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休業の経緯と休業中に考えたこと―復帰にあたって

2月中頃から持病とコロナ禍による自粛で休業しておりましたが、今週から復帰することにしました。
復帰とはいえ、当面の間は抑えめに活動をしていきたいと思います。そのため、本格的な再開は7月入ってからになります。

そして、持病による休業というとご心配をおかけした部分もあるかもしれません。しかし、実のところを言うと4月の緊急事態宣言以降はコロナ禍による休業という側面もありました。つまり、持病による休業が約2ヶ月とコロナ禍による休業が約2ヶ月と考えていただければと思いますし、持病については薬を飲めば問題なくなっています。

前置きはこのくらいにして、本記事ではそれぞれ休みの背景とその間に考えたことをまとめておきたいと思います。

※一部精神的な部分の描写できつめの表現が含まれますので、ご注意ください。

持病による休業について

私の持病というのはメンタル系の病気です。病名は「全般性不安障害」(GAD)というもので、昔ですと「不安神経症」と呼ばれていた病気です。

この病気の特徴は、特定のものに限定されず不安になりやすいということにあります。例えば職場で近い席で怒号や言い争いが起きていたときに自分に矛先が向くのではないかと不安になります。
直近の例でいえば、大災害や今回のコロナ禍のような社会的にピリピリする場面でも不安になります。酷くなるとうつ症状になります。今回は酷いうつ症状に至ったので休業に踏み切った次第です。

このように、コロナ禍は持病と相性が悪いのです。そこで、コロナ禍が少し落ち着いてくるまで休業ということにしました。先ほど、「持病休業が約2ヶ月、コロナ禍休業が約2ヶ月」と書きました。これは正確に言うと、4ヶ月の間どちらも入り交じっています。ただ休業理由より大きかったのがそれぞれ2ヶ月という意味と解釈していただければと思います。

持病による休業は昨年6月あたりから気配はしており、実は昨年中も断続的に寝込んでいました。しかし、年末のコミックマーケットにむけて道路公団民営化本と渋谷本(どちらも同人誌)を書いたところでいったんは忙しさも相まって不安どころではなくなり、年始にその反動がきて一気に病状が悪化しました。

今年に入ってからは2月までは何を書いても人格を否定されるような言葉が来るのではないかという不安と、そしてできるだけ完璧なものを書かなくてはならないというプレッシャーが強くありました。それが筆を鈍らせていきました。

最初は自宅外で執筆に専念することでごまかしていたのですが、自宅外でも書けなくなりました。するとどんどんと不安と焦燥感と孤独感が強くなっていき、うつ症状がでてきました。

「何のために書いているのだろう」、「書いていない自分はなぜ生きているのだろう」

つい考えるのはそんなことばかり。希死念慮も強くなり、さらに私的なことで落ち込むことがあったことも重なり、うつ症状は悪化していきました。そして「このままではうつ症状がさらに悪化する一方だ」と思い、2月中頃に休業を決断しました。

その後3月以降はコロナ禍もあって、さらに不安と希死念慮が強くなり、情報をシャットアウトするように努めました。医師から強い薬が処方され、通院回数も倍増しました。正直、3月中が一番しんどい時期でした。症状が落ち着いてきたのは5月頃から。現在は通院回数も戻りました。ただ、薬は強いままで手放せないという状況です。

コロナ禍による休業について

4月8日に緊急事態宣言が出されたことで、私の仕事にも著しい制限がかけられました。私は「まち探訪家」の名の通り、まちを歩いて、見て、書き残すという活動をしています。そのため、できるだけ日常のまちの姿を見ようと何でもないような日にまちを訪ねています。
しかし、「不要不急の外出は控えて」ということになれば、非日常のまちの様子が展開されることになります。つまり、緊急事態宣言下のまちは私にとって取材ができないことになるのです。また、外出して取材することに対する批判があるのではないかという思いもありました。

フィールドでの取材が制限されると共に図書館や公文書館の休館もで私にとっては大きな活動制限となりました。フィールド調査と資料調査、この2つは私にとって欠かすことの出来ない取材活動です。しかし、どちらも難しい状況では執筆活動どころではありません。そこで、自粛による休業をという形にせざるを得ないと判断しました。

唯一の例外が東洋経済オンラインの「コロナで危機「地方交通」、まず必要な対策は?」です。こちらはオンライン開催のフォーラムであり、外に出て取材する必要がなかったこと、また内容に「旬」があったことをに鑑みて例外的に執筆をしました。

5月25日に緊急事態宣言が解除されましたが、その後もまだ人々が動きを自粛している感じがあり、また友人に聞いてもリモート勤務を継続しているところが少なくありませんでした。そのため、ひとまず6月19日の都道府県間の移動自粛緩和までは取材および商業媒体への記事執筆は自粛としました。そこで、新たな活動としてwebラジオおよびnoteで少し活動をしていました。

都道府県感の移動自粛が緩和された直後に東京都心や横浜を歩き、ようやく人の動きが戻ってきていると実感しました。よっていったんは日常生活が戻りつつということにし、活動自粛解除といたしました。
ただ、これを書いている6月24日には東京都で新型コロナウイルスの新たな感染者が55人という情報が入ってきたように、引き続き予断を許さない状況ではあります。そのため、今後の取材については、国や地方自治体の発信する情報を基に慎重に判断していきます。

休業中に考えたこと

休業中には私的なこと、仕事のことで様々なことを考えました。中でも仕事に大きく関係することは大きく分けて2つです。

1つは今までの仕事でなにが精神的に負担となっていたのかということ。もう1つは「withコロナ」が1~2年続いた時にどういう形で仕事を続けるかということです。

まず精神的な負担の部分ですが、正直いって交通系の記事で負担が強くかかっているのを感じました。

私は元交通事業者勤務ではありますが、体系的に交通論を学んだことも無ければ特別知識があるわけでもありません。
一方で交通系の記事に関しては趣味者の知識レベルおよび記事に対する要求水準が高く(一応断っておきますが、批判しているわけではありません)、特に誤りの無い知識に基づく記述とレベルの高い考察が要求されると感じています。そのため、自分の知識レベルとの差がある分、執筆にかかるコスト(時間的、精神的)が記事単価に対して高いというのが私の正直な思いでした。

自分のレベルと記事に要求されるレベルの差を埋めるべく、細かい所まで万全を期すための取材が多く、取材に対して記事量(そして収入)が少なくなっていました。そのために悩むことも多くありました。また、交通系の一部のジャンルに関しては私が継続的に関わっていくことに不安を感じることも増えてきました(この点については改めて書くかもしれません)。

そこで今後しばらくは商業媒体で交通系の話題を扱う際、まちとも密接な関わりがある話題に絞ることにしました。具体的には乗りものニュースさんでやっている鉄道新線ダイヤ予想および鉄道未成線の記事と東洋経済オンラインさんでやっているようなターミナルや鉄道関連ビジネスに絞っていこうと考えています。いまは仕事としてありませんが、紀行文はニーズがあればやっていきたいと思います。
今までしていたその他の交通系の話題は継続のものは終了まで行うほか、新たな話題は雑感的にnoteで取り上げたり、ラジオで話したりすることになります。ただ、粒度は粗くなると思います。

次に「withコロナ」時代でいかに仕事を続けていくかについてですが、こちらは主にまちに関する仕事の話になります。
現在は東京圏のまちを中心にwebメディアでの執筆を進めているわけですが、コロナウイルスの感染拡大いかんでは取材が難しくなる可能性があります。

そこで全体的にじっくり腰をすえて行う仕事を増やす方向で考えています。
例えば、まち巡りのノウハウをまとめていくことを考えています。既に1社との間で少しだけ話をしました。ただ、他にも興味のある出版社さんやフリーの編集者さんなどいれば、その出版社さんや編集者さんの強みに合わせて書く内容を考えたいと思います。なので、ぜひTwitterのDMやホームページからお問い合わせをいただければ幸いです。

不確定要素が多い情勢下での活動再開ですから、当面の活動方針も手探りとはなります。おそらく方針がぶれながら活動しているように見える部分も出てくると思います。そんな中でも、温かく見守っていただけますと幸いです。

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まちコトメディア「matinote」編集長。地誌を中心にまちを読み解く「まち探訪家」。まちを訪ねた時の話、メディアに寄稿した記事や取材のこぼれ話、活動報告などを綴ります。

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