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kyatapy
禁忌
「お父さんを呼んできて、ご飯だから」
と子供に言おうとして、
「おかあさんを…」と言いかけてしまった。
小学生が教室で先生に「おかあさん!」と呼び掛けて
笑われてしまうのと同じように。
間違えた!という感情が、脳内で小さな稲妻を作り
古い欠片をするすると手繰りよせた。
「お父さんを呼んできて」と言い直してから
その感情の奥底に、すでに予兆はありながら、潜っていく。
「おかあさん」は口にするのを憚る単語だった。
あの小さな借家では。あの殺伐とした時間。
トラブルそのものの言葉だった。
かわいそうに、と私は思う。
大げさね、と別の私が言うと、
皿を拭く手が震え、鼻の奥がつんと沁みた。
あの頃の私に言ってあげられることは何もない。
ただ抱きしめ、抱きしめ返すことを教えたい。
ははおやでなくともそれはできたはずだったのだが。
やっと父親を呼んできた。
この乱雑な、けれど平らな食卓。
タブーなんてありはしない。
心から思うなら、何を言ったっていいのだ。
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