記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

光が闇で、闇が光だった。


ドラマや映画を観るより、小説を読む方が断然面白い、という経験は本(小説)を読まない人には絶対分からないと思うし、そんなわけない、絶対映画の方が面白いって言うだろう。だけど私は知っている。若い頃に好んで読んでいた海外ミステリーはまるでミステリー映画を観ているみたいに、場面が切り替わり、被害者と、顔がわからない犯人の距離がどんどん近付いていきハラハラしていた。伊坂幸太郎に出会ってからはますますそう感じているし、道尾秀介も確かそんな事を言っていた。小説の方が面白い自信がある、って。


テスカトリポカ/佐藤究

画像1

今年直木賞を受賞した本作。分厚いし、聞き慣れない何語か分からないタイトル、表紙の絵も遺跡とか呪術とかをイメージさせる。怪しい。怪しすぎる。

メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人のバルミロ・カサソラは、対立組織との抗争の果てにメキシコから逃走し、潜伏先のジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会った。二人は新たな臓器ビジネスを実現させるため日本へと向かう。川崎に生まれ育った天涯孤独の少年・土方コシモはバルミロと出会い、その才能を見出され、知らぬ間に彼らの犯罪に巻きこまれていく――。海を越えて交錯する運命の背後に、滅亡した王国〈アステカ〉の恐るべき神の影がちらつく。人間は暴力から逃れられるのか。心臓密売人の恐怖がやってくる。誰も見たことのない、圧倒的な悪夢と祝祭が、幕を開ける。(読書メーターより)

何だかスケールが大きくて、しかもとても丁寧に(残酷、戦慄)描かれていて、映画になったら前後編2部作くらいの濃さだ。『ゴッドファーザー』と、『インディジョーンズ魔宮の伝説』と、他にも以前に観た任侠映画やヤンキー映画のシーン(主に残酷な)を思い出しながら乏しい想像力を駆使しながら読む。


怖い本だった。ストーリーもだし、暴力シーンもだし、人物の描き方も風景も、いけにえとか儀式とか。家族もお金儲けも暴力も“負の連鎖”。逃げられない。こういう作品は小説であれ映画であれ、これまでにも沢山あった。ただなんとなく自分には関係ない遠い世界の物語として、他人事だった。ところが日本が舞台になると、途端に恐怖が身近になる。


カルテルの幹部と、もう一人の主人公・コシモ(漢字で書くと“小霜”、なんか可愛い)という少年。コシモを見ていると“知らない”事がこれほど切なく不幸な事だと感じた。誰からも教えてもらえなかった、誰からも必要とされなかった、少年。学校にも通わず世間からは隠れた存在。いや、存在していないも同然だった。コシモが存在感を示すのは、そのビジュアル(長身、褐色の肌)と暴力性だけ。その暴力性さえも、鍛えて身に付けたものではない。天性のもの。だからある日覚醒した。誰からも教えられなくても、“誰か(何か)を守る”為に闘うことは本能なのだ。


だから、守ろうとした。守りたいという気持ちは、本作の“光”であり“希望”だ。初めて自分を愛してくれた人は“間違って”いた。信じたかったけど、間違いに気付いてしまった。どうしようもない、逃れようもない“負の連鎖”を断ち切るのは、自分の欲や恐怖や裏切りではなく、人間性や情や愛。守りたいのは自分ではない。


読み終えてコシモの事を想う時、涙が流れた。きっと今も何処かで、得意の木彫りに熱中していると信じたい。テスカトリポカはアステカ神話の神のこと。物理的には“けむりをはく黒曜石の鏡”、しかしてその実体は‥闇ではなく光、太陽のこと(皆既日食)だったのだ。



この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が受賞したコンテスト

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?