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大企業からの離脱(第一波・中編)

大企業からの離脱(第一波・前編)はこちら。

新統合会社への売却と転籍

子会社設立からしばらく経った後、ある噂が流れはじめた。先輩、後輩、同期が次々と転職で離脱し、職場はどこか寒い風が吹いていたのだが、その噂で嵐に変わり始めた。どこかのファンドが持ち株会社を設立し、子会社と競合他社を買収して会社統合を企んでいるらしい。職場ではその噂で持ちきりで、いろいろな疑問と憶測が飛び交っていた。

その噂は本当なのか。

相手の競合他社はどこか。

ついに自分たちが本体から切られるときが来たのか。

給料は下がるのだろうか。

勤務地は変わるのだろうか。

家族は理解してくれるだろうか。

大企業の給与レベルと福利厚生に甘んじていた身分をはく奪され、生活環境が激変するリスクがあった。事情を知っているはずの上級管理職ですら転職したことで不安はますます大きくなり、転職による離脱はさらに加速して、職場の平均年齢は徐々に上がっていった。会社のPCで転職サイトを堂々と見ている強者もいたが、それを黙認する雰囲気があったように思う。

私も給与が下がるのは嫌だったが、反面こっそりと楽しみでもあった。もうこんなクソ大企業の呪縛とはおさらばして新たなスタートを切れると思ったからだ。もっとやる気のある人と一緒に新しい会社創りをしていけたらどんなに楽しいだろうかと夢を膨らませていた。こんな私は職場の中ではかなりの異端児だったはずだ。守るものがなかったからかもしれない。

従業員の無言圧力に根負けしたかのように、ついに会社から説明会開催のアナウンスがあった。転職を心に決めた者、正義感で会社にモノ申してやろうとする者、諦めずに大企業にしがみつこうとする者、そのまま流されようとする者など、様々な感情が複雑に絡まり渦巻いていた。

親会社である本体企業からの発表内容はこうだ。

「△△ファンドが持ち株会社を設立し、弊社は本子会社の株式を全て売却譲渡する。また、競合他社も同様にそのファンドへ株式を売却譲渡する。筆頭株主は5割の株式を保有する△△ファンドとなり、弊社と競合他社は残りを半々で持つ。我々からの経営への関わりは継続するので安心してもらいたい。新持ち株会社の子会社としてスタートを切るが、近い将来ひとつの企業として完全統合を目指す」

我々従業員にとって前回の新子会社設立と違うのは、出向から転籍になるということだ。

出向:会社の籍は変わらず別会社へ勤務。給与待遇は出向元基準のまま。
転籍:会社の籍も変わるので給与待遇は転籍先会社基準になる。

つまり、「弊社はあなたが所属する事業部(子会社)を売却します。出向は継続しません。あなたは専門性を活かして籍を移って同じ業務を継続した方がいいですよ」というリストラ勧告だ。

命令ではなくあくまで推奨。同意するか否かは本人の意志に委ねられる。だが、断れば出向元会社で未来はない。経営判断に逆らったレッテルを貼られ、一生どこかの子会社で出向社員として影を潜めて生きていかねばならない。理不尽かもしれないがそれが現実だった。小説で読んだ世界と全く同じだった。

だからこそ皆悩んだ。このまま転籍すれば仲間として受け入れられ、少なくとも居場所はある。統合して規模は拡大し、業界で生き残っていくチャンスも残っている。だが、給与待遇は下がり勤務地も変わるだろう。逆に、断れば大企業籍のまま過ごせるが、仕事は選べずに一生飼い殺しだ。結果として、7割が転籍、2割が転職、1割が残留を選んだ。

なお、後に聞いた話では、残留組は別の子会社に出向させられ、陽のあたるポジションに行くことはなかった。同期の一人は関東の子会社でしばらく働いた後、九州の子会社に飛ばされた。

私は最初から転籍すると決めていた。この事業でまだやれることはあるし、大企業で悶々と言われた仕事をこなすよりも、転籍した会社の方が活き活きと働けると思ったからだ。また、転職してどこかの会社に行っても、結局は再スタートに変わりはなく、ようやく見え始めた目標に向かってこのまま進むことに迷いはなかった。万が一の際は、いつでも転職できるはずという謎の自信もあった。

何よりも、自分が新しい会社を創っていくんだという強い意志があった。

仲間と共に会社の未来を創っていきたかったが、慕っていた先輩や可愛がっていた後輩は転職して去っていった。それが彼らなりに出した最良の選択肢だったから、引き留めても無駄だった。統合会社の社長がとんでもない曲者でブラックな人であるとの噂も皆の転職を加速させた。

会社発表からほどなくして、転籍の意思確認のための大面談リレーがはじまった。私がバトンを渡されて密室に入ると、そこには会ったこともない親会社人事部の誰かさんとその部下らしき書記が座っていた。まるで感情のない人形が座っているように見えた。顔も名前も覚えていない。

「アナタの意志を聞かせて下さい」

「転籍します」

「ほう?何故そう思うのですか?」

「事業部の限界を脱して新たな成長に向かう希望を感じたからです」

「素晴らしい。みんなアナタのように前向きだといいねえ」

「そうですね・・・(他人事だと思って好き勝手言ってやがる。みんなの気持ちを少しでも考えてから発言しろ、このクソ野郎)」

その後、転籍希望の誓約書のようなものを書かされ、最後に社長から何の役にも立たない直筆サイン入り感謝状をもらった。「今までありがとう」と、自分から別れを切り出してきた彼女に渡された手紙のようだな、と思った。

その別れの手紙はすぐに破り捨てた。

これからが私の本当の会社人生のはじまりだ。さらに大きな荒波が来ることを想像していないこの時の私は、全身からあふれ出る闘志を抑えきれなかった。

(第一波・下編へと続く)

企業側の事業整理戦略まとめ

私が勤務していた企業は、コストダウンという大号令の元、過去に多角化経営を進めてきたツケを支払うかのごとく積極的な事業整理が行われはじめた。私が所属していた事業だけではない。企業として本業であるコア事業に集中し生き延びていくために、過去に多角化してきた余剰な事業については売却することを決めた。しかし、当時の事業部長(執行役員)は事業切り出しにずっと反対してきたらしい。従業員のモチベーションは下がり、事業は解散してしまうことになるだろうと主張した。

そこで企業側が立てた戦略はこうである。

・当時のやり手部長を役員に昇進させて事業部長を交替
・新事業部長に事業の切り出しと売却を命令
・まずは事業を新子会社として切り分け、全従業員を出向させる
・新子会社として黒字経営にして売却しやすくする
・事業としての成長戦略を描き、売却事由を正当化する
・従業員ごと新子会社を一部売却し他社と統合(資本は一部持ち、見捨てていないというメッセージ)
・さらに統合または売却先を探し、全株売却する(完全切り離し)

これが、あっぱれリストラ大作戦の全貌である。いま思えば、私が感じていた職場での閉塞感はこの戦略が原因である。事業部として売りやすくするために余計な出費はせず、営業利益率を上げ、見かけ上、優良企業であると見せかけたかったのである。だから、事業成長を感じる未来のプロジェクトよりも、いわゆるコストダウンなどの直近の営利改善が重視されたのだ。また、戦略の主犯であろうCOOは何年後かに売却先ファンドのトップへ移籍した。どうやら個人の事情と思惑も絡み合っていたようだ。小説よりも汚い世界だ。


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