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大切なのは「仕事に取り組む姿勢」か「クライアントのご要望」か #仕事について話そう

偉そうなタイトルと内容ですみません‼ これから書くことは当たり前の話ではありますが、昔は「あるある」だったと思うので、書いてみます。以下の文章は個人の特定に繋がらないよう表現を工夫してあります。(年齢のところは本当です)。

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私は個人でクリエイティブと言われる仕事を請け負っている。仕事の内容は広義で言えばクリエイティブなものもあるし、フツーにクリエイティブなものもある。

これはそのうちの一つの仕事についての昔々の話である。

いつの間にか先輩の自慢話を聞く場になった「勉強会」

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初めて個人で仕事を請け負えたときの私は、無駄に積極的だった。それも何故か「たくさん同業の人と交流すれば自分の学びにもなるし、仕事を安泰させることにもつながっていく(そういった面もあるだろうが、仕事を安泰させるには、それだけでは弱いよねと今は思う)」と信じ込んでいて、「勉強」や「交流」を目的とした場であれば積極的に参加していた。

そのときも同じクライアントの仕事を請け負っていた方々との「勉強会」と称した数回目の飲み会の席で。その会はメンバーの入れ替わりはあったものの、いつも十数人くらいで、60代の方が中心となっていた。60代と書いたのはエイジハラスメント的な意味ではなく、その方がよく「自分は60代だ」と言っていたから。以下、その方を「先輩」と呼ぶ。

「勉強会(飲み会)」が始まった当初は、みんなでワイワイ楽しく飲みながら、情報交換や作っている物の技術的なことを話したりして、確かに良い学びの機会だった。

しかし会を重ねるごとに雰囲気が微妙になっていった。先輩が誰のどんな話に対しても必ず「自分の意見」を入れてくるのだ。作っている物の技術的なことならまだしも、家族の話、子どもの頃の話、過去の職業から始まって、社会で問題になっていることなど、「新しく出た話題」には全て食いついていく。

いや、もちろん、話題に入ってはいけないという意味ではなく、十数人の飲み会で雑談しているときって、複数の箇所で複数の話が発生していませんか。

だから、自分が参加できなかった話題ってどうしてもあるよね?

でも、先輩はそれが嫌だったみたいで、みんなの座席を回りながら、一つ一つの話題に入っていった。

そして自らも話題を提供する。なんとなく想像がつくと思うけれど、自らの話題は自慢話だった。自分の制作物の自慢から始まって、過去に別の仕事をしていたときに行った海外出張の話や、自分の学歴、家族の自慢など。

そして、これも想像がつくと思うけれど、「勉強会」はいつしか、先輩の自慢話を聞く場となった。

そして事件は起こった。

リラックスするなんて仕事は趣味じゃねぇぞ


ある日、雑談の中で某クリエイターさんが「仕事をするときはリラックスするようにしています」って言ったら、その先輩が大激怒。仕事は遊びや趣味じゃないんだから一生懸命やらないとダメだ!! 仕事とは‼ みたいな話が延々と続いた。

「いや、仕事は一生懸命やるっていうのは大前提で、こちらのクリエイターさんだって一生懸命やっていますよ。それは当たり前だから言わないだけで。その上で、こちらのクリエイターさんは肩の力を抜いた方が、より良い物が作れるって話でしょ。それをリラックスって表現しただけじゃないですか。緊張しすぎない方が良い物が作れるとクリエイターが判断したのなら、そうやって作って、“より良い物をお客様に提供する”。優先順位の1位はそこでしょ」とは言えなかった。

それぞれのやり方があって良いと思うのだが、こういうときに反論すると、ますます相手は激高するだろう。

先輩は自分の意見をみんなに拝聴して欲しいのだ。そして気持ち良くなりたいのだ。

仕事に情熱かけている自分。みんなに「仕事に取り組む姿勢」について説教している自分。そんな自分を披露することで自己顕示欲を満たし、気持ち良くなっちゃっている。

どうか。どうか自分一人で気持ち良くなって欲しい。

自分が気持ちの良い思いをするために、誰かを落とすのは止めてくれ。

それは言えなかった。言ってもわかってもらえなかっただろう。


その場にいたみんなでご高説を拝聴した。心の中で「かばってあげられなくて、ごめん!!」とわびながら。

あとからそのクリエイターさんは「こちらも言葉が足りなかったから」と言ってくれて、ことは丸く収まった。

クライアントのご要望を無視した制作物

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その数か月後。その先輩がクライアントからのご要望(要望書)を無視した制作物を納品して問題になったと聞いた。

以前から「要望書に沿っていないところがある。要望書を読んで欲しい」と再三言われていたのだそうだ。

厚い要望書をよく読んでいなかったのか。読んでも忘れてしまっていたのか。それよりも何よりも、クライアントから依頼された内容について「自分の方が詳しい」という気持ちが、クライアントを軽視することに繋がってしまったのではないか。

「この年齢層にはこういったアプローチが刺さる」。それをクライアントはデータを分析して編み出した。先輩はそれを経験と自分の考え(申し訳ないがそれを私見と呼ぶのだと思う)だけで判断した。

先輩の過去の制作物は確かに素晴らしかったのだろう。見たことはないが、先輩の自慢話が全くの的外れだったとは思わない。

ただ、それはたまたま過去のクライアントの要望と先輩のやり方が合っていたからであって、そのときとはクライアントもお客さまも違う人だ。お客さまの考え、価値観が時代とともに変わっていった。

お客さまに喜んでもらえる物を作りたい。そこにあるのはクリエイターである自分の視点だけではなく、発注者であるクライアントの視点と、実際に制作物を使うお客さまの視点が入る。これが私にとっての仕事の解釈。

クリエイター職に必要なものは(私が経験した小さくて尊い仕事たちだけかもしれないけど)それを使うお客さまの目線を意識することなのだと思う。

先輩は「仕事は遊びや趣味ではない」と仕事に取り組む姿勢に関してお説教していたけれど、クライアントのご要望を無視して、「自分の作りたい物を作りたいように作る」ことこそ、仕事を趣味と考えていることと同じなのではないか。

趣味なら自分の好きなように作ってよいのだから。

「仕事に取り組む姿勢」について、あんなにも力説していた先輩が「クライアントのご要望」をガン無視したことを知って、ショックだった。先輩にとっては、クライアントよりも自分の仕事に取り組む姿勢の方が大事だったのだろうか。

優先順位の1位はクライアントとお客さまの満足

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「仕事に取り組む姿勢」と「クライアントのご要望」。そのどちらも大切なことは言うまでもない。

ただ「仕事に真摯に取り組む」のは当たり前であり、「仕事」だからこそ自分の作りたいものを作るのではなく、「クライアントのご要望」に沿ったものを作らなければならないのだ。

「自分にとって良い制作物」よりも「クライアントにとって良い制作物」であることの方が上。それが仕事なんだと思う。


仕事を一生懸命やる。そのこと「だけ」をアピールする人って本当は自分の制作物に自信がない人なんじゃないかな。

仕事は結果(制作物)が全てなんだと改めて思う。

三田綾子

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