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それは一個の押しピンから始まった

前本彰子(まえもとしょうこ 美術作家 ストロベリー・スーパーソニック代表)


美術家である前本彰子(私)が店主を勤める雑貨屋、高円寺ストロベリー・スーパーソニック。
きらきらとミラーボールの光が放たれるその店は、全て前本の手によるラブリーな羊毛フェルトアクセサリーが所狭しと並べられ飾り立てられている、知らない人にはちょっと入りづらいクレイジーなアトリエショップなのである[1]。

前本1


そんな店内へ新たにギャラリーを併設するに当たって、コンセプチュアル・アーティストである平間さん(平間貴大)にいずれ個展をしてもらいたいと前々からお願いしてはいたのだ。
ストロベリー・スーパーソニックのゴージャスな空間には平間さんのストイックな作品がきっと似合うはず!イメージしたのは氏のモノクロームのステインの平面[2]。


そんなある時、このレビューとレポート主宰者みそにさん(みそにこみおでん)に高円寺の中華料理店まで呼び出された。
ストロベリーから歩いて3分かからない場所だったので、まぁデザートだけでもとさくさく向かう。
そこには亜萌ちゃん(渡邊亜萌)も同席していた。
亜萌ちゃんは先頃神田神保町の美学校スタジオで、話題の初個展「強いAI」[3]を終えた新進の作家さんで、私も気になっていたところだった。
以前みそにさんとお店にも来てくれて、ムカつきマークを刺繍したヘアピンも購入している。
そんなキニナル彼女と平間さんが共にそこにいたので、酔った勢いで(飲んでないけど)「三人展やろう!」てことになるのは欲望に流されるままの、いや、自然な流れなのだった。


前本2

<ムカつきマークを刺繍したヘアピンではしゃぐ亜萌ちゃん>


後日三人展の打ち合わせで店に集まってもらい、遅れて来た平間さんが「ちょっとこんな感じ?」とストロベリーのキャピキャピな作品がわいわい並ぶのをよけ、壁の真ん中に押しピン一個でふいと掛けた黄色一色のキャンバス。
よく見ると潰された小さな蚊が一匹くっついている。
それを見て全員が


「え? これでいいのでは……」
「パーフェクトですね」


てなって、その後の三人展への先駆けとなる平間さんのフライング個展がその場で派生したのである。

前本3


テキトーな二人、前本彰子と平間貴大、それらに翻弄される若手の渡邊亜萌。
「言っとくけど個展ってこんな簡単なものじゃないからね、普通は」と私が新人亜萌ちゃんに諭し、平間さんが店内にて個展の案内をする原稿を手持ちのノートパソコンで作り、それを近所のコンビニでコピーしてきてお店で切り取って、数十枚ほどのフライヤーを作る。

前本4

〈店内でフライヤーを作る平間さんとそれを傍観する亜萌ちゃん〉


かくして夜8時集合、打ち合わせからの夜半11時。たった今から個展始まりましたー!とフライヤーをお店のガラス戸に張り出してプレこけら落とし展がスタートしたのであった(もう誰も外歩いてない……)。
ここまでの状況もちまちまTwitterで実況している今どきっぽさ。

前本5


押しピン一個で掛けただけの展示を終え、余裕の平間さんと含み笑いの亜萌ちゃん。私に至っては画商としての初出発の記念日。
価格はaskで(言ってみたかった)。
そしてこの一連のフットワークの軽さも今回の個展の大切な要素なのである。

前本6


その後、平間さん自身が制作し会期中に配られた作品に関するテキストは以下。


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Mosquito Attack


《Mosquito Attack》は、積極的に偶然性を取り入れる作品と、バードストライクのような事故との中間点にある作品です。事故的にこわれてしまった制作途中の絵画作品を改めて捉え直すことでつくられました。


制作中に予期せず発生する出来事として、作品への異物混入が挙げられます。キャンバスに絵の具を塗布している最中や乾燥中、絵筆の毛、ホコリ、謎の縮れ毛、虫など様々なものや生き物が混入することがあります。塗りはじめの方なら指やピンセットで取れることもあるのですが、乾燥間近の場合だと触れてしまった部分はそのまま固まることとなり、せっかくきれいに塗れたと思った部分に凹凸が出来てしまいます。その傷痕は混入物の遺恨を残しながら完成後も作家に睨みをきかせ無言の圧力をかけてくるのです。

2020年11月11日 平間貴大

フルバージョンはこちら

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前本7

〈蚊の痕跡〉


ストロベリー・スーパーソニックギャラリー プレこけら落とし展
平間貴大 個展 [Mosquito Attack] 2020年11月7日〜15日[4]


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さてすっかりフライングしてしまったが、この流れを継いだ本展としての三人展はいよいよこの12月中旬に開催される。
新進の若手未来嘱望美術作家渡邊亜萌、1980年代に飛び出した「超少女」からのベテラン美術作家兼ストロベリー店主の前本彰子、そして中堅コンセプチュアル・アーティストで元新・方法主義者の平間貴大によるその場ユニット「亜彰貴(アショタカ)」。
年代、作風、方向性共に共通性は特に無くむしろばらばらで、お互いを受け入れすぎる性格の相性と場所と時間のタイミングによってそれは今回でっち上げられ、出発した。


この「でっち上げる」という軽率さこそが先のプレこけら落とし平間個展を引き継ぐものであり、平間の、まるで10センチ先しか見ないような推進力が他の二人にもたらした伝染性の副産物なのである。
それがどうなるのかは誰にもわからないし、その軽さにひととき身を委ねてみたい気もする。
取るに足らない思いつきのものなのか、それとも見た者にまでその軽率さや全面即受容の懐の深さは伝染するのか、そしてそれは果たして拡がって良いものなのか。
次の現場も実際に見て、皆さまにその身で確かめていただきたいものである。


そして「こけら落とし」という魅力的な言葉で松村早希子にストロベリーギャラリーでの最初の個展をお願いしていたのを忘れていて、彼女には後で謝るハメに。
なので平間個展はあくまでも「プレこけら落とし個展」なのである。
そんなこんなをぶった斬るようなスピード感でアイドルを描きまくった怒涛の松村早希子個展「わたしの緊急事態」、その“前本レポート”は次回を待て!
もうホント凄かったんだから。
こけら落としは早希子にして本当に良かったぁ。

前本8


高円寺ストロベリー・スーパーソニックギャラリー 今後の展示予定

■大森牧子個展
2020年12月15日〜20日(15〜17は不定休)

銅版画を中心に瑞々しくカラフルなキャンディカラーの平面たち
1995年多摩美術大学大学院美術研究科修了
銀座コバヤシ画廊、巷房などで個展


■亜彰貴(アショタカ)展
2020年12月22日〜2021年1月末頃まで(基本金土日+不定期オープン)

渡邊亜萌、前本彰子、平間貴大による平面とインスタレーション作品の展示


亜彰貴(アショタカ)展の会期が「1月末頃まで」ということについて。
新型コロナウイルス感染者数がまたもや激増し会期の延期を考えもしたのだが、ならばいっそ1月末頃まで会期を延ばしてしまうことにした。
SNSなどでその都度開店日を知らせ、出品作品も新作を加えたり入れ替えたりしてTwitterなどで告知しながら「日々更新する」生命体のような展覧会にしてみようと思う。
展覧会の概念をも解体し、新しいカタチへ。
(手指消毒及びマスク着用などご協力お願いいたします。)


〈ストロベリー・スーパーソニックギャラリー〉
東京都杉並区高円寺南3-60-10 1F
(店名でGoogleMapでも)


[1]前本彰子インタビュー(レビューとレポート 第8号(2020年1月))
https://note.com/qqwertyupoiu/n/n1844ebe91bf9

[2]平間貴大個展「パラレルキョンシーズ」gallery TOWED
  https://gallery-towed.com/2018-11

[3]渡邊亜萌個展「強いAI」
https://bigakko.jp/news/2020/watanabeamoe_exhibition
https://note.com/qqwertyupoiu/n/n02cdbb731388

[4]https://togetter.com/li/1623642

画像:前本彰子


レビューとレポート第19号(2020年12月)