親友 -うどんのねぎ編-
「もしここが東北です。って言われても、わかんないかも」
岡山駅から乗った在来線の車窓から見える景色は、あまりに馴染みのない、それでいてどこか見慣れた"いつもの"風景だった。ゴトゴト、ゴトゴト、ゴトゴト。東京ではあまり聞かない、落ち着く不器用な音に身をゆだねながら、少々失礼な第一印象をひとり言のように呟いた。
「たしかに、日本ってどこも景色似てるよね〜。東京だけが特殊なのかも」
こんなふうに嘘なくやわらかく共感してくれるから、友人・彩乃には、安心して些細な感情も表現できる。毒を吐いたときでさえ、共感できる部分だけをなぞり「でも、〜なのかもね」とか「もしかしたら〜なのかもよ?」とやんわり伝えてくれる。誰も傷つけない言葉選び。じれったくなるくらい思いやりある彼女の慎重さは、こんなとき、羨ましいくらいに大活躍だ。
20分と短い乗車時間。目的地である児島駅に到着した。観光客をお出迎えしてくれるのは、クリーム色のアーケードにぶら下がった岡山名産のジーンズたち。ゆったりゆったり風になびく様子に、なんだか、洗濯物みたい。と、ヘンテコな感想が浮ぶ。そのあいだにも彩乃は「あっちかな?ん?あれかな?」と忙しそうにずんずん進んでいった。
おっと!迷子になる!
置いて行かれないよう、早足で追いかけた。
***
「でも岡山、何にもないですよ〜?(笑)」
レンタカーを借りようと手続きをしていると、愛想のいいスタッフが作業の手を止めずに言った。コピー機からウィーンと乾いた機械音が四角い建物の中に響く。テンポよく雑談をしている最中に言い放った何気ないひと言。謙遜だったのだろうけれど、どうリアクションしたらいいかわからない。「え〜・・!」なんてヘラヘラ笑ってしまったじぶんに、少し後悔した。
では、こちらへどうぞ。
車に案内され、いざ出発!しようとしたら、申し訳なさそうに眉毛をへの字に曲げたスタッフが切り出した。
「すみません、禁煙の車なんですけど、前の人が隠れて吸っちゃったみたいで。匂いはとったんですけど、まだ残っていて・・」
「うわっ!ほんっとだ、くっさ〜!!」
ありえない、とばかりに怪訝そうな表情をする彩乃。「嫌!」とはっきり言うとき、彼女はとても良い顔をする。そのリアクションを見るたびに愉快だなぁと苦笑いをするのは、わたしの密かな楽しみになっているかもしれない。
彩乃は仕方なく運転席に乗り込む。
「なんか、瀬戸大橋のパーキングエリアにうどん屋さんがあるらしいよ!」
彼女のひと言で、行く先が決定した。
「いいねー!うどん、食べよー!」
わたしの頭の中はもうそれ一色だ。鼻歌を歌ったり、街並みを見て「あ、丸亀製麺あるよ」と言ってみたり、横断歩道をゆっくり渡るおじいちゃんを見届けたりして、とん!とん!とん!と少しずつ体温が上がっていく。
高速の入り口を発見。さていよいよ、瀬戸大橋だ。
「おおおお!すご〜〜〜い!レインボーブリッジみた〜〜い!!!」
臭いから開けようと言った彩乃にならい窓を全開にする。ビュン・ビュン・ビュンと波打つ風が顔にあたり、息ができない。でも今は、それさえ心地いい。転々と浮かぶ島。次々と後ろに過ぎ去る白い鉄骨たち。すべてを振り払うように車を走らせる彼女の運転は、なんとも清々しかった。
ふっと息が合い、顔を見合わせる。
ふたりとも、最高に笑顔だった。
***
菅田将暉のあのCMの曲がいいよね〜。とか、やっぱりあいみょんだよね〜。とノリノリで話した数分後、空腹に耐えきれなくなったわたしたちは迷わず一番近いパーキングエリアに入った。
人がまばらな駐車場を悠々と歩く。
「『うどん屋まであと400メートル』だって。」
丁寧すぎるくらい細かい道案内をしてくれる看板を見つけ、早足に自動ドアへと駆け込んだ。
「なんか、メニューが丸亀製麺みたいだね〜!」
「だってあれ香川のうどんだもん」
「え、ここ香川なの?」
「ねぇねぇ酢橘がトッピングにあるよ〜」
「天ぷら何にしよっかな〜!」
噛み合ってるのか、噛み合ってないのか。好き勝手なやりとりを繰り広げながら、お盆をスルスルと台の上で滑らせお会計を済ませる。するとわたしのうどんを見た彩乃が、目を丸くして笑った。
「え!?ねぎ盛りすぎじゃない!?(笑)」
「ねぎ大好きなんだよね〜(にんまり)」
「知らなかった!そうなんだ〜。」
うどんの麺が見えなくなるくらい、お椀に散らばる刻みねぎ。ほぼ一面みどりだ。それを見て、わたしの知らない一面が見れてうれしいとばかりに笑う彩乃。それがおかしくて、結局一緒に笑っていた。
もう友達になって10年ほどが経つのに、お互いの知らないところは絶えない。
年齢を重ねるたび、大切な人の知らない部分を見つけられるうれしさや、その関係の愛おしさは増していく。
年を重ねるって、生きていくって、わたしたちが思っているよりも、きっと、ずっと豊かだ。
うどんを口に頬張る。目を細める。ゆっくり、味わう。
「『しあわせだね〜』」の、声が幾度となく重なった。
***
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