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違和感を表現する人 〜mitemo 眞蔵修平さん〜

組織もチームも、そこにいる「ひと」で成り立っている。この企画はmitemoで働く個性豊かな「ひと」に焦点を当て「真面目さは程々、井戸端会議より深く濃い話」をモットーにしたインタビュー記事です。今回登場するのは、制作部門にて漫画のディレクションを担う眞蔵(まくら)修平さん。教師から漫画家に転身し、コーチングまでも手がけるというキャリアの持ち主です。書き手は、mitemoで働く人々の変わりダネっぷりに興味深々なシムラケイコです。どうぞよろしくお願いいたします。

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【読了時間: 16分】
(文字数: 6500文字)
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眞蔵さんの声には癒しがある。話す速度や声のトーンに包容力がある。私の個人的見解だと、そう、今をときめく星野源の声に似ている!(星野源ファンの私は、録音した眞蔵さんの声を何度か聞き直したほど)そんなボイスの持ち主である眞蔵さんの人生経験は、癒しとは全く真逆にある世界。緊張と恐怖しかない日々や感情が焦げ付いて苦渋感たっぷりな教師時代のエピソードは「兄貴、マジっすか。ぜんぶ、ノン・フィクションなんすか(白目)」と慄くほど超ヘビー級である。苦悩と挫折は通り雨みたいに、予期せず人生に降り落ちるけれど、過ぎ去ったあとはその人の資源や魅力に変容するものなんだよと、教えてもらったような気がする。なんというか、くたびれて折れてしまったとしても、強度と感受性と視野がバージョンアップして軽やかに舞い戻ってくるようなポジティブさが言葉の端々に溢れている。漫画という技を習得し、漫画だからこそ為し得るコミュニケーションを生み出す眞蔵さん。現在は漫画家、人をサポートするメンタル&ライフコーチ、自宅を開放して不登校の子どもたちに数学を教えています。ものすごいバイタリティー!そんな今に至るまでの人生を振り返りながら、mitemoで働く魅力など、たっぷりとお話を伺いました。

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ただ純粋に、学校の先生に憧れていた学生時代

僕が小学校6年生のとき、担任の先生がめちゃめちゃ良い先生だったんです。プロ野球選手を見て憧れて、その道を目指すのと同じで、ごく純粋に「先生みたいになりたいなぁ」と思って教師を目指しました。今振り返るとありきたりな言葉ですが、当時、僕の心に刺さった言葉があって「これからみんな中学校に行って、部活や勉強で忙しくなると思うけれど、人を思いやる心は忘れないでくださいね。」と先生が言ってくれたんです。その先生は、厳しい先生だったけど、きちんと生徒の話を聞く先生だった。子どもながらに「話を聞いてくれる大人」の存在が嬉しかったんでしょうね。

僕が通った小中学校は、いわゆる真面目で品行方正な学校でしたね。すごく良い雰囲気だったし、先生もとても意欲的。だから憧れたのかもしれません。数年前、担任の先生も含めた学年全体の同窓会があったんですが、そこでも「50年に1度の優等生学年だった。」「教師人生でこの学年を持てて良かった」と評価されました。

そんな小中学校時代を過ごしたもんだから、高校に入学したとき、そのギャップに驚いちゃって。他の生徒がズボンを腰に落としてはいてたり、授業中の座り方がだらしなかったりしただけで、「なんて不真面目なんだ!」って思ってました(笑)いま思えばごくごく普通の高校だったんですけどね。そんな価値観だったんで、高校はあまり楽しくなかったんですよ(笑)。

大学は、高校時代の反動か、価値観の合う仲良い子で楽しくワイワイ過ごしてました。母校の中学校に教育実習で行ったのですが、さらに良い学校になっていて。教育実習生の僕が学校の門を入った瞬間に、生徒たちが「こんにちは!」「こんにちは!」と次々に挨拶してくれる。授業の前には子どもたちが声かけあって着席しているようなクラスでした。自分と異なる価値観に触れることなく大学を卒業し、本当の意味で、世の中を思い知ったのは教師一年目です。

何が正しくて、何が教育なのか。教師時代の違和感とは

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配属されたのは、そのエリアでは指折りの荒れた公立中学校でした。漫画に出てくるような学校で、校舎のガラスは毎日のように割れるし、校舎内を原付バイクが走っていたり、体育館の暗幕が燃やされたり、対教師暴力や卒業生が黒塗りのベンツで訪問してきたこともありました。あとは保健室の先生がいい先生だったこともあって、問題児の溜まり場になってました。日によってはシンナーの匂いがしたりして。どっかで吸ってから登校してるんでしょうね。僕自身に対する生徒からの暴力もあったんですが学校はそのことを無かったことにしたんですよね。

文科省が、全国の学校で起きているいじめや体罰の調査結果を発表していますが、あの発表された数字は、文科省まで報告があった件数なので、実際は学校内で、もみ消している件数がたくさん存在すると思います。また中学校は退学も停学もないんです。僕は全治一ヶ月の怪我になってしまい、最初は警察に届け出たんですけど、そこから更なるトラブルが発生して。詳しくは漫画にしたので、こちらを読んでいただけると。

こんな毎日を過ごしていくのか?と自分に問うて、気持ちに区切りを付けて、教師を辞めました。その後、一年くらいは休んでいました。うつ症状もあったので実家で療養して、回復してきた頃に、働こうと思った先が楽器屋です。またそこが超ブラックで(笑)

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ブラックな楽器屋、非常勤講師、そして漫画の道へ

就職した楽器屋では営業をやりました。年間休日が60日(一般的には120日)給料は手取りで16万程度。毎日のように恫喝される職場でした。

当時、すでに転職を1回しているので、転職が2回になると自分の経歴に傷が付くと思い込んでて。だから今は辞められないと思い、上司から物を投げられようが、パワハラを受けようが、最低3年間は働こうと決め、やりきった。そのあと、高校で非常勤講師に転職しました。実はその頃から、漫画家を目指していました。しかし、それだけではすぐには食っていけないので非常勤講師をしながら漫画を描き続けていました。
2年後、漫画家のアシスタント採用を受けて決まったので上京しました。またこれが、アシスタントの現場も超ブラックで。実務が始まってから知ったのですが、雑誌連載を持っている漫画家業界も超ブラックでした。作家自身が全然儲かってないんですよ。お金が無い中でアシスタントを雇っているので、アシスタントが儲かるわけないですよね。当時の僕の年収は150万ぐらいだったと思います。僕がアシスタントをしていた作家さんも恫喝系で(笑)毎日恫喝されてました。

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漫画家をやりながら、幸せになるためには

身を置いてみて分りましたが、漫画家は本当に大変です。労働環境としては、真っ黒。睡眠時間が3時間以下なんてことはざらで。漫画家としてやっていくならば、ひたすら耐えるしかない状況でした。ありがちなのが、自分には漫画しかない!と思い込んでいる方がたくさんいて(漫画業界の労働環境などの)事実を知った時には耐えるしかないし、転職しようもない。また編集部が、作家に「こんな漫画を描いて欲しい」と要望することは多々あるので、作家自身が描きたいものを全然描かせてもらえない。僕がついていた作家さんもキャリア20年ぐらいなのに「いつになったら自分の好きな漫画を描けるんだ!」とよく言ってました。

僕は、幸せになるために漫画家になったのに、僕が出会った作家さんで、幸せそうな人は1人もいませんでした。大ヒットした作品を描いた作家さんだと稼いでいるだろうけれど、そんな労働環境ではたして幸せなのかな?と。話題の某お笑いエージェントの話と似ていて、芸能界と漫画業界って、構造が似ていると思います。仕事をもらうために決して違和感を口に出せない感じがありました。

そんな業界の構造にも辟易しましたが、今は編集部や出版社にぶら下がらず、作家の意志によって電子書籍で作品を販売できる時代。少しずつ変わっていくと思います。僕自身、ミテモで働く中で、ビジネスの知識をどんどん吸収して、これまでの「やり方」を見直す良い機会になりました。むしろ、これまでは全然戦略的じゃないと気付けた。漫画家も、マーケッターに電子書籍の売り方を相談したら、もっと広がるかもしれない。やりようによっては漫画家の新しい働き方が模索できるんじゃないかと思っています。

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令和時代のデジタル漫画制作スタイル

最初の2年くらいはアナログ(紙とペン)で描いてましたけど、今はタブレットです。アナログとデジタルがどれくらい違うかというと、アシスタントで5年かけて習得するスキルが、タブレットだと初日から出来ます。例えば、プロの漫画家は一本のペンで、十数種類の線の太さを描き分けられると言われてますが、タブレットだと誰でも数値入力すれば出来る。もちろん絵を描く物量で、画力やクオリティは変わってくるのですが、細かなスキルはデジタルで簡単にできる。登場人物の背景で、カフェの絵を描く場合、昔は線を一本ずつ描いてスケッチしていましたが、今はスマホでカフェの写真を撮って、加工ソフトを使えばいい。最初からタブレットを使っている世代の作家は、イチから背景は描けないと思います。僕自身も、こんなに便利なツールがあるので、今は背景を描きたいと思いません。カケアミも、タブレットのブラシツールでシュ!とやるだけですからね。

デジタルの利点として、カラー原稿とモノクロ原稿の労力が変わらなくなりました。アナログだとカラーの方が何倍もかかります。webマンガもカラーが増えましたよね。今後、漫画はカラーが当たり前になるかも知れません。

どんどんアニメと漫画の境目が無くなると思います。モーションコミック(口がパクパク動いたり手が動いたりする漫画)もアニメに近いですからね。アニメが、今よりもっと低予算で作れるようになる時代がくる。CGとの境目も無くなって、いずれは実写との境目も無くなっていくでしょう。一方で、描く・動かす技術は簡単に身につけられる時代だからこそ、ストーリー構成や着眼点の方がポイントになってくると思います。よく誤解されますが、漫画は、絵を描くことよりシナリオ作りの方が難しい。漫画は、絵が上手く描けたら出来ると思って、絵を描くのが得意な子が入ってきますが、やっぱり話が面白くないと読んでもらえない。

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漫画家の僕が、これからmitemoでやりたいこと

僕は、mitemoで漫画のシナリオを書いて、漫画のディレクションをしています。企業向けに、行動指針や理念を体現したような漫画を制作して、社内コミュニケーションや広報、教育研修などに役立てていただいてます。また食育に取り組んでいる自治体さんの仕事で、食育を漫画でわかりやすく表現して伝えています。他にも企業研修のサポートに入ったり、漫画制作に伴ってクライアントさんの打ち合わせや取材にも行きますね。

漫画を使ったコミュニケーションって独特なんです。つい漫画というだけで、広告だって分かってても目で追ってしまいませんか?漫画っていうだけで読んじゃう(笑)。だから難しいものこそ、漫画でおもしろく表現できたら良いなって思います。漫画は極力文字を減らす文化なんで、総合的に読む文字量が減ります。吹き出しやキャラの配置などで、視線誘導をして「ここ読んだら、次はここを読みたくなる」と計算して描いてます。読者は、基本的に吹き出しとキャラクターの目しか見てないので、その配置だけで読みやすさがすごく変わるんですよね。零コンマ何秒の世界ですが、そうやって、読者の体感速度というか、リズム感をコントロールしてるんですよ。
mitemoで漫画のディレクションをする際は、シナリオを考えて、ネームまでを僕がやります。その後、絵を描く作家さんにバトンタッチ。僕の考えた演出を汲み取ってもらって、好きに描いてもらいます。

今は漫画を使ったコミュニケーションの仕事をメインに担当しているけど、もっといろんなことをやりたいですね。mitemoは本当に居心地が良くて、教育の情報も入ってくるし、ビジネスの話も聞けるし、漫画で貢献できるし、僕にとってはすごく魅力的な会社です。

最初に『静寂の音』という漫画を描いた時に、教育現場をよくするために描いたんですけど、最近続編を描くモチベーションが下がっている理由の一つとして、僕が描かなくても教育現場はよくなっていると思えるようになった。麹町中の話や、オルタナティブ教育も広がっているし、フリースクールも増えているし、子ども食堂も増えている。どうとでも学べるし、どうとでも生きていける世の中になっていくと思うので、それをもっと子ども自身、そして保護者が選べるようになればいい。週一回、不登校の子たちの場所として自宅を開放して数学を教えているんですけど、絵を描くのが好きな子たちなので、一緒に絵を描いてます。不登校の子どもたちに限らず、人はいろんな人と繋がっている方が良いと思うので、ここが一つのコミュニティとして存在できれば良いと思っています。

『静寂の音』を公開してから、人から悩み相談を受けることが多かった。でも、重い相談もあって、だんだんしんどくなってきたので、よし商売にしようかな!と思ってコーチングを勉強しました。教師時代から子どもと関わる上で、独学で心理学の勉強をしていたのも大きかったと思います。コーチングは自分を客観視できるし、自分のためにもなります。コーチングの基本的スタンスは、クライアントさんの中に解決策があるという前提で行います。思わぬ答えが出てきた時に、そういう解決方法があるのか!とすごく勉強になる。

コーチングなんて意味がないって思ってる人は結構多いんですけど、きちんと体系化された理論です。要は筋トレと同じ。ジムでトレーナーをつけて、右腕を正しく鍛えたたらちゃんと筋肉が太くなるじゃないですか。脳も同じで、正しく鍛えたらその回路が太くなるので、それをやりましょうね、っていうのがコーチングなんです。
出来ないと思い込んでいるのは、自分でできないって言いすぎて思考回路が強化されているだけなんです。そこを細くして、もっと他のことを楽しむ回路を太くすればいい。こういったことを、mitemoでやっていきたいですね。

シンナー臭くない(笑)企業の心の保健室を作りましょうかね。

どうですか、この文末の言葉「シンナー臭くない企業の心の保健室」って。なんだか、眞蔵さんの人生すべてがここに表現されている!と感動しちゃいました。得体の知れない空気に流されず&飲まれず&読まずに生きていくには、やはり本質を見極めるための「自分が感じた違和感」っていうのは、ものすごく大事だし、それを見て見ぬフリしちゃうと、どこかで自分の人生そのものを見失っちゃう。それは幸せじゃない。違和感を言葉にするのは、なかなか勇気がいることかも知れないけれど、眞蔵さんのお話を聴くと「そっか!違和感を表に出してもいいんだ!」と思えてくる。そんなモヤモヤとした方、是非とも眞蔵さんに「コーチングお願いしまーす!」と心の筋トレを頼んでみてくださいね!癒しボイスで迎えてくれると思います。

眞蔵さんのプロフィールはこちら。

この記事を書いたひと : シムラケイコ
徳島出身。上京後クリエイティブディレクターとして都会に生き、現在は逗子に住み、原っぱ大学を運営する、小学生男児をひとり持つ母。変わり種がたくさんなミテモに興味を持ち、「ミテモなひと」コーナーのインタビューと執筆を担当。おとな・子ども関係なく、それぞれがワクワク心躍らせる瞬間に立ち会うのが好き。そんな瞬間をたくさん生み出すためにも、すべてのひとにとって心地よい場をつくりだせないか?と頭と心をめいっぱい使って日々試行錯誤。


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