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ベトナム菜食の意外な10の事実 〜オリエンタルベジタリアンと言っても

東アジアの仏教に根ざすアジア菜食は「オリエンタルベジタリアン」と呼ばれる。中国・台湾・ベトナムの精進料理とも言うことができるだろうか。根本の原則は、動物を苦しめたり殺さないこと。ゆえに殺生を排し、肉や魚を食べない。加えて、"五葷"とよばれるネギの仲間の臭気の強い野菜を避けるなどの特徴がある。
…と聞いていたけれど、実際現地の寺で生活していると、耳学問の知識と異なっていたり、現代社会の中での変化を感じることも多々あった。

1. 寺の菜食と家の菜食は基準が異なる

にんにくや玉ねぎなどの五葷は、臭気が強く修行の妨げになるため食べない。ここまでは知っていたこと。そして台湾ではその通り。

しかしここベトナムでは、これは僧だけにあてはまること。修行していない一般仏教徒は関係なく、これらの野菜は食べていいのだという。にんにく入りチリソースChin Suは、家では欠かせない調味料だ。動物を殺す殺さないとは別の論理なのだ。

ちなみに、台湾では五葷と呼ぶけれど、ベトナムではその中でも長ねぎやアサツキは「そんなに強くない」から問題ないらしく、お寺でもよく使っていた。オリエンタルベジタリアンとひと口に言っても、国や地域によるちがいもあるようだ。

2. 菜食レストランには、ビールがある

これも上記と同じ理由で、お酒を飲まないのは僧のみ。ビールは植物性なので、殺生にあたらない。修行をしていない一般菜食人には問題ないのだ。ちなみにビール・チャイ(チャイは菜食の意味)というのはノンアルビールのことで、これは僧も飲めるということになっている。そこまでして飲みたい僧っているの…?

僧もたまにはレストランに行く。ただしこの方々はノンアルビールも飲まない。

3. 地域によっては、僧もにんにくもOK

古都であり寺の多いフエではにんにくも玉ねぎもダメだけれど、他ではOKとするまちもあるのだそう。実際、ホーチミン近くの寺では、にんにくは適量ならばむしろ健康によいとして使っていた。
ちなみに、フエの寺でも小ねぎやアサツキはよく使っていた。ここまではOKという匂いレベルがあるのだろうか。

ホーチミン近くの寺にて。にんにくは小粒で皮むきが面倒くさい。

4. 有精卵はダメだけれど、無精卵は微妙

卵は生命の源だからダメだと思っていたけれど、これが意外に微妙なのだ。
フエではダメと聞いた。日本の市販の卵は、ほとんどが温めても孵らない無精卵だけれど、フエの市場で売られる卵は有精卵が多く、生まれる前の命を殺してしまうことになるから。敷衍して、無精卵でもダメということになっている。
一方、ホーチミンではOKだと聞いた。ホーチミンではスーパーで買うことも多く、手に入る卵の多くは無精卵だからというのがその理由。無精卵は生命を宿していないので、これらは食べても生命を殺すことにならない。
いずれも店頭で卵が確認できていないので本当かわからないけれど、筋は通る。ちなみに加工品に使われている卵はどうなのかと聞いたら、「うーん、たぶん無精卵じゃない?」と返された。
そういうわけで、卵の種類によって、あるいは地域によって、卵を許容するかどうかは異なるよう。

ホビロンは、孵りかけのゆで卵。これは有精卵を超えて既にひよこなのでNG。

5. マヨネーズは、時々なら…

人々が寺に集う日の食事には、しばしばマヨネーズとチリソースのセットが登場した。食パンにつけて食べるのだ。寺の冷蔵庫から出てくるのではなく、誰かが持ってくるわけだけれど、マヨネーズは原料に卵が使われている。
精進マヨネーズのこともあるけれど、そもそも尋ねてみると「マヨネーズに卵?入ってないよ?」と言われることもある(パッケージにはしっかり書かれている)。どうも、人々がよくわかっていないこともあるようだ。尼さんに尋ねてみたら、曖昧な返事をされた。このへんは「時々ならOK」と考えているようだ。この白黒はっきりつけない寛容さが、多くの人を取り込む魅力だと思うから、あまりつっこまずそっとしておきたい。

6. 高度な加工品は、判断が難しい

ある日の朝食、牛肉フォーのインスタント袋麺を出してきて、尼僧さんがおもむろに作り始めた。付属のスープの素もしっかり入れて、どう考えても牛肉だし「これはいいの…?」と聞いたら、「牛肉味は、人工調味料でしょ?本物の牛肉じゃないからOK」と返事された。
その調味料の原料は牛肉だけどというのは黙っておいた。

7. 寺の(僧との)食事では、箸で取り分けスプーンで食べる

家庭やレストランでは箸を口に入れて問題ないけれど、尼僧さんと食べるときは箸は取り分ける時だけだよと諭された。箸で自分のご飯茶碗に取り分け、匙で食べる。
箸を介して肉食する人間の唾液が交じることにより、僧の食べる食事の完全な浄性が保たれなくなるというのが理由だと、他の人が教えてくれた(ただし中国や朝鮮は歴史的には寺に限らず箸は取り分け用なのでこの説明の妥当性はよくわからない)。

箸のほうが食べやすくても、匙で食べる。

8. 味付けはとにかく味の素とだしの素

これは菜食に限らずベトナム料理全般に言えることだけれど、肉よりもうまみの弱い菜食の食事を手っ取り早くおいしく仕上げるのに、うまみ調味料(味の素)は大活躍する。寺の台所では大瓶に入っていてバサバサ使う。ちなみにだしの素はクノールの椎茸だしが人気のよう。

9. 肉の形や味を模したもどき料理を食べることは、議論がある

どこの世にも、同じような議論はあるものだ。肉食を完全に諦められていないから完全な菜食とは言えないとか、それなら潔く肉を食べればいいのにとか。菜食の真正性と宗教心を理由に、批判する意見もあるようだ。どこの世も、同じだ。いずれにしろ僧自身は、進んで食べるものではなく、寺に来る菜食慣れしていない人のために用意するので、あまり気にしていないような気がする。

フエは宮廷料理でも有名。宮廷の人々の中にも信心深い人はいたので、宮廷精進料理がある。

10. でも精進ソーセージやハムは寺でも使う

これらも肉の加工品に模したものに見えるけれど、寺の冷蔵庫にもある。あえてそんなの使わず豆腐でいいじゃないと思ったけれど、「豆腐だけだと退屈でしょ?食感があって、菜食の食事にバラエティを与えてくれるからね」と。
そもそも、鴨や魚の姿に似せたモドキ料理と違って、肉を想起させるものでないということもあるようだ。

精進ハム。たしかに、豚っぽいかというとそんなこともない。食感がいいのだ。

これを書きながらも、まだまだわからないことがいっぱいある。台湾や他のアジアの国の菜食も探検したい。

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