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断片を語る 銭湯編

 大学最後の講義を受けた日の帰り道、友人から教えてもらった銭湯へ行くために、快速で1駅の高円寺駅で降りた。

 受付のおばさまに小さい声で「バスタオルつけてください」って言って、入り口の引き戸を開ける。手慣れた仕草のチープでシックなマダムたちの談笑。

 壁画が壁で真っ二つだから、女湯からしか富士山が見えない。女に生まれてよかった。

 普段は湯船に浸からないもので、どっちの足から入れようかちょっとだけ悩む。

 ひとりで来てしまったせいで「あつ!」とは言えなかった。歯をくいしばる。

 手持ち無沙汰だから、無駄にお湯の効用を熟読したりして、だけど3分後には全部忘れる。

 最後に、お気に入りの浴槽にもう一度浸かって、頭の中で30秒数えてから出る。

 周りを見渡すとドライヤーが20円で3分だから、みんな髪の毛が生乾き。

 アイスを食べてるお姉さんを見て、売店に行ってコーヒー牛乳を買う。

 目の前でコーラを飲んでるおじさんに、ちょっと嫉妬。それよこせ。

 でも、風呂上がりのコーヒー牛乳には何も勝てないでしょ。そう思いながら3口で飲みきる。

 ひとりが当たり前の空間に、ちょっぴり安心感を覚えたり。漫画は読まないで帰った。

 まだのぼせた頭で、フラフラとお店を出る。

 外は寒いのに、わたしだけあったかい。すれ違う人を見ながら優越感に浸る。

 誘惑に負けて古着屋を何件か寄り道したら、駅に着く頃には湯冷めしてしまった。

 だけど心はほっかほかで、ひとりなのに、なんて不思議なこと。

 本当は、お湯に浸かりながら大学生活を振り返ってみたり、偉そうなことをするつもりだったのに。

 結局、昨日と変わらずに、頭の中にあったのは、欲しい漫画のことと今日の晩御飯のことだけ。



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