工藤先生トリミング2

【麹町中学校校長・工藤勇一さん】噂のスーパー公立中学校では、何が起きているのか?

2020年教育改革・キソ学力のひみつ
(ドラゴン桜2×朝日小学生新聞)


☆さまざまな分野の「学びのプロ」に桜木建二が話を聞く!

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宿題、テスト、担任制を廃止。斬新な改革で大きな成果


 東京・千代田区立麹町中学校という名前、このところあちらこちらのメディアで耳にしたことがあるんじゃないか? 

 中間・期末テストはしない、宿題を出さない、固定担任制はやめる、服装頭髪指導をおこなわないこととし、生徒、教員、保護者がそれぞれ自律した主体となることを標榜して、大きな成果を挙げている公立中学校である。

 6年前に校長に就任し、この改革を為したのが工藤勇一さんだ。

工藤先生トリミング

工藤勇一 
1960年、山形県鶴岡市生まれ。数学教諭。千代田区立麹町中学校長。東京理科大学理学部応用数学科を卒業後、山形県の公立中学校で教える。その後、東京都の公立中学校でも教鞭を執り、東京都教育委員会、目黒区教育委員会を経て、新宿区教育委員会教育指導課長などを務める。2014年から千代田区立麹町中学校長に就任、数々の改革をおこなう。

 その経緯と考えをまとめた著書『学校の「当たり前」をやめた。』(時事通信社)は、ベストセラーにもなっていて話題だな。

 今回、国会や最高裁判所がすぐそばの一等地にある麹町中学校の校長室へ、工藤勇一校長の話を伺いに行ったところ、真っ先に麹町中学校が発行した「学校だより」を、うれしそうに見せてくれたぞ。


 「今日は僕たちの3年間を振り返って、2つの話をしたいと思います。」


 
 「学校だより」には、こんな出だしの長い文章が載っている。
 
 これは「第71期 卒業生の言葉」と題されたもの。そう、今春に催された同中学校の卒業式で、卒業生代表の生徒会長が壇上でしたスピーチが、丸ごと載っているんだ。
 
 扱うテーマの数量を最初に明示するところなど、スピーチのポイントを押さえていてみごとだな。
 
 続けて「最初の話は『リスペクト』です」「この学校では何度も聞いた言葉だと思います」とスピーチは展開し、癖の強い卒業生がたくさんいた実例を挙げたうえで、個性や考え、チャレンジを尊重できる環境で中学生活を過ごせたことに感謝するのだ。


 もうひとつの話は「ゴール」、つまり目標について。

 体育祭の目標は「全員が楽しめる体育祭」だったので、「全員リレー」という種目をやらない判断をしたという。運動が得意じゃない生徒からの少数意見を尊重してのことだ。

 こうして自分たちが中学校で学んだ成果を披露したのち、周りへの感謝の言葉で締めくくる……。文面を読むだけでも涙腺を刺激するスピーチだ。


 「実際には、プレゼンテーションとしても完璧だったんですよ。ヘッドセットをつけて、Appleのスティーブ・ジョブズのように歩きながら、堂々と。もともと人前で話すのが少し苦手な生徒会長だったのに、最後にはバッチリ決めてくれました」


 とはいえ、定期テストもなければ風紀検査もしないようで、学校運営がうまくいくの? 生徒をうまく指導できるのか? と思ってしまうだろうか。

 だとしたら、上に紹介した卒業式での生徒がひとつの答えだ。

 ビジネスパーソンも顔負けのプレゼンテーションができてしまうほどに、麹町中学校の生徒たちは自律した存在に育って卒業していくのだ。

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教育は民主的で平和な社会を保つためにある


 どのようにして、公立中学校の改革が実現したのか。

 「シンプルな話ですよ。最上位の目標を忘れないようにして、そこへ向かって進む。その際には目的と手段を取り違えないように注意すればいいだけなんです」

 麹町中学校の方針は、この原則に沿ってできているのだと、工藤勇一校長は教えてくれる。

 「持続可能なかたちで、民主的で平和な社会を保つこと。それが私たちすべてにとって最上位の目標であることを疑う人は、少ないんじゃないでしょうか?

 そんな社会を実現するための礎として、学校教育というものはあるはずです。ならば、その目標へと進むための手段を着々と講じていくしか道はありません。
 
 人類社会の目標へと進むには、一人ひとりが自律して主体的に行動することが必須です。

 となれば、教育とは子どもにそういう力を身につけさせるためのものとなります。


子ども本来の主体性を奪う日本の学校


 とはいえ、そもそも子どもというのは、主体的な生きもののはずなんです。赤ん坊のときから幼児までは、自分の興味のあるものに反応しながらみずから学びをして、できることを増やしていくじゃないですか。

 それなのに、幼稚園などに入るととたんに、『みんな仲よく』『みんないっしょに』などと言われ、自分の思いを殺すことを覚えさせられる。

 小学校に入ればその流れは一挙に加速します。先生の話をよく聞きなさい。手はおひざの上ですよ、と。

 するとそのうち子どもの中には、先生の話や親の話をよく聞くのが何より大事なんだという軸ができていきます。

 それをいつも守るかどうかはともかく、『自分で考えて判断したりせず、大人の言うことを素直に聞くのがふつうだし、いいことなんだ』と刷り込まれていくわけです。
 
 その時点で、子どもの中の主体性は奪われてしまいますね。そのまま中学校から大学までも、同じ路線の延長線上で進んでいきます。

 日本で育つたいていの子どもが陥ってしまうこの思い込みを、なんとか外していかなければいけない。麹町中学校でやっているのは、ただそれだけ。シンプルな話だというのはそういうことです」

 麹町中学校は公立校なので、生徒は選抜を経て入ってきた特別な子どもたちというわけではない。

 大半は日本の教育に染まり、主体性を奪われた状態で入学してくる。そうした生徒たちをどうやって「変える」のか。

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課題のある子も多く、1年半はリセットに注力


 他の多くの中学校と同じように、麹町中学校も新入生を受け入れた時点では毎年、課題が山積した状態であると工藤勇一校長は言う。
 
 たしかにかつては「番町麹町日比谷東大」という言葉まであったものだ。公立で教育を受けるのが主流だった昭和のころあたりまでは、番町小学校〜麹町中学校〜日比谷高校〜東京大学という学歴こそ、エリート中のエリートとされたのである。
 
 が、時代はすでに移っている。特別ではない地元の子どもたちが入学してくる現在の麹町中学校には当初、「中学受験の勉強をたくさんやらされたけど落ちてしまった、もう勉強なんてしたくない」「大人は嫌い、とにかく言うことは聞きたくない」といった声が渦巻く。

 ストレスからくる攻撃性が、同級生や教師に向かってしまう例だってある。

 「自分を好きになれなかったり、何らかの劣等感を抱いたりしていると、何か他の人やモノのせいにしないとやりきれなくなってしまうのですね。うちではそこを1年から1年半かけて、リセットしていきます。

 要となる行事はいくつもあって、まずは入学して1か月後に千葉の南房総でオリエンテーション合宿をします。
 
 プログラムは、教員と生徒の信頼関係づくりを促す活動ばかり。チームで協力して乗り越えるアウトドアゲーム、本音で話し合う場のグループエンカウンターなどです。

 他校のオリエンテーション合宿は学習規律、生活規律、集団行動を植え付けるための機会とすることが多いようです。たとえば時間厳守を徹底させるため、朝はラジオ体操をするからどこそこに何時に集まれと。

 一見問題ないようですが、その方法だと、子どもたちの最上位目標が『時間を守る』ということになってしまう。本来なら最上位目標は、人権を守るとか、自分がやられて嫌なことは人にしないといったことであるべきなのに。

 しかも強制されたりどなられたりしながらのことが多いので、子どもはどうしても『どなられないためにはどうするか』を真っ先に考えることとなっていきます」

目的と手段をはき違えない指導を意識


 日ごろの学校生活でも、服装頭髪検査はしない。そこを厳しく統制するのに時間と労力を使うことは意味がないとの判断からだ。

 本質ではないところで叱ったりしていると、生徒が先生を信用しなくなる要因にもなると工藤校長は考えるのだ。

 宿題についても同様だ。宿題を出すと、それをこなすことが目的になってしまう。

 結果、もうしっかり理解している内容でも、宿題だからとまた繰り返さないといけなかったり、わからない範囲があるのに宿題じゃないからといってやらなかったりということが起こり得るのだ。

 「宿題となれば、花という漢字をすでに知っていたとしても、花という漢字を30回書かなければいけない。それは徒労ですよね。

 でも考えてみてください、すでに知っている花という字を、何の疑問も持たずまた30回書く子どもが、みずからすすんで課題解決のできる大人になれるでしょうか。

 主体性を奪いかねない宿題は、麹町中学校では出すことはしません」


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中学生版・企業研修で「自分の言葉で話す」スキルを磨く


 麹町中学校では、授業中もその他の時間でも、先生が生徒を叱ることは稀で、内容も限られる。

 人権、命、犯罪に関わることについては厳しくあたるものの、その他のよけいなことを叱ったりはしない。

 叱られるから直す、叱られたからやる、という行動原理が染み付いた生徒にはとまどいも大きいようだが、徐々に「リセット」が進んでいく。

 「体育祭、文化祭も生徒の自主性に委ねられています。

 さらには2年生の夏前には『スキルアップ宿泊』があります。2泊3日で徹底してグループ活動をおこなうものです。
 
 僕のアイデアで始めたのですが、企業研修の中学生版と考えていただけるといいでしょう。グループごとに分かれて、課されるミッションに取り組んでいきます。

 KJ法やマインドマップといった思考ツールを用いて、グループ内で対話を進め、アイデアの拡散・収束を繰り返しながら意見を集約していき、最後にはプレゼンテーションをします。

 この行事を通じて生徒は、意見の対立があるのは当たり前、その際には対話を試みて合意形成をすること、そうなると『自分の言葉』で話せるというスキルが、生きていくうえでいかに重要かということを学んでいきます」


全員担任制で明確になった「子どものために」という目的


 生徒に自律と成長を促すからには、当然ながら教員の側にも同じことが求められる。過去を踏襲して、去年や一昨年と同じ授業や指導をするような態度ではいられない。

 「そうですね、先生たちも成長していっているんだと思います。つねに学び続けていますしね。ただ、教員になる人というのはもともと学ぶのが好きなのですから、ストレスはないと思いますよ。

 全員担任制をとっているのも、教員の側からするとかなりやりやすいはずです。

 無理な競争原理が働かず、他の教員に勝とうとしなくていいので、『教員は子どものために』という目的が明確になります。

 いかにスムーズに手厚く、子どもの支援やケアをできるかと考えた場合、全員担任制のほうが明らかに優れていますよ」

 学ぶ側も教える側もともに成長していく……。たしかにそれが教育現場の理想のあり方だろう。

 理想に近づくため、変えるべきことは躊躇なく変えていく。それが工藤校長の流儀というわけだ。 

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教育現場の「当たり前」を疑ってみる


 不思議なのは、他にはない改革を続々と打ち出す麹町中学校・工藤勇一校長の頭の中だ。なぜかくもたくさんアイデアが生まれ、それを実行するノウハウを思いつくのか。

 「かつて教員として教壇に立っていたころから、教育の現場で起こる問題に、ひとつずつ解答を探し続けてきました。

 どうしたら教育を本当に変えてそれを日本中に広められるか、ストーリーをずっと考えてきたのです。

 自分なりに道筋が見つかったのは、10年くらい前でしょうか。それを現在、実践しているところです。

 私が教員生活を始めたのは山形県でのこと。5年間勤めたのち、東京へ移りました。地域による違いを実感できたのも大きかったですよ。山形では問題なかったことが東京ではダメとされることも多かったので。

 『置き勉』という概念は、東京へ来て初めて知りました。教科書をはじめ勉強道具を学校に置いていってはいけないという決まりごとですね。なぜダメなのか、まったく理解ができませんでした。

 倒れる子が頻出しているのに、朝礼を立ったままやることも疑問でした。倒れるのがわかっているなら座らせればいいじゃないですか。これも結局、目的がすり替わってしまっている。

 忍耐させることが教育ということになってしまっているのです。

 変えたいところはたくさん見えてくるけれど、一教員ではすぐにものごとを変えられない。まずは子どもたち、保護者、教員仲間からの信頼を積み重ねるしかありませんでした。

 校長になろうと決めたのは38歳のころでした。

 一国一城の主になりたいというのではなく、日本中の教育を変える第一歩としての実践ができると思ったからです。

 校長というのは、教育を変えるには最高の立場なんですよ。プレイングマネジャーだし、子どもや保護者にも直接やりとりできる。

 単独でもグループでもいろんな研究ができるし、学校にどんな人でも集うことができます。そこに集う人間をみな当事者に変えていけばいいのですから」


子どもが生まれたときの喜びを親は忘れないで


 かねて抱いてきた理想が、こうして一つひとつ具現化しているわけだ。

 学校は変わり得るということを示してくれた工藤校長から、親へのアドバイスがあるとしたらどんなことだろうか。

 「子どもが生まれたときの喜び、あの幸せな気持ちを忘れないでいましょうと改めて言いたいですね。

 他の子と比べたり、または自分自身ができなかったことをわが子に投影して託したりするために、育ててきたわけではありませんよね。

 子どもにみずから成長する力を身につけさせたいなら、親も初心に立ち返るよう努めたいところです」




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ライター・山内宏泰 

主な著書に、『ドラゴン桜・桜木建二の東大合格徹底指南』(宝島社)、『上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史』(星海社新書)、『文学とワイン』(青幻舎)などがある。


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