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エッセイ「自分の小説の読み方」

 自分が小説を読むときの癖や欠点について省みる。
 僕が小説を読んでいる時は人物の服装をあまり明確にイメージ出来ていない時が多い。正直に言うと風景描写も怪しい。緻密に書かれてあればあるほど文章を読む事に必死になって、脳内のイメージがあまり追いついていない時がある。
 服装に関しては自分自身があまり頓着していないというのが理由かも知れない。それに僕は今までどちらかと言えば明治~昭和、平成にかけての日本の近代文学を主に読んできたので、小説中で人物の洋装と和装が混交している場合があったりして、雰囲気で読み飛ばしていた部分もあったと思われる。
 服装の描写に関しては、谷崎潤一郎や泉鏡花などの著者が着物の色彩等に関して鮮やかに描いていたような印象が何となくある。
 人物の描写に対しては、服装よりも、言動、性格、身動き、表情などの方に注視して読んでいた気がする。各々の固有名詞を印象付ける為に僕はその辺りを優先させてきた気がする。僕はどちらかと言えば他人の顔色を窺う性質の人間なのでそこらへんが出ているのかも知れない。
 星新一などの乾いた文体になるともう話の筋だけを追うか楽しんだりしていた時の方が多い。挿絵などから来るイメージも微妙にある。
 他には人物の内面描写や心理というものも読んでいた気がする。人物がどう感じ、どう行動するかや、著者が人物を描写する時にフォーカスする視点などを読んでいた気がする。著者によって人物の描き方が多少変わる為、その辺りも面白く読んでいた気がする。
 僕が小説というものを読んでいた時に欲していたのは人物の人生かも知れない。なるだけ多くの人の人生観や哲学を知る事で、自らの人生の生きる手立てとしようとしていたきらいが僕が小説を読む意図の中にある。小説を書いた著者の年表や人生などを熱心に読んでいたのもそれが理由かも知れない。
 あまり今まではSFやミステリー、サスペンスなどのジャンルの小説は読んでこなかった。星新一以外はSFはタイトルぐらいしか知らないものが多い。何となく純文学に焦点を置いて読んできた気がする。しかし文学でも微妙に様々なジャンルが入り交じっている場合があるので、全く読んでないとも言えない。江戸川乱歩なども読んでいたと記憶している。
 これから読んでみたい小説というのは今の所あまり思い浮かばない。自分より若い世代が書いた小説も沢山出てきているが、今すぐチェックする気が起こらない。同世代の人のにも食指が動かない状態だ。小説を読む為の集中力が最近はあまり湧いてこないからかも知れない。
 何か今まで読んでこなかったジャンルに手を出してみようという意欲もない。このままだと大分保守的な本の読み方になるような危惧がある。
 読むものに迷ったら古典などのベタなものを率先して読んでいた気がする。最近では井原西鶴の小説の現代語訳を読んでいた時が少しあった。
 古典に表される人間の典型などを求めて読んで、理解しようとしていたのかも知れない。色々読んでみて現実の生活に役立ったかは不明である。
 また読みたくなったら読むと思う。
 

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大勝隆介(スタンダードマン)

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小石につまずくように随想しています。
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元専業ひきこもり キャリア三年。 関西のひきこもり、元ひきこもり当事者NPO団体会員。 某大手清掃会社での就労経験。 朝礼時に般若心経を唱えていました。 平成5年生まれ。