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和泉桂『陰陽師一行、平安京であやかし回収いたします』 おかしなトリオ、「山海経」に挑む

 陰陽師が親友とコンビを組んで事件を解決するというのは定番の設定ですが、本作は「陰陽師一行」とあるとおり(?)、その定番を超えたコンビ+1のトリオが活躍する物語。「山海経」から抜け出した唐渡りの化生を捕らえるため、商人の佐波、陰陽師の時行、検非違使の知道の三人が、平安京を駆け巡ります。

 顔見知りの検非違使・藤原知道から頼まれ、唐から「山海経」なる巻物を取り寄せた佐波。しかし決して中を覗いてはならぬと言われたにもかかわらず、知道にそそのかされた佐波が巻物を開いてみれば、中から眩い光が!
 気を取り直して中を見た佐波は、そこに描かれていたはずの絵が消えているこに気付きます。実はこの巻物は知道の幼馴染みで、変わり者の陰陽師・安倍時行からの頼まれ物だったのですが、時行に届けた佐波は、巻物の中に描かれていた数々の化生が逃げ出したことを知らされるのでした。

 その直後から、佐波の店がある葛葉小路の周辺に、人を喰う牛の化生が出没。責任を感じた佐波は、時行そして知道とともに、化生を巻物に戻すべく追うことに……

 というわけで、本作は巻物から逃げ出したあやかしを回収するために奮闘する佐波たちの姿を描く、全三話+一の連作集となります。
 冒頭に触れた通り、陰陽師ものでは、変わり者の陰陽師とその親友(大抵武官)のコンビが主役を務めるのがほとんど一般的ですが、本作ではそこに佐波が加わることで、物語に独自の個性が生まれています。

 元船乗りの父と生き別れ、一人で唐の小物を商う佐波。父の知人である闇市の顔役に助けられ、何とか暮らす佐波は、ある秘密(読者にはすぐ明かされるのですが)を抱え、時にそれに悩むこともあります。しかし逞しくも明るし、何よりも困っている人間を見過ごせないという、なかなか気持ちの良いキャラクターとして描かれています。

 そしてそんな佐波を助ける(時に巻き込む)時行と知道の幼馴染みコンビもまた、なかなか楽しい造形です。
 腕は立つが引きこもりで人嫌いの美形(そして左大臣の庶子)の時行。藤原北家の出でありながら佐波とも隔てなく接し、武芸の腕は抜群なのにえらく臆病な知道――それぞれ定番からちょっと外れた二人と、生まれも育ちも全く異なる佐波のやり取りだけでも、期待以上の楽しさがあります。
(そんな中、時行だけが佐波の「秘密」に気付いているところから生じるアレコレもまた楽しいところです)

 しかしそれと同時に、陰陽師もの、妖怪退治ものとしての魅力もまた見逃せません。何しろ作中に描かれる怪異はこの国のものではないだけに(?)なかなかに個性的で、一筋縄ではいかない存在ばかりなのです。
 上で触れた人を襲う牛の化生はまだストレートなところで、近づいた者がなぜか首を吊りたくなる樹や、いるだけで周囲にいなごが増えるもふもふ、そして羽を水に溶かして飲むと願いが叶うという「瑞鳥」――正体の想像がつくものもありますが、多くは初耳のものであったり、あるいは大きく捻りが効いていたりと、油断ができません。

 「山海経」という題材自体は決して珍しいものではありませんが、それを巧みに料理していることに感心した次第です。

 ただ一つ残念というか勿体ないのは、何か秘密があるらしい佐波の出生に関する謎が、本作の時点では明かされずに終わっている点です。まだまだ全てのあやかしの回収には先が長いこともあり、ぜひ続編を読みたいものです。(同人誌で番外編が発表されているようですが……)


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