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紀元前からの歴史を持つ、メキシコのとうもろこし食文化と伝統農法ミルパ

2021年10月から11月にかけて、3週間ほどメキシコの台所探検に出かけていた。振り返って特に印象的なことを何本か記事にしたいと思う。

メキシコの食といったら、真っ先に思い浮かぶのはタコスではないだろうか。
メキシコシティを歩いていると、朝から晩まで様々なタコス屋台が路上に並び、もうもうとする煙が立つ鉄板の前でタコスにかぶりつく老若男女がいる。タコス屋台は、この街の個性の一つになっている。

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しかし現地の人に話を聞くと、屋台タコスは必ずしも日常食ではなく、月に何度か行く程度という返事が多かった。日本食と言ったら寿司とラーメンが挙げられるけれど、そんなにしょっちゅう食べるものではないというのと同じだろうか。

屋台タコスは月に何度かでも、その皮のトルティーヤは毎日の食卓に欠かせない。街角にはパン屋ならぬトルティーヤ屋(tortilleria)がコンビニくらいの頻度で立ち並び、街の人々は機械から次々と焼けて出てくるトルティーヤをキロ単位で買っていく。

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以前に書いたが、メキシコのトルティーヤは私たちが馴れ親しんでいるアメリカの小麦粉トルティーヤとは違ってとうもろこしのものが主流。とうもろこしという作物はメキシコ周辺が原産とされており、紀元前からこの地域の食文化を支えてきた偉大な主食だ。とうもろこしからメキシコの食文化を紐解いてみたい。

とうもろこしと豆の組み合わせは最強の栄養コンビ

とうもろこしを主食作物としたときに、大きな欠点が二つある。

一つ目は、栄養だ。とうもろこしは必須アミノ酸のうちトリプトファンとリジンを欠いている。トリプトファンは体内でナイアシンに変換されるものだが、ナイアシンが不足するとペラグラという病気を引き起こす。大航海時代にこの地域からとうもろこしがもたらされたヨーロッパでは、とうもろこしばかりを食べ続けた貧民の間でペラグラが流行した。
ではどうしてメキシコではその問題が生じてこなかったかというと、その加工に秘密がある。とうもろこしの粒を消石灰(カル)で煮ることにより、トリプトファンが吸収できる形になるのだ。この加工をニシュタマルというが、トルティーヤは必ずこの処理をして作られる。

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[トルティーヤ屋の奥の作業場。ニシュタマルが行われている]

そしてトルティーヤと並んで食文化の礎となっているのがフリホーレス(煮豆)だが、豆はリジンを豊富に含むため、とうもろこしと組み合わせることで栄養的にも完全な食事となる。

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伝統農法ミルパは4000年続くサステナブル農業

とうもろこしのもう一つの欠点は、連作し続けられないことだ。とうもろこしは生育に窒素を多く必要とし、連作すると地力が低下して収量が減少してしまう。
そこでこの地域で太古の昔から行われている農法がミルパというもので、とうもろこし、マメ類、かぼちゃなどを同時期に畑に植えて育てる。これにより単一作物の栽培よりも全体として生産性が上がるだけでなく、マメ類は空気中の窒素分子を変換して窒素固定することができるので地力回復もできる。とうもろこしと豆の組み合わせは、栄養学的に優れているだけでなく、農法としても非常に相性が良いのだ。

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ちなみにかぼちゃについては、その原種は実の部分が食用に向かなかったそうで、硬い外皮を容器にしたり種を食用にしたりしていたようだ(食用にしていたという説もあるが、そうだとしたら現代の日常食にかぼちゃの種料理はあるのにかぼちゃの実料理がほとんどないのが違和感)。その他に家畜の餌となるアルファルファなどが組み合わされ、持続的な農業が行われてきた。
メキシコ各地にはピラミッドがあるが、紀元前の遺跡ですでにミルパが行われていた痕跡が見つかっているのだから、その歴史の長さに驚く。

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[紀元前の遺跡モンテ・アルバンからもミルパの痕跡が見つかっている]

スペイン到来以前の食は、生活を取り巻く植物や動物を利用

かつての人々は、サボテンや花や木の実を採集し、イグアナやカメの卵や昆虫を捕獲して食料としていた。とうもろこしや豆の栽培とともに、狩猟採集も食生活の一部だった。
現在街中で見かけるタコスは肉ベースのものが多いけれど、牛や豚が持ち込まれたのはスペイン到来以降。それまでの暮らしは、今よりずっとずっと肉が少なく、タンパク質は豆類などから摂っていた。
今でも先住民の多いオアハカ州では、昆虫(チャプリネス)を食べ、タコスにのせたりもする。

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[オアハカの市場のチャプリネス。食感はイナゴ、味はチレとライムで酸辛い]

そういうわけで、トルティーヤはあったけれど、今のような肉肉しいタコスはなかった。ではどのようにトルティーヤを食べていたかというと、皿代わりにして豆などのおかずを包んで食べたり、豆や野菜などの具材を乗せてピザのようにして焼いたりしていたようだ。その名残というか、今も年配の方は左手にトルティーヤを持っておかずを乗せて皿もスプーンも使わず上手に食事する人がいるし、先住民が多いオアハカ州のmamelaという豆やアボカドをのせたピザのような料理は、スペイン到来以前に起源を持つとされている。

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[右のおばあちゃんの食べ方に注目。洗い物いらず。]

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[オアハカ州のmamela]

数千年の歴史に育まれた食文化

あまりに有名な「タコス」の影に隠れてしまっているけれど、メキシコの食文化の根源はその"皮"のトルティーヤの方にあり、計り知れないほどの知恵と歴史が詰まっているのだ。その道のりの長さや人々の工夫に思いを馳せると、気が遠くなる。

近年タコスをはじめ脂肪分の多い食事をとるようになり、健康の問題も出てきているが、その話はまた別の記事で。


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