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里帰り その六

 かつては季節に一度ほど食べていた割烹寿司屋の握りの盛り合わせ、祝い事のたびに特別注文していた洋食レストランのオードブルセットの他に、百貨店の惣菜売り場で買ったらしきお高めのサラダなど三人分とは思えぬ量の多さに根田は一瞬怯む。
「他にお客様でも来られるんですか?」
「今回は私たち三人だけよ」
 多すぎません? そう言いそうになるが、兄のためと準備したであろう母の気持ちに水を差すのもどうかと思い言葉を飲み込んだ。
「平日の昼間だと時間が取れませんよね?」
「えぇ、だから先週末にお経は上げて頂いたの」
「当日は家族三人で静かに順を偲ぼうと思って」
 父も仏間に入っていの一番に上座に着いた。母は父の隣に、根田は母の向かいに座り、生前父の前に座っていた兄の席は空けておく。それを見てから部屋の端に控えていたお手伝いの女性二人が三人の食事を取り分けたのだが、今では全てのことを自身でするようになっているせいか違和しか感じない。
「ありがとうございます」
 至れり尽くせりのもてなしに礼を言うと若い女性の肩がびくっと震える。
「い、いえとんでもございません」
 彼女たちはお給料をもらってこの仕事をしているのは分かっていたが、家事の大変さを体感しているので感謝の気持ちを伝えるだけのつもりだった。
「何を言ってるんだ?」
 父にとってはこの光景が日常なので根田の言葉に怪訝な表情を浮かべている。彼女の反応を見ても余計なひと言だったかも知れないとモヤモヤした気持ちが残る。
「そうよ、お仕事でなさっているんだから」
 子供の頃からお手伝いが付いている環境下で育っている母も意外だと言わんばかりにホホホと笑う。彼女はひと通りの花嫁修業をしたらしいのだが、自身の身嗜みを優先して家事をすることは滅多に無い。その間に取皿に料理を盛り付けると失礼しますと一礼して部屋を出て行くと、二人の気配が消えたのを見計らったように母が口を開いた。
「急にそんなことを言い出すからびっくりするじゃない」
「えっ? 飲食店の方にひと声掛けるのと同じ感覚だったんですが」
「労働の対価は支払っているんだ、その時点で対等な関係なんだから必要無いだろ」
「そうよ悌ちゃん、あなたはそれを受け取る資格があるの」
 そういう感覚? 思えば根田自身も子供の頃はそれが当たり前で感謝の気持ちなど持ったことが無かった。学校でも真っ黒な高級車で送り迎えをしてもらう同級生もちらほらと見掛け、自身の環境が当たり前でなかったと思い知ったのはそれこそ箱館で生活を始めてからだった。
「でもどうして急に? 何かあったのか?」
 父は握り寿司を満足げに食べている。母はひと口で食べるには大き過ぎると特別注文した子供サイズの握り寿司をお上品に口に入れていた。
「まさかとは思うけど、今はお手伝いさんがいないの?」
「いませんよ、皆自分のことは自分でしています」
「まぁ、なんてこと……」
 まるで出先でとんでもない目に遭っているのではとでも言いたげに、母は憐れんだ視線を向けている。

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名前:御簾底子(みすていこ) 何気に別名義で執筆活動を致しております。 (https://estar.jp/users/155565129

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