西ローマは一体いつ滅んだのか?

 西ローマ帝国は、476年、オドアケルが西ローマ皇帝を退位させた時点で滅んだことになっている。しかし、オドアケルは皇帝に即位しなかっただけで、この時点でローマの概念は消失していない。オドアケルは西ローマ帝国は帝政から民主政に移行させただけで、事実上最高指揮官の権限を維持していた。つまり国自体はまだ滅んでいない。

 オドアケルの後、493年、東ゴートのテオドリックがローマを占領するがテオドリックは東ローマ皇帝より西ローマの皇帝大権を授けられている。つまりテオドリックは事実上西ローマ皇帝なのである。

 つまりこの時点でもローマの概念は消失していないと考えられる。もっとも、領土はほとんどイタリアなのだが。

 555年の東ローマ帝国による東ゴート占領も東西ローマの再統一に過ぎない。そうすると569年のランゴバルド王国によるローマ占領で滅んだたことになるのではなかろうか?

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