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【短編小説】蓮少年の華麗なる?休日

『「孤独」のスケッチ 〜Bienvenue au café de sociologie!〜』本編4話の後日談です(このお話単独でもお読みいただけると思います)。よろしくお願いします!

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「今日はどちらまで」
「ちょっと欲しい本があるから、××書店に行ってくるよ。夕方には戻ります」
「承知いたしました。蓮様、どうかお気をつけて」

軽めの昼食を済ませ、出かけてくるという次期当主の顔は心なしか明るく見えた。

小学校高学年の頃からだろうか。硬い表情が増え、自分の気持ちをあまり話さなくなった。
ぶっきらぼうになったわけではない。笑顔がなくなったわけでもない。
礼儀正しく、思い遣りのある少年であることに変わりはない。
ただ、周囲の期待に応えうる聡明さと応えたいといういじらしさが、日に日に彼を追い詰めていたとしたらーー

「いつもありがとう、貴虎さん。行ってきます」

スニーカーの紐を結び終えた蓮がくるりと振り返り、微笑んだ。
感謝の気持ちを忘れず、また人の顔を見て必ず挨拶をする彼を愛おしく思う。
数日前、喫茶店でとくべつに焼いてもらったというクッキーを持ち帰ってきた。
「あんまり美味しかったから、いつもお世話になってる貴虎さんにも食べてもらいたくて」とはにかんだ蓮の清らかさにくらくらした。この子が将来、志野元を継ぐのだ。地位や名誉だけではない。柵(しがらみ)や業(ごう)も含め、「なにもかもすべて」継がなければならないのだ。


貴虎の本職は現当主の秘書である。他人を信用しないことで有名な志野元の現当主ーーつまり、蓮の父親がその有能さに惚れ込み唯一登用した傑物だ。物腰が柔らかく鷹揚な雰囲気を携えているため、大抵の者は貴虎という人物を見誤る。彼こそ余計な感情に左右されない志野元の冷徹なブレーンであり、そしてーー現当主にだって気取らせてはいないが ーー 蓮の身を心から案じてもいた。それは、与えられた職務を遂行するには「余計な感情」かもしれない。


「行ってらっしゃい、蓮坊っちゃん」
昔の呼び名を小さくつぶやいて、まだ幼さが残る背中を見送った。


*****


悩みに悩んで選び抜いた数冊を手に、蓮は小走りでレジへ向かった。端正な顔立ちの少年が目を輝かせて颯爽と進んでいく様は、立ち読みに耽っていたはずの人々の視線をも惹きつけた。

さすがは専門書フロアを有している××書店。豊富な取り揃えに予定していた以外の書籍にも目移りしてしまい、まるで宝探しをしているような感覚で気づけば一時間近く物色していた。

(来てよかった…!やっぱり直接自分で内容を確認して選ぶのが一番だな)

来週の日曜日、つまりちょうど一週間後に記念すべき第一回目の「社会学カフェ」が開催される。しかし、本来は今日、開催されるはずだったのだーー


「最初の『社会学カフェ』はいつにする?」
クッキーをひとしきり味わったカンナギが、スマホのカレンダーアプリを起動する。
「うーん…日曜日だと助かるかな。カンナギはどう?」

平日から土曜まで、蓮のスケジュールは家庭教師や塾、外国語レッスンなど数々の習い事で大抵埋まっているため、時間を気にせず腰を据えて話をするなら何の予定もない日曜が好都合だった。家族でどこかに出かけるなんていうイベントが起こる心配も、ない。

「僕も大丈夫。じゃあ早速だけど明後日の日曜にしようか」
「うん、お願いするよ。楽しみだな」
蓮は手帳に書き込もうとした手を止め、何か思い付いたような表情になる。
「…どうした?何かあったか?」
「…カンナギ、ごめん、やっぱり来週の日曜にしてもらっていいかな…?」
「謝らなくていい、僕は全然構わないよ」
笑顔とともに了承し、延期を希望する理由を追及してこないカンナギに、蓮はかえって自身の思いを告げたくなった。
「あのさ、せっかくだからその…僕もちゃんと準備したいというか」

カンナギに社会学を教えてほしいとはお願いしたが、ただ受け身でいるのは蓮のモットーに反する。それは「自ら進んで学ぶ」という志野元の教育方針の賜物に違いなかったが、あくまで家庭教師や進学塾から“与えられた”課題に取り組む範囲において臨まれてきた態度に過ぎない。しかし、この「準備」とは純粋な探求心に突き動かされてのーー、まさに蓮自らの意志に基づいた「主体的な」学びといえよう。

「準備?」
「うん、自分でも社会学のことを調べておきたくて…本を探しに行きたいんだ」

蓮の部屋にはさまざまなジャンルの百科事典、辞典、辞書が並んでいる。それらは幼少期に祖父母や両親から買い与えられた数々であったが、残念ながら社会学に関連するものはなかった。

「本を、えっと…探すっていうのは」
「社会学関連の書籍をたくさん扱っている書店に行って、僕にも読めそうな本とか、もし辞典とかあればそれも…あ、ネットで注文すれば早いかもしれないんだけど」

蓮は自らの選択や行動原理を説明することに苦手意識があった。相手は父ではなくカンナギなのに、審査されているような緊張感が言葉を詰まらせ、蓮はごくっと喉を鳴らした。

「ああ!そういうことか!うん、いいねいいね。僕のオススメで良ければいくつかメモしようか?どんなのがいい?」

無意識に固く握られていた蓮の両手の拳がふっと解けた。カンナギはすでにルーズリーフを取り出し始め「ん?LINEの方が親切だったか?」とひとりごちた。

「ネットもさ、レビューがあれば参考になる部分も大きいけど、かと言って評価の高いものが自分にも合うとは限らないもんな。同じテーマでも、書き方や切り口で全然印象が変わるし。また何買ったか教えてくれよ。僕も気になるしな」
「うん…ありがとう!探しに行ってみる」

××書店はビルの1階から5階が書籍取り扱いフロア、そして買った本をすぐに読めるというサービスを提供すべく6階にはカフェを併設している。しかも、それが相当気合の入ったカフェで、コーヒーの大手飲料メーカーが本格的なコーヒーとラテ、スイーツをおしゃれな空間で楽しめるというコンセプトで出店した話題のスポットなのだ。カフェ目当ての客も多く、休日はいつも混んでいるのだが、幸い蓮は並ばすして入店できた。


二人用のソファ席に案内され、ブレンドコーヒーを注文する。早速紙袋から本を取り出した。辞典を含めた数冊はそこそこ重量があり、書店員が気を利かせて紙袋を二重にしてくれている。カンナギが「親切な本屋さんだぞ」と言っていたとおりだった。

辞典はカンナギにオススメしてもらったものがまさに自分の理想と一致していたため、すぐに決まった。掲載項目が充実していることはもちろん、社会学カフェに持参することを考えていたので無理なく持ち運びできるサイズ感が嬉しい。「必携の一冊」と謳う帯にさえ頼もしさを感じ、帰宅後のTO DOリストに索引へのインデックスシール貼りを加える。これから長く世話になるのだから、少しでも使い勝手を良くしておきたい。

そして、「選ばれた」残りの数冊は、社会学の全体像を把握できるイラスト付きの解説書、初学者用の基本テキスト(もっとも、大学の学部生向けではあるが)、あとは日常における身近なテーマを扱った新書が1冊。気になる本はまだまだあったが、最初からあまり手を広げすぎるのは得策ではない。何事も基本を疎かにしないことが蓮の知性を下支えしている。


コーヒーが運ばれてきた。注文してから3分も経っていなかった。蓮は慌てて広げた本を隅にやり、「ありがとうございます」と軽く頭を下げた。ポップな色使いのマグカップにたっぷりとコーヒーが注がれている。ひとくち、口に含む。美味しい。もう一口飲んでみる。やっぱり美味しい。…なのに、ルディックのコーヒーを思い出してしまう。別にコーヒー通でもなんでもない自分が、こうして優劣をつけてしまっていることに些か申し訳なさを感じていると「キャー」という喜びに染まった黄色い合唱が耳に飛び込んできた。驚いて反射的に声の出処の様子をうかがうと、プチサイズのスイーツ盛り合わせプレートを囲んだ女性グループがスマホを構えていた。「ああ、なるほど」と納得し、蓮は気を取り直した。

そう。今からずっと気になっていた人物への接近を試みるのだ。
その人物とは、ほかでもない蓮が最初に知った社会学者「アーヴィング・ゴッフマン」である。

書店の本棚には、ゴッフマン原著の翻訳版だけで数冊並んでいた。カンナギから聞いた「ドラマツルギー」の話だけだと思い込んでいたので、大変驚かされた。原著の購入も考え何冊かパラパラめくってみたが、翻訳されているとはいえ(この場合は”翻訳だからこそ“と言うべきか)難解な言い回しや独特の語り口がひっかかり、今回は断念した。

蓮はノートを広げ、「アーヴィング・ゴッフマン」と書きつけた。
どの歴史上の人物よりもとくべつに感じるから不思議だ。それもそのはず。知識や教養のひとつとしてではなく、蓮はゴッフマンという「人間」そのものにも関心を抱き始めていた。
彼はどんなことに関心をもち、何を考えたのか。基本書のゴッフマンに関するページを開く。

持ち前の集中力を発揮するまでもなく、蓮は自然と引き込まれていった。
すごい、面白い、なんで、どうしてこんなこと思いついたんだ?!
解説書や辞書を往復し、走り書きしつつ、自分なりに要点をまとめていく。
思った以上に彼はいくつもの概念やキーワードを残していて、その多彩ぶりに翻弄されるが新しい出合いの連続はむしろ蓮の胸を高鳴らせた。


ふっと一呼吸ついて、顔を上げるとちょうど店内の掛け時計が目に入った。
「えっ」と蓮は思わず自分のスマホも確認する。……間違いない。しまった、時間オーバーである。すっかり冷め切ったコーヒーを一息に飲み干し、貴虎に丁寧な謝罪と帰宅時間が遅れる旨のメールを打つ。

すぐに返事が返ってきた。「そろそろ連絡すべきか」とスマホを握りしめる心優しい兄のような存在ーー、貴虎の姿が容易に想像されて、蓮はほっこりした気持ちになった。急がなければ。

そうだ、帰りの電車でカンナギに何を買ったかだけでも報告しようか。
詳しいことは明日のお昼にまた話せばいい。
蓮の心は依然として弾んでいる。

(おしまい)


おまけ:蓮のまとめノート(一部抜粋)

アーヴィング・ゴッフマン(1922-1982)
・カナダ出身、アメリカで活躍
▪️日常生活における人びとの「社会的相互行為(≒関わりかた、コミュニケーション)」を分析
=ドラマツルギー (演劇的アプローチ)を提唱する
→ごくごく日常にありふれた「(偶然で一時的な)出会い」や「集まり」に関心があった…「相互行為秩序」の解明を目指す…つまり、人びとのどのような関わり方によって社会の秩序が成り立っているのかを見ようとした
→人は社会生活という「舞台」において、それぞれの「役割」を演じている(たとえば、「学生として」「先生として」「親として」)
⚪︎役割葛藤…いくつかの矛盾・対立する役割や期待などに晒されて処理し難いような状況(たとえば、家庭と仕事の板挟みに悩む女性など)
⚪︎印象操作…人は意識・無意識にかかわらず場面に応じてふさわしい自分を演出している
⚪︎儀礼的無関心…他人に対し過度の関心を示さない礼儀作法。たとえば、電車に乗り合わせた見知らぬ人をじろじろ見たりせず、相手に対する無関心を装う行為など。→日常生活における「人格崇拝」(byデュルケム)の実践例 ※人格崇拝、デュルケム、あとで調べる
▪️『アサイラム』…精神病院における収容者の分析。施設の閉鎖性などに注目
(奥さんが精神病との闘病生活の末、自死している。)


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ここまでお読みくださり、ありがとうございました!!!

ちなみにこれを執筆している最中に『日本の米は世界一』『ビッグブリッヂの死闘』を繰り返し聴いてテンションあげてました・笑

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「ふつう」とは一味も二味も違うモノの考え方や捉え方をする「社会学」の面白さを伝えることを目標に、現在は社会学的視点を入れた小説を主に書いています。小学生向けの社会学の本を書くことが夢(正気で本気)。フォロー大歓迎!スキ、コメント、すごく嬉しいです。みなさん本当に有難うございます。

コメント12件

あと、小説と全然関係ない話なんだけど…
FF9っていうと、サントラの1番最初に入ってる曲、いい曲だよね。
たぶん『いつか帰るところ』ってタイトルだと思うんだけど。ひたすら何十回も聞いてた頃があるよ。
ヘイヨーさん
わかります!!!!!わかりますとも😭✨少し寂しげなメロディなんですけど、ずっと耳に残るというか…FF9の世界観とかキャラクタを象徴していて、いい曲ですよね😊

あと、オープニングで繰り広げられたジダン率いる劇団員らの『この刃に懸けて』で一気に心を鷲掴みにされました(笑)『永遠の豊穣』も何回も聴きましたね〜😆

…はっ!すみません><思わず熱が入ってしまいました(笑)
うふふ、蓮君、やっぱりこういうお育ちだったのですね!自分の気持ちで『真摯に社会学に取り組みたい』という意欲が垣間見えるところがとっても愛らしい!オスギル様の言ではないですけれど、カンナギ君もうれしそうで、かわいかった♪この二人のかわいらしい少年が、これからどんな世界を見せてくださるのか、楽しみでたまりません!(個人的には秘書様の貴虎様も、すごーく気になりますね~笑)
社会学について、私ももっと知ってみたいです!次の記事も楽しみに読ませていただきますね♪紫ヅッキーナ様も、お体にお気をつけてご執筆なさってください☆
淳虎さん
わわ〜😭✨!ご体調がまだ優れないなかお読みいただいた上に、ご感想まで…本当にありがとうございます!
そうなんです、蓮は礼儀だったり、人に対する敬意だったり、向学心みたいなところを大切にしている子なので、この短編でちょっと出してみました😊淳虎さんからの「楽しみ」のお言葉、本当に何度励ましていただいたか……😭✨

そして…お察しいただいていると思うのですが(笑)、「貴虎さん」は淳虎さんをモデルにしています😆勝手にご出演させてしまいすみません😅💦(ちなみに、直接の登場はまだなんですが、オスギルさまのモデルの人物もすでに本編でちらっと出ております☺️)

いつもお心配りをありがとうございます…!淳虎さんもどうかご無理のないよう、ゆっくりお身体ご自愛くださいご😊✨コメント、本当にありがとうございました!
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