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ラオスに、いけば、わかる

「スパイシースパイシー言うてたけど、あれ、食べたくないの、ばればれやったで」

彼女は、ケラケラと笑った。ぼくは、へへへと恥ずかしそうにうつむいた。ぼくは、こんな女性と、結婚したい。

書を捨てよ、旅へ出よう

当時つきあっていた彼女とラオスへ行くことになった。なぜラオス?ラオスにいったい何があるというんですか?

ぼくはいわゆるバックパッカーで、安宿に泊まり、インドでは警察につかまり、キューバでは詐欺師についていくような、残念な人間だ。

彼女はというと、銀座、エルメス、リゾート(勝手なイメージ)で、バックパッカーとは無縁の存在、ぼくの対極にいる存在だ。

バックパッカーの名誉のために言うと、すべてのバックパッカーが残念なのでなく、ぼくという人間が残念なだけだ。

世界は広い、どこへ行く?

海外へ行こうよ、となったとき、いくつか候補の国があった。にもかかわらず、行き先はラオスへ。バリでもハワイでもタヒチでもなく、ラオスへ。

メコン川が横断する東南アジアの国で、ASEAN唯一の内陸国。山岳地帯、フランス植民地時代の建築物、山岳民族の集落、仏教寺院なんかが有名だ。

物価は驚くほど安く、眠るだけの安宿なら1,000円くらいだし、ペットボトルは1リットル30円くらい、ごはんなんか1食300円程度でいけることも。

バックパッカーやったぜ!という国で、ごはんの味付けも日本人ごのみ。スパイシーなのは、かなりスパイシーだけど。それもまた、よし、だ。

首都ヴィエンチャンは「アジアでいちばん静かな首都」という、褒められているのかディスられているのかわからない呼び名を付けられている。

何年か前に訪れたとき、のんびりしていて、穏やかで、通りすがりの旅人のぼくさえも、やさしく迎え入れてくれた。そういう国だ。ぼくは、好きだ。

ぼくの好きな世界を、ぼくの好きな人も好きだと言ってくれたら、こんなにうれしいことはない。

バックパッカーしようぜ!

そんな愛すべき国ラオスを、だめもとで、提案してみた。しかも、ぼく寄りの旅、バックパッカーの旅で、だ。

嫌だと言われたら・・・あっさりOKされた。しかも、集合は「ベトナム」で、「ラオス」で解散するという、現地集合、現地解散の旅だ。

当時、彼女は東京、ぼくは大阪に住んでいた。東京経由で日本から一緒に行くという選択肢もあったのだけれど、まぁ、それはそれとして。

こんな提案をすると「はぁ?あんたなにいってんの?」とふたりの素敵な旅が、ひとりの残念な旅になるリスクもあったわけで。

どういうわけか、おもしろいから行こうよとなった。ぼくは、ただただ、素敵だな、と。

すぐに旅の持ち物リストを送ってあげた。「バックパッカーのクセに持ち物が細かすぎちゃう?。それにこの「ぼう」ってなに?」と軽く引かれた。

ちなみに「ぼう」は「棒」でインドでサルと戦うために持って行って、見事なまでに何の役にも立たなかった持ち物だ。荷物になるだけで意味はない

ともだちはラオス人

ぼくにはラオス人のともだちがいる。何年か前にラオスを訪れたとき、街中のサウナで知り合った、ぼくより少し年上のラオス人だ。

日本に留学していた、いわゆるエリート。ロードバイクにまたがり、スポーツジムへ通う。マッチョな彼の愛車は、トヨタのピックアップトラックだ。

ビールをのんだ帰り、運転席に乗り込んだ彼に「ラオスはお酒を飲んだ後でも運転していいの?」と聞いたら、「ノープロブレムだ!」

振り返って親指を立てたが、道路には「お酒、運転、NG!!」大きな標識が立っていた。

そんな彼は夜おそくに、ASEANの会議から帰国したばかり。それにもかかわらず、例のピックアップトラックで迎えに来てくれた。

愛車のピックアップトラックは、ホワイトの新車にグレードアップされており、今日のためにビカビカに磨かれていた。

再開をよろこぶ会話を、後部座席で聞いていた彼女はこう思った。「このひとたち、ぜんぜん話、かみあってないやん。。。」・・・ぼくの英語力?

いけば、わかる

彼のおうちに招待されて、夕食をごちそうになった。ぼくの大好きなカオ・ニャオ(もち米)をはじめ、ラープなどのラオス料理の定番が食卓を彩る。

こういうときのぼくの胃袋には限界がない。よく食べ、よく飲み、よく笑う。竹で編んだおひつで出されたカオ・ニャオが止まらない。

席をはずしていた彼が、メインディッシュだと持ってきてくれた大皿は、どこか見覚えのある姿を残していた。

ぼくは大概のものは食べられると自負している。それはいまも変わらないし、これからも変わらないだろうけれど、ときどきその自信は揺らぐ。

大皿の上には、ウエットなぶつ切り状の「なにか」が乗っていた。表面を覆う「まだら」の模様はどこかでみたことある。・・・な、なんだっけ。。。

「へへへ」

愛想笑いを浮かべたぼくの顔には「どうしよう」と書いてあった。「さ、遠慮せずやっちゃって!」彼は、満面の笑みでビールを空けた。

バックパッカーだ!とか言って、世界の安宿に泊まったり、路上の屋台でごはんを食べる。え?サソリ?サソリだって食べたことがあるよ?

だけど、このぶつ切りは。。。な、なんで、まだら模様の皮はそのままなのか?少しウエットでヌメッとじゃないか?ぼくは、困惑の淵へ。。。

ご推察のとおり、「まだら模様もそのままの、ウエットなぶつ切り肉」は、カエルの炒めものだ。

ラオスでは「最大級のおもてなし」としてカエル料理を出す風習がある。その気持ちは本当にありがたいのだけれど、、、最大級すぎるですよ。。

「どの料理もおいしすぎて、たべすぎちゃったなぁ~、もう満腹だよ~う」自分で言うのもなんだけど「なんだそりゃ」だ。

「こ、これは辛いね~、とってもスパイシーだよ~う」チラチラと彼女の方を見る。

ぼくの目に映ったのは、最大級のおもてなしを、ニコニコと、なんの躊躇もなく、口へはこぶ彼女の姿だった。ぼくは、椅子から転げ落ちた。

「よ、よく食べれたね。。」

「えへへ、おともだちがせっかく出してくれたのに、食べないのは悪いやろ?それに、見た目はあれやけど、食べてみたら、おいしかったで?」

「う、うん、おいしかったね~。もっと食べたかったんだけど、満腹でさ~、それにしても、スパイシーすぎてびっくりしたよ~。」

「スパイシースパイシー言うてたけど、あれ、食べたくないの、ばればれやったで」

彼女は、ケラケラと笑った。ぼくは、へへへと恥ずかしそうにうつむいた。ぼくは、こんな女性と、結婚した。

なぜ、この女性と結婚したかって?ラオスに、いけば、わかる。

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