「委員は恋に飢えている!」第2会

第2会「トラウマの克服」


「ほんとに生徒会に入ったんだね」
廊下ですれ違った火恋さんと金美さんに声をかけられる。
「当然。これから頑張らないとね」
「そういえばぁ、日早片さんはぁ、生徒会長目指してるんですかぁ」
俺は昨日のことを話した。

「じゃあ二人はライバルだ!日早片さんは手ごわいねー。でも応援してる!じゃあ、私たちも委員会に行くね。月くん、頑張って!」
「がんばれぇ」
「もちろん!絶対負けない!」
こうして二人と別れた後、俺は風紀委員長のもとへ向かった。
 


 
 初めの三週間は風紀委員会をメインに仕事をする。

「生徒会仮役員の月浦月です。今日から三週間、よろしくお願いします」
「うむ。入神から話は聞いている。私は風紀委員会委員長、国本夏都くにもとなつだ。風紀委員では、生徒の身だしなみのチェックや校内、学校周辺の見回りをメインの仕事としている。よろしく頼むよ」

そう言って国本先輩は手を差し出してきたので俺もそれに応えた。
「あとは、この子にも自己紹介をした方が良いだろう。これからなんだかんだ付き合いがあると思うからね」
国本先輩の後ろから半分だけ顔をのぞかせている人がいる。

「どこかで見た気が…。あ!申請書を出しに行ったときの!」
その声にびっくりしたのか、彼女はまた国本先輩の後ろに隠れてしまった。
「あまり大きい声を出さないで上げてくれ。緊張しいなんだ。特に男性と話すときはね」

国本先輩は彼女の頭を撫でながら話した。
「この子の名前は木本紡木きもとつむぎだ。君と同じ一年生で風紀委員に仮配属されている。ちなみに、どの委員会にもいるのだが、仮配属の生徒の中に一人、一年生全員をまとめる人がいる。風紀委員ではこの子がそのまとめ役だ」

(こんなに話せない子がまとめ役として務まるのか?)
「紡木、少し校内の見回りに行ってきてくれないか?私は月と話があるんだ」
木本さんは頷くと、こちらを一切見ずに見回りに行ってしまった。

「あの、話って…」
「ああ。紡木なんだが、私と紡木は昔から知り合いなんだ。中学では私たちは今と同じように風紀委員だった。あの子も正義感が強くて、校則を守らない人に頑張って注意をしたりしていたんだ。でもある日、上級生の男子を注意した時にちょっと強く反抗されてしまってね。といってもそこまでひどいことでもなく、軽い文句と悪口を言われただけなんだが。本人にとっては大きなことだったんだろう。それがトラウマになってしまって男とは話せないんだ」

そういうことだったのか。
確かに中学生の時に考えていたことやしてしまった行動は黒歴史として記憶に残り、ずっとそのことを思い出しては悶えてしまうこともある。ベクトルは違うが、それと同じことだろう。

「じゃあ、なんでまた風紀委員に?」
「それは自分で聞いてみたまえ」
「だって、会話ができないんじゃ…」
「ああ、そうだな。よし、説明会の時に話していた委員長からもらうサインがあるだろう?私からのサインは、紡木と会話できるようになれたらやろう。もちろん仕事もしながらだが」

そう言って国本先輩も見回りに向かおうとする。
「ちょっと待ってください。そんなのって…」
「会長になるのに必要ないか?生徒会長は学生みんなに認められなければならないものではないのか?あの子と会話できないということは彼女に認められていないのと同じだ。それに現状を何とかしたい、克服したいと考えている生徒に手を差し伸べ、助けるのも学校を引っ張る生徒会長に必要なことなのではないか?」

先輩はこちらを向いているわけではないが会話するように語りかけてきた。
「うぅ、た、たしかに」
正論を言われてしまい、俺は何も言い返せなかった。

「まあ、あの子は今のままではいけないと思っているんだ。それこそ私がまとめ役に選んだのも現状を克服するためのきっかけになるかと思ってのことだ。何とか手伝ってあげてくれ」
そう言って国本先輩も見回りに向かっていった。

(話してみようにも男が苦手だもんな…)
考えても仕方がないので、とりあえず木本さんのもとへ行くことにした。


「木本さん、あのさ」
教室へ続く廊下で木本さんを見つけたので俺は声をかけてみた。
「!」
急に声をかけられてびっくりしたのか、木本さんは持っていた本を落としてしまった。

「ごめん、急に声をかけちゃって。びっくりs…」
俺が言い終える前に木本さんは本を拾い走って行ってしまった。
(これはなかなか大変そうだ…)
その日から木本さんを追いかける日々が始まった。


 木本さんと会話できるように奮闘してすでに十日が経過していた。
未だに木本さんとは会話できていないし、目も合わせてくれない。何度か国本先輩と三人で見回りに行ったこともあったが、特に成果を得ることはできなかった。

「一体どうすればいいんだ…」
ため息とともに言葉が漏れてしまう。
「そんなに深刻な顔して、どうしたの?」
そう声をかけてきてくれたのは火恋さんだった。
「実は…」

俺は火恋さんに事情を説明した。
「なるほど!それは大変だねー。よし!私ちょっと木本さんと話してくるよ!」
そう言って火恋さんは走って行ってしまった。行動力がすごすぎる。
待っていても火恋さんが戻ってくることはなく、そのまま授業の時間になってしまったので一度教室に戻った。
 
放課後、火恋さんが一組を訪ねてきた。
「月くーん、ちょっといいー?」
俺が返事をして教室を出ようとすると、土門や他の男子たちが寄ってくる。

「月!?あの元気で明るくてかわいい子とはどういう関係だ!は!?もしかして付き合って…」
「違う!そうじゃない!友達だ、友達!邪魔だからどけ!まったく」
そう言って周りのやつらを押しのけ教室を出た。

「つむちゃんと話してきたよ!もう友達になっちゃった!」
親指を立てながら笑顔で話してくる火恋さん。本当にすごいな。誰とでも友達になれるのだろう。

「それとなく月くんのことも話しておいたよ!」
「え、なんて?」
「女の子を泣かせる人って」
「はぁ!?あれは誤解だって!なんでそんな…」
「もう、冗談だよ!困っている人には声をかけて手を差し伸べる優しい人って、言っておいた」

その言葉を聞いて安堵と恥ずかしさが同時にこみあげてくる。
「余計なことを…。もう俺行くからね!じゃあまた!」
恥ずかしさに耐えられなくなり、俺はすぐにその場を離れ木本さんを探しに行った。



 最近ずっと月という人に追いかけまわされている。
夏都先輩や昨日友達になった火恋ちゃんが悪い人ではないと言っていた。

何度か一緒に見回りもしたけど、確かに学内外問わず困っている人にはすぐに声をかけていたし、こんな私とも会話しようと頑張ってくれている。
初めて会った時も声をかけてくれる時も優しかった。
今までは私が会話できないことを知るとすぐに離れていく人がほとんどだったから。
きっと彼も夏都先輩から条件を出されなければ離れていったのかもしれない。

それでも、私は彼と話してみたい。
私も克服したい。

(あそこの三年生、制服着崩してるな…。でも私じゃ注意できない。先輩に報告しよう)
その時、三年生二人と目が合ってしまった。

「何か言いたそうな顔してるな?なんだよ」
「風紀委員さんじゃないですか。注意しに来たんですか?」
逃げ出そうとしたけど、体が動かない。私は壁際まで追い詰められてしまった。

「風紀委員がこんなんで大丈夫?向いてないんじゃない?」
きっと私には向いてない。そんなことわかっている。
やっぱり私は、強くて凛々しくてかっこいい夏都先輩みたいには、なれない、、、

その時、聞き覚えのある声が私の前から聞こえてきた。
「先輩。制服はちゃんと着てください。それと、女の子に男二人で詰めるのは、ちょっとカッコ悪いです」

 何もできず震えている私の前に立つ彼はまるで夏都先輩みたいでとてもかっこよかった。



 木本さんは体育館裏にいたが、なんだか様子がおかしい。
近づいてみると、木本さんは制服を着崩した三年生の男子二人に囲まれていた。

俺は間に入って先輩たちに注意をした。
もしかしたら殴られるかもしれない。それでも震えている彼女を見たら体が勝手に動いた。

身構えていると、先輩たちはあっけなく去っていった。
「ふぅ、良かったー。大丈夫?何かされてない?」
「…」
「とりあえず、委員長に報告に行こうか」

俺は一応木本さんに声をかけてみた。まあ、返事はないだろうけど。
「あ、あの!」
木本さんの口から返ってくる言葉に驚く。
「わ、私…。」
木本さんはゆっくりだが、自分の口でいろいろなことを話してくれた。
 
 
「三週間、お疲れ様。これが私のサインだ。受け取ってくれたまえ」
「ありがとうございます!」
あれから少しずつ木本さんとも会話できるようになり、毎日の仕事もしっかりとこなして俺は委員長からサインをもらうことができた。

「仕事も真面目に取り組んでくれたし、紡木の件も、助かったよ」
「いえ、俺も初めてのことばかりでしたが、委員長や委員会の皆さんのおかげで取り組むことができました。この経験をこれからに活かしたいと思います。本当にありがとうございました」

俺は心からの感謝の気持ちを伝え、風紀委員を後にした。
 
 
「君たちも助かったよ。変な芝居をさせてしまってすまなかった」
「いいや、夏都の頼みなら断る理由がないさ」
「俺たちの恩人だからな」
「大げさだな。昔ちょっと助けただけだろう」
「でもよかったのか?あの子。またトラウマができちゃったんじゃ…」
「いいや、大丈夫だろう。ショック療法みたいなものさ。それに、私以外にも助けてくれる人がいるって知れたんだ。紡木も少しずつではあるが、男と会話できるようになるだろう」
 
 
 あれが全部国本委員長の作戦だったなんてひとつも知らない俺は、報告をするため生徒会室のドアをたたいた。

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