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統計学から眺めるM-1グランプリ-得点のバラツキが与える影響-


本稿の分析は「M-1グランプリ公式サイト」


から取得したデータで行っています。

1. M-1グランプリ

今更説明不要かと思いますが、改めてその概要をおさらいしておきます。M-1グランプリは2001年に始まったお笑い賞レースです。2010年に一旦終了しますが、2015年に復活再開し2021年に17回目を迎えました。約6,000組以上の芸人がエントリーし、20-30%の視聴率を記録する名実ともに日本一の賞レースです。そのため若手芸人にとってはこの結果が人生を大きく変えるといっても過言ではありません。

2. 審査方式

決勝での審査方式は年によって細かい違いはありつつも、複数人(ここ数年は7人で固定)の審査員それぞれが個別に100点満点で評価し、その合計点が高い上位3組が最終決戦に進む方式です。最終決戦では審査員が1人1票の多数決で勝敗を決します。

3. 審査方式の問題点

審査員がそれぞれの演者を出演順に100点満点で評価し、その合計で決定する方式は問題があると考えられます。最初によく言われるのは、「トップバッターが不利」という説です。全17回の大会で、トップバッターが優勝したのは第1回の「中川家」だけです。一方、発表の順序が優勝か否かに関係ないと仮定した場合、トップバッターの優勝回数が17回の大会で1回以下になる確率は約48%程度あり、統計的には少なくとも優勝するかどうかについてはトップバッターが不利とは言い切れないと考えられます。しかしこの48%という数字はエントリーした芸人の力の差がない場合の統計的考察であり、中川家が圧倒的な漫才師であることを考慮すると、トップバッター不利説をくつがえすことはできなさそうです(極端な話、真にトップバッターが不利であっても、毎回1番手が中川家のような芸人の場合、データからは1番手が不利という結果は導けないでしょう)。また、最終決戦への通過率や1位通過率に関しては、トップバッターが不利という統計もあるようです。

2つ目の問題点は審査員間の得点のバラツキの違いが最終順位に大きな影響を与える可能性があります。例えばある審査員が特定の参加者に100点を付けそれ以外の参加者に0点を付けた場合、合計点に与える影響が他の審査員より大きくなります。特に他の審査員の得点のバラツキが80-95点のような場合極端な審査をすることで自分の意図したように参加者の順位をコントロールできることになります。

また意図的でなくても、個人間の得点のバラツキの違いは結果としてアンフェアな評価になりかねません。下図は意図的に作成した得点表です。

参加者Aは審査員Cに極端に嫌われたせいで、審査員ABのアドバンテージを失い合計点としては3者の中で最低点となっています。またこの逆である審査員が全ての参加者の得点を同じにしてしまうと、この審査員は合計点に何の影響も与えないということになってしまいます。つまり「いてもいなくても同じ」となってしまいます。

このようにM-1の審査方式の問題点2つ挙げてみました。前者のトップバッター不利説に関しては先述したように別の方が検証しているため本稿ではこれ以上触れません。他方後者、つまりバラツキが順位に大きな影響を与える問題に関して考えます

本稿では得点のバラツキの統計を過去の大会実績より検証し、どれほどの影響を与えていたかを分析し、それに変わる順位尺度方式や標準得点方式を紹介します。最後にエンターテインメントとしての審査という観点から新得点方式が必要かどうか検討します。

4. 審査員得点の統計推移

下図は年ごとの審査員それぞれの全参加者に対する得点の統計量(標準偏差と平均)の審査員全体平均の推移です。

標準偏差(バラツキ)は2001年が最も高く、年を重ねるごとに小さくなっていきます。また平均では2001年が最も低く、年を重ねるごとに高くなっていき最近では90点前後で落ち着いています。これは初回大会は審査員も手探りであり得点の振れ幅の違いも大きく、開催回数が増えるにつれ各審査員の中に得点のベンチマークができ、それらのバラツキが小さくなってきたと考えられます。

2015年以降に絞ってそれぞれの審査員の得点のバラツキを確認してみます。下記は2015年から2021年までの各審査員の得点を箱ひげ図であらわしたものです。

記憶に新しい「漫才か漫才でないか」論争のあった2020年は上沼恵美子さんとオール巨人師匠は他の審査員と比較してバラツキが小さいことが分かります。伝統的な漫才という観点から評価が難しかった大会であることが分かります。

5. バラツキが与える影響

では個人間の得点のバラツキが順位にどれだけの影響を与えるでしょうか?本節では各審査員の得点を偏差値化した標準化得点で合計点と順位を再計算し、それがもとの得点に基づく順位とどれだけ違うか確認します。

それぞれの審査員の得点を平均50、標準偏差10となるように変換します、それを全員分合計したものを標準化得点とします。2015年~2021年大会の変換前得点(素点)と変換後得点を散布図にしたものが下記です。

横軸が素点で縦軸が変換後の標準化得点です。理想的には横軸と縦軸に単調増加な関係があれば良いのですが、一部そうなってはいません。例えば2020年のマヂカルラブリーは素点では見取り図より高いですが、標準化得点ではその逆になっています。これはマヂカルラブリーが比較的バラツキが大きい松本人志さんと中川家・礼二さんに見取り図より高く評価されたというのが影響しているようです。

この例ではマヂカルラブリーも見取り図も標準化得点に直した場合でも3位以内に入っているため最終決戦に影響を与えないため大きな問題にはなりません。一方で標準化得点による最終決戦進出者と素点でのそれが変わってきてしまうと問題です。このような例は全17回の大会で1度だけあり、2008年大会です(2001年も3位と4位が素点と標準化得点で入れ替わるが当時上位2組が最終決戦進出であったため影響なし)。

2008年大会において素点換算の場合ナイツが3位、笑い飯が4位ですが、標準化得点ではその逆になります。つまり審査員のバラツキが均等であった場合笑い飯が最終決戦に進出していた可能性があります。この時の最終決戦でのナイツの得票は0票でした。またナイツ・塙さんは著書「塙宣之 , 中村計 (著) . (2019). 言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか. 集英社」においてその大会の最終決戦では全く受けなかったとご自身で書かれています。統計のいたずらによるものなのか知る由もありませんが、今後も似たようなことが起きないとも言えないため、最後に私の方からいくつか代替案をご提案し、終わりとさせていただきます。

6. 得点のバラツキを抑える

① 順位尺度方式

これは10人の参加者に対して各審査員が順序を付け面白いと思った方から10点、9点と降べきに点数を付ける方法です。この方法の利点は標準化することなくバラツキを均等にできることです。また同じ得点を異なる参加者にふることができないため、総合得点への貢献度が各審査員で均等になります。一方で1位と2位の差と4位と5位の差が同じ扱いになるため傑出度を測ることが困難です。この方式の最大のデメリットは全員発表後採点となるため視聴者の興がさめる点があります。エンターテインメントである以上この点は得点の公正さと同じくらい重要視されるのは間違いないでしょう。

②標準化得点方式

すでにこの方式をもって既存採点方法の問題を提起しているため、結論ありな議論となってしまい恐縮です。バラツキを均等にするという点で優れており、また逐次採点にも対応しているため①の順位尺度方式よりすぐれていると考えます。一方で視聴者にとっても参加者にとっても分かりにくいという難点があります。

③20点満点拡張順位尺度方式

昨今のM-1グランプリの得点の変動範囲は80-100点です。従って大胆にもその範囲を0-20点にしてしまうという方法が考えられます。狭くした分変動をある程度出すように①と同じく異なる参加者には同じ点数を付けられないような制約を設けます。①との違いは演者全員がお終わったあとではなく、逐次採点で行うようにします。1-10点であったときよりアソビを持たせることで①の良さを残しつつ逐次採点方式に拡張したものです。

④審査員の暗黙知方式

先述したように大会を経るごとに審査員の得点のバラツキは小さくなってきています。これは得点に対するベースラインが審査員の暗黙知として蓄積されてきたからでしょう。特にここ数年は審査員のメンバーも固定であるため、よりその傾向が顕著です。この暗黙知の継承をベースにし今までの通りに行うというのもありです。審査員の多少のバラツキまでを含めてエンターテインメントと見なすというのも楽しみ方の一つとしてあるようです。

7. 最後に

この記事を書こうと思ったのは得点のバラツキが審査員ごとに結構異なるという印象を受け、そのため標準化した場合結果はどう変わったかに興味を持ったからです。結論から言うとバラツキによる影響は若干ありましたが、優勝者が変わったかもしれないほどの影響は2008年を除いてはなかったです。また最近は特に審査員の得点のバラツキの影響は小さくなっているようだということも分かりました。一方で審査員のメンバーが大きく変わるような場合には2008年のような例が起きてもふしぎではありません。このような場合先ほどご紹介した②標準化得点方法や③20点満点拡張順位尺度方式が、公正な審査に資するかもしれません。






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