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「先生は、なぜ先生になったの?」

と、

よく訊かれることがある。

正直、かっこいい理由が、まったく思いつかない。

なので、たいてい、こう言う。

「食べていくため、だね」

尋ねた生徒は、たいてい拍子抜けした顔をする。

食い扶持を稼がねばならぬ。独りで子どもも養わねばならぬ。

大学のときに、学費をだしていた親に強制され、大学まで行くならば資格くらいとれと言われて、たまたま教員免許をとっていたのだ。

大学院まで行って、やりたい仕事も特になく、その日暮らしでもいいから、一生、文学の周りをぐるぐるまわるつもりでいた。

二十代後半は、年齢的にさすがにどうかと思われ、とりあえずは経済的自立にむけて努力したが、病気にもなったり、文学研究以外、なんの技術も資格もなく、契約社員やアルバイトばかりしてた。

あるといえば、教員免許くらいで。

そして、三年前、子供が一歳のときに、離婚したのが大きい。

ブランクがあるし、再就職や社会復帰は、それまでの私のキャリアではなかなか難しく、人にアドバイスされ、また教職に戻ってきた。

そんな、こんなで、「先生」になり、早数年。

教員と言えば、夢があり、なりたくてなった先生のほうが多い。

私からみたら、頭を下げたくなるような、理想と情熱をもった、子どもが大好きで、教育熱心な先生もたくさんいる。


そこまででなくても、もう少しマシな、もっともらしい理由をいうだろう。

でも、まあ、私としては、社会に出たら、いろんな理由でいろんな職につく人がおり、

ドリームカムズトルーだけが、すべてではなく、

「なにが幸せか」は、

職業とか、夢を叶えるとかとは、別の問題であり、

職能というものも、別問題なのだ。

それを、生徒たちにも、知って欲しい。

そんな先生だから、先生だって、夏休みが終わるのはいやだ。

ほかの先生たちだって、みんな、顔にそう書いてあるよ。

ほんとは、大人も子供も、永遠の夏休みの中にいたい!

でも、不可能なのを知っているから、ダラダラと重い体で、二学期を再開する。

「当たり前」から、はみでる勇気がある人だけが、永遠の夏休みを謳歌してるのです。

休むことは、勇気がいる。

でも、じつは、1日休んだって世界はなにも変わらない。

一週間やすんでも、たぶん、大丈夫。

1ヶ月のブランクも、なんとか、なる。

授業や学校のルールだって、ほんとは、あんまり意味ないことも多い(私はそれが仕事だから、意味あると思ってやってるけど)。

逆に「なんの意味もないけど、おもしろい」って思えることを、
自分で見つけたほうが、嫌な授業を苦痛を感じながら受けるより、よほど幸せな気がする。

なぐさめになっていない気がするけど。

大事なことを、もう一度、くりかえす。

ここは、赤線だよ。

「学校にいかなくても、学校を休んでも、
大丈夫だよ」。

夏休み明け、君の顔をみるのを、楽しみにしてる人たちもいるかもしれない。

でも、無理はしなくていい。

休む勇気があることで、うまくいくことも、たくさんある。

がんばることだけが、すべてじゃないしね。

休めば、また動きたくなる日も、くるよ。

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さすらいの元文学少女。