場面があり、今後の展開の伏線を予感させます。

最近のドラマにしては設定がぶっとんでいて、一種のシチュエーションSFというか、日本のドラマでは珍しいPF(ポリティカル・フィクション)の線を狙っているようにも見えます。

野心家の「抽選見合い結婚法」担当大臣が何となく小池百合子を連想させる他、第1話で、この法案が総理の収賄問題から国民の目を逸らすためのものであることが明かされるなど、政府の悪辣なやり口が現政権を思わせる描写も散見されます。

また、「 テロ対策活動後方支援隊 」の実態が、実はよく分からないのも何となく不気味です。

制作者側にこちらが思うほどの高い志はないのかもしれませんが、「抽選見合い」の顛末をコメディタッチで面白おかしく描くことだけに終わらせず、1本の法律が引き起こす様々な社会問題や矛盾、軋轢などの描写を通して、現在の政治のあり方を風刺していって欲しいなと思ったのが第1話の感想。

画像1

第5話 北風君「衝撃のカミングアウト」

この回の前半三分の二は主人公と副主人公二組の見合いの様子がきめ細やかに描かれ、それはそれでなかなか見応えのあるドラマになっていました。
主人公の龍彦が見合い相手の冬村奈々(高梨臨)のアドバイスで潔癖症を克服する糸口を掴むなど、今までと違って、どちらの見合いも「表面上」はとてもよいムードで進行します。

この回はシリアスだった前回までと打って変わって、このままよくある恋愛ドラマのようにハッピーな雰囲気で終わるのかなと思っていたら、最後にとんでもない地雷が仕掛けられていました。

ラスト近くになって、龍平の部屋を訪れた友人の東大出のエリートで帝国理化学研究所(STAP細胞問題で有名になった理化学研究所とそっくりな名称)に勤務する北風君が衝撃の告白をするのです。

北風が実はゲイであり、この法律の被害者であること、自分が置かれている社会的立場のためにカミングアウトできずに苦しんでいること、自分だけでなく性的マイノリティ(全国民の約8%)は、全員が被害者であること等を涙ながらに語ります。

北風の告白を聞いた龍平は「人を傷つける法律なんて、絶対にあっていい訳がない!」と「抽選見合い 結婚法」が悪法であることを確信し、この法律と闘うことを決意する場面で第5話は終わります。

           『結婚相手は抽選で』第5話

「優生思想」にまであと一歩  

社会問題になり、月刊誌『新潮45』の実質的廃刊の原因にもなった自民党杉田水脈議員の差別発言「LGBTは子どもを作らないから、生産性がない」を彷彿とさせるこのシーンは、観ていて本当に心が震えました。

杉田水脈の差別発言が強く批判されたのは、人間を「子どもを作れるか否か」という基準で価値づけて分断し、差別する考え方そのものが根本的に間違っていると同時に、こうした思想がもし肯定されるのであれば、「生産性がない」とされる範囲が更に拡大され、エスカレートしていく危険性をはらんでいるからです。

望んでいても何らかの理由で子どもができない夫婦、子どもを望まないカップル、独身主義者、同性愛者等の他に、子どもが作れる年齢をとうに過ぎた老人たちさえも容易に差別の対象になり得るのです。

ここまで来れば、「生産性がないのにコストだけがかかる障害者は、この社会には必要ない」とする「優生思想」にまであと一歩です。
現に2016年に起きた相模原やまゆり園での「相模原障害者施設殺傷事件」の犯人は、こうした思想の持ち主でした。

このような 「優生思想」に基づいた政策は世界各国で戦前から行われており、日本でも1948年(何と戦後!)に施行された「優生保護法」によって知的障害者やハンセン病患者に強制的な断種・不妊手術が実施されていました。

優生政策の最たるものは、ヒトラー・ナチスの「安楽死計画」(暗号名「T4作戦」)。「生きるに値しない生命」と認定された障害者や難病患者は次々にガス室へ送られて行き、戦後の調査では約27万人が殺害されたと推計されています。

並行して行われていたユダヤ人に対する「ホロコースト」も 根底には同じ思想がありました。

大日本帝国をまさしく「ディストピア国家」にした1本の法律   

話が「優生思想」のほうに脱線してしまいましたが、このドラマをもう少し深読みしてみましょう。

「大多数の国民が、 議会を通過するまで大して気にも留めていなかったたった1本の法律が、施行されたとたんにその本性を現してして牙をむき、国民一人一人に襲いかかってくる。

その危険性に気付いたときは既に手遅れで、個人の人権を侵害して、幸福に生きる権利(基本的人権としての幸福追求権)を奪い、人々の日常生活を根底から破壊してゆく。」

法律と言うものは、本質的にそのような恐ろしい可能性を秘めた存在でもあるのです。

例えば、NHKの大変優れたドキュメンタリー「データで読み解く戦争の時代①  ETV特集『自由はこうして奪われた~治安維持法 10万人の記録~』」(2018 書籍化あり)で取り上げられていた「治安維持法」がそうでした。

  ETV特集『自由はこうして奪われた~治安維持法 10万人の記録~』」

治安維持法は、「天皇制」という国体の変革、私有財産制の否認を目的とした結社を取り締まるため、大正末期の1925年「普通選挙法」と抱き合わせのような形で制定された史上最悪の治安立法。

当初は、日本共産党や社会主義者を弾圧することが目的とされましたが、特高警察による共産党の壊滅後は日本が戦時色を強める中で次第にその適用範囲が拡大して濫用されるようになります。

労働運動は勿論のこと、共産主義とは何の関係もない社会運動や農民運動、文化運動(生活綴り方や生活画運動、青年団活動等)、宗教団体、水平運動(被差別部落解放運動)、果ては三木清のような自由主義者までもがその標的となって次々と検挙されて行きました。 その数何と10万人以上!

最高刑も1928年には緊急勅令によって死刑に変更され、大日本帝国の戦争遂行のために邪魔になるとみなされた全ての団体、結社、集団、個人を根こそぎ弾圧していったのです。

「隣組制度」による相互監視や密告が横行。仕舞には「戦争は嫌だね。」などの厭戦的な言動、政府や軍部への悪口や落書きなども取り締まりの対象となって警察や特高に拘禁され、厳しい取り調べや激しい拷問を受けるまでにエスカレートして行きました。朝ドラ『エール』では、キリスト教徒が警察の取調室で激しい拷問を受けるシーンが描かれています。

基本的人権が全く保障されないファシズム国家大日本帝国は、まさしく「ディストピア」そのもの。これが安倍前首相ら極右が取り戻したいと願っている「美しい国日本」の正体です。

最近では、気が付いたときには通ってしまっていた「マイナンバー法」。
いづれ紐付けの範囲が今よりもっと拡大されて、政府が狙っている中国のような超管理・監視社会(デジタルファシズム国家)実現の為に活用されていく事は目に見えています。デジタル庁は、その司令塔になるはずです。

現在のコロナ禍を悪用して国民の銀行口座とマイナンバーとの紐付けを義務化する企みは一旦見送りになりましたが、今度はワクチン接種情報と紐づけると言い出しています。                       新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA」でさえまともに作れない日本政府の能力では、余計な混乱を招くだけだと思いますが。

第5話のラストで龍彦は「失った正義を取り戻す勇気を持ちたい」と自分のブログに書き込むのですが、私にはこの龍彦の言葉が、安部総理のスローガン「日本を取り戻す」への皮肉のように思えました。

「国民一人一人が国会の動きや一つ一つの法律にもっと関心をもって常に国会の動きを監視し、政治や社会のあり方について活発に議論し合い声をあげていかないと、知らないうちに大変なことになるんだよ。」       

このドラマは、そのようなメッセージを 我々に投げかけてくれているのではないでしょうか。

日本国憲法12条の前半は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」とあり、国民が不断のの努力を怠れば、自由や権利はたちまち奪われてしまう事を警告しています。

この極めて緊迫したラスト10分間は、最近のTVドラマでは「いつ恋」の第5話後半に匹敵する名シーンだったと思います。

最終回 ~「抽選見合い結婚法」廃止! 

最終回、何と政府が「抽選見合い結婚」法を廃止を決定!
並行世界の日本政府は、現実世界の政府より随分物分かりがいいようです。

最終回は、こんな事を考えながら観ていました。

「龍彦と奈々の二人もいい雰囲気で、このままめでたしめでたしで終わってしまうのか~。それだと何だか物足りないなあ~。お決まりの予定調和で終わらせず、例えばラストに政府が突如「抽選見合い結婚法」よりもっと悪質な法案を出してくるとかの大どんでん返しを持ってきたら、インパクトがあって面白いのになあ~。」

勿論、ドラマのほうはそんなサプライズやどんでん返しなど微塵もなく、やはり予想した通りのハッピーエンドで無難に終了。                                                    

政府が野党の抵抗を押し切って通した重要法律を、多少の反対運動があったからといって自ら廃止するなんて、そもそもありえない話です。
官邸を取り囲むような大規模デモの描写もなく、反対運動自体も政府への上申書やSNS、小規模な反対集会が主のかなりショボいもの(製作費の関係もあるのでしょうが)。

龍彦の見合い相手の女性が、自分が結婚をあきらめた人間であることを切々と語る第2話と北風君がカミングアウトする第5話が素晴らしかっただけに、第6話以降の展開には、やや尻つぼみ状態であまり政治的リアリティが感じられませんでした。

回数の関係もあり、残念ながら、大きく拡げた風呂敷を最後はバタバタと小さく畳んで終わってしまったという竜頭蛇尾感は否めません。

ただし、最終回ラストの「結婚は義務なんかじゃない、でしょ?」「でも、結婚する権利はあります。」という奈々と龍彦のやり取りは、余韻があってそれなりによかったですが。

           『結婚相手は抽選で』最終回

「それぞれのレジスタンス」~若者たちの成長物語

とまあ、ここまで、「政治ドラマ」としての『結婚相手は抽選で』後半について、かなり批判的に書いてしまいました。

しかし、視点を変えて、「若者たちの成長物語」という観点からこのドラマを見ると、面白いことに評価がガラリと180度変わってしまうのです。

ドラマの冒頭、潔癖症やコミュニケーション障害という、主人公が抱える個人的問題が描かれます。その上に、さらに個人の心の領域に土足で踏み込んできて、人間の尊厳を平気で蹂躙する「抽選見合い結婚法」という悪法の問題が重なります。

視点を変えれば、このドラマはこれらの問題に主人公たちが真剣に向き合い、悩み、怒り、葛藤し、闘い、克服していくことを通して、龍彦たちが自らを成長させていく成長物語と解釈することもできるのです。

反対集会での演説、「結婚は人間の義務じゃない!」「自分たちの人生は自分たちで選んで決めます!」という、自らが抱える「コミュニケーション障害」を克服した龍彦の心からの訴えは感動的でした。

龍彦だけではありません。
周りの若者たちも悪法と闘うことで、人権意識や政治意識、連帯することの大切さに目覚め、もっと大きな世界に目を向け、視野を拡げて行きました。
(若者たちの活動グループの名称が何となく「シールズ」を連想させるのがご愛敬です。)

第5回の感想で、 

                                 「国民一人一人が国会の動きや一つ一つの法律にもっと関心をもって常に議会を監視し、政治や社会のあり方について活発に議論し合い声をあげていかないと、知らないうちに大変なことになるんだよ。」
このドラマは、そのようなメッセージを 我々に投げかけているように思いました。 

と書きましたが、最終回では、「政治や社会のあり方について活発に議論し合い、声をあげてい」く若者たちの成長した姿が描かれていたのが嬉しかったです。

各話の題名に、現在ではほとんど死語になっている「レジスタンス」という言葉を2度も使ったり、最終回で「ばかやろう政府!」と龍彦が叫んだり、担当大臣が「あんな官邸に評価されたって、意味あるのかしら。」とつぶやいたり。

明らかに安倍政権と重ね合わせられることを意図したこれらの台詞に、脚本家をはじめ制作スタッフの現在の政治状況に対する並々ならぬ問題意識を感じました。

まさに、レジスタンス=理不尽な政治への「抵抗」です。

森友問題を取り上げた北川景子主演のドラマ『指定弁護士』が、局上層部からの圧力によって脚本をズタズタにねじ曲げられ、全く訳の分からないストーリーに改竄されてしまったように、最近は、ニュースや報道番組、ワイドショーだけでなく、ドラマにまで政権に忖度する同調圧力が強まっています。

そのような状況下で、『結婚相手は抽選で』は、あの時間枠で許されるギリギリのところまで精一杯頑張っていた、最近では珍しい斬新な切り口の「社会派ドラマ」だったと思うのです。

そして、NHKの『女子的生活』と並んで、このドラマがLGBTの人々への正面切っての力強い応援歌であったことは、何よりも評価されるべきです。

それは、日本国憲法で保障された「基本的人権」を敵視して国民から取り上げ、日本を戦前のような人権のない全体主義国家に戻そうとする杉田水脈議員に代表されるような極右改憲勢力に対する反撃でもあるのですから。

※ドラマ『結婚相手は抽選で』は、現在、デイリーモーションに全8話がアップされています。未見で興味のある方は、削除されないうちにどうぞ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この記事が参加している募集

テレビドラマ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?