「委員は恋に飢えている!」第20会



第20会「大ピンチ!(夏休み④)」


学会発表は時間通りにスタートした。
世理先輩は六人の発表者のうち五番目、後ろの方だ。
流れとしては、一番目の人が発表、その発表に対する質疑応答を行って次の人にというものだ。

前半の三人が発表を終えたら二十分間の休憩をはさんだ後に後半がスタートする。
俺は貴重な体験ができると思っていたのだが、正直話している内容が分からな過ぎてボーっとしていた。

周りを見てみると、やはり教授たちや専門分野の人たちはうなずいたりメモを取ったりしながら発表を聞いている。
土門も一番目の人の発表が終わった時点でどこかに行ってしまった。

(俺にはまだ早いな…)
理解できない話を聞いていてもあまり面白くないので俺も外に出ることにした。
世理先輩の発表のタイミングで戻ってくれば問題ない。
まだ二番目の人の発表が終わったばかりなので時間は結構あった。

会場の外に出ると、結川先輩が壁に寄りかかりながら立っていた。
「結川先輩」
「ん?ああ、月か…」
「何してるんですか?」
「いや、ちょっと暑くて…。涼みに来たんだ」
「なるほど」
(今日は曇りだし、会場内も冷房が効いているのでそこまで暑くはない気がするんだけど…)

「世理先輩は大丈夫そうですか?」
「緊張してたけどいつものことだし、私も手伝うから大丈夫だと思う」
「いつもどうやって手伝うんですか?」
「そうだな…。発表のほとんどは私がするな」
「え?」

「そもそも人の前に立つのが苦手な人なんだ。ましてやそこまでかかわりのない人の前でなんてなおさら。でも援助してもらっている大学の学会だから断るわけにもいかないし仕方なく参加してる。だから私が世理先輩の書いた論文を説明してるんだ」

「質疑応答は世理先輩が私に伝えてそれを私が答えている。これが私の今日やる手伝いだな」
手伝いとは言っていたがほとんど結川先輩が主体らしい。

「あの人は優しいんだ。私が美化委員に入ったときも、優しく接してくれたし人前に立つのが苦手なのに周りからの声を断れず委員長になって…」
「結川先輩…?」
なんだか結川先輩の様子がおかしい気がする。
言葉が途切れ途切れだし呼吸音も大きく荒い。

「だから私が…」
「ちょっと、結川先輩。大丈夫ですか?」
俺は結川先輩の手を触ってみた。
「…!めちゃめちゃ熱いじゃないですか!」
結川先輩の体はものすごく熱かった。汗もかなりかいている。

「大丈夫。私が世理先輩のために発表を成功させないと」
そう言って結川先輩は控室に戻ろうとした。
その時、結川先輩はふらついて転びそうになった。
「あっぶね…」

「結川先輩!熱いです。絶対熱あります。休んでください。世理先輩には俺が伝えますから」
「いや、大丈夫だって」

「だめです!フラフラじゃないですか。これで手伝うって言っても逆に失敗しちゃいますよ。世理先輩だって結川先輩が、熱があるってわかってて手伝おうとしたらきっと怒ります」
「…」
世理先輩が怒るという言葉を聞いて結川先輩は黙り込んだ。

(とりあえず休めるところに…)
そう思ったが俺自身戸惑ってしまいどうしようかとその場でたじろいでいると、見覚えのある影があった。

「月、結川先輩。何してるんだ?」
「土門!実は…」
俺は土門に事情を説明した。
結川先輩は熱があると認識し始めてから明らかに具合が悪そうになっている。
なるべく気にしないようにして気力で耐えていたのかもしれない。
それでもこのまま放置するわけにはいかない。

「熱!?昨日の水か!?」
「それもあると思うけど、結川先輩、俺たちのこと気にかけて引っ張ってくれただろ?いつもは世理先輩と二人だけど、俺たちがいたからいつも以上に気を張ってたと思うし疲れもたまってたんだと思う」
「そうだな…」

「とにかく結川先輩を土門に任せていいか?俺は世理先輩に伝えに行く」
「任せろ!そっちも頼んだぞ」
「わかった」
俺は急いで世理先輩のいる控室に向かった。



「世理先輩!」
俺は急いでいたので勢いよくドアを開けてしまった。
大きい音が鳴ったので世理先輩もかなりびっくりした表情でこちらを見ている。

「つ、月くん!?どうしたの…?そんなに慌てて」
「結川先輩、熱あります。すごい具合悪そうなので土門に頼んで休ませています。なので今回の学会発表、結川先輩は手伝えません」
「え…?」
世理先輩は驚きを隠せていなかった。

「ら、藍ちゃんは!大丈夫なの?」
普段の世理先輩からは聞けないような大きい声だった。
「多分、昨日の水の件と俺たちにずっと気を遣ってくれていたので疲れがたまってしまったんだと思います…。休めば治るとは思うんですけど…」
俺は世理先輩に現状を説明した。

「そっか…。藍ちゃん、ずっと気を張っていたから…。実は一昨日も学会発表の手伝いをする準備だってあまり寝てなかったらしいし…」
世理先輩はうつむきながら話してくれた。

ちょうど今、四人目の発表が始まったところだった。
次は世理先輩の番。大人たちも世理先輩の発表にはかなり期待しているはずだ。

「…私、藍ちゃんのところに行く」
「えぇ!?発表はどうするんですか?」
「無理だよ、私には。いつもは藍ちゃんが手伝って…。ううん、ほとんど代わりに発表してくれていて。ただでさえ誰かの前に立つことなんてできないのに、一人で発表だなんて絶対…」
世理先輩はうつむいたまま話した。その声は泣いているようにも聞こえた。

さっきまで曇りだった空から大粒の雨が降り注いでいる。
「じゃあ次の方、あと少しなので準備お願いします」
係の人が控室にやってきて出番があと少しだということを教えてくれた。

「じゃあ発表は…」
「このまま発表できなくて終わり、これから呼ばれることもないと思う。そしたら援助もなくなっちゃうかもしれない。私のせいで…。私が臆病で、怖くて、一人ではなんにもできないせいで…。」
世理先輩はそのまま続けた。

「私、藍ちゃんがいないと何も…。なんにもできないんだっ…」
これは誰が聞いても分かるくらい泣いている声だった。
「…」
世理先輩は黙り込んでしまった。

俺もどうにかして力になりたい。
テストの時に一緒に勉強して俺を助けてくれた世理先輩のためにも。
昨日、今日と俺たちを気にかけてくれて体調を崩してしまった結川先輩のためにも。
そう思った時自然と俺の口が開いていた。

「…それ、俺じゃだめですか」
「…え?」
「結川先輩の代わりは、俺じゃだめですか」
世理先輩に聞き返されたので俺はもう一度繰り返した。

「…」
「正直、結川先輩みたいに世理先輩の研究をしっかりわかっているわけでもないですし、学会というたくさんの人の前で発表するっていう経験もありません。それでも俺に何かできることがあれば、俺は力になりたいです」

「月くん…。ありがとう。でもごめんなさい。私の心の準備ができないの…」
「でも…」
「無理なの!どれだけ準備をしても!どれだけ練習しても!大勢の人の前に立つだけで足がすくんで何も話せなくなる…。昔からこう…。こんなのダメだってわかってる…。でもなんでか、どうしても…」
世理先輩の頬には涙が流れていた。

「それでは次の方、お願いします」
係の人が俺たちを呼びに来た。四人目の発表が終わり、とうとう出番が来てしまった。
俺は世理先輩に背を向け、一言伝えて壇上に向かった。
「それでも俺は、世理先輩のこと信じてます…!」


後書き

二十話です。最後まで読んでいただきありがとうございます。
結川先輩、熱上がってしまいましたね。確かに朝から汗をかいたりしてたので体調がすぐれていないのを我慢していたのかもしれません。
世理先輩は発表できるんですかね。このまま終わるのか否か…。
続きもぜひ読んでいただけたら嬉しいです。感想も大大大大歓迎です。


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