見出し画像

誰かの望んだ世界(波野發作)


【カテゴリ】小説
【文字数】約13000文字
【あらすじ】
舞台は未来の日本。偉大なる指導者マリアン・メンデルの政権は、度重なる法制度の大改革に着手した。牛肉禁止令・プロポーズ禁止令・ガンプラ禁止令――そしていま、新たな法律が誕生しようとしている。とある中学校を訪れた<教導師>ジョ・レイが生徒らに語る、まったく新しい概念とは?
【著者プロフィール】
波野發作。東京生まれ、信州育ち。作家を志して上京後、製本所や出版社のアルバイト、編集プロダクション勤務および印刷会社営業を経て、フリーライター&フリー編集者に。2014年マガジン航の企画でペンネームを決め、作家活動を25年ぶりに再開する。実用書の執筆やデザインなどで生計を立てつつ、波野發作としてインディーズ出版(セルパブ)での活動も力を入れている。デビュー作は「ストラタジェム;ニードレスリーフ」。他に「オルガニゼイション」シリーズ、「カブラヤキ」。BCCKS、KDP、カクヨムなどを中心に活動中。電書専門の表紙制作者としても活動範囲を広げつつある。第4回NovelJamではプロデューサーとして参加した。

===========================

「はいみなさん、突然ですが、この授業はいつもの先生に代わって、わたしが担当いたします。当番は誰?」

 教壇に現れた女に、生徒らは雑談をやめ、めいめい席についた。当番の生徒が手を挙げる。

「はい、あなた当番ね。名前は?」

 黒いパンツスーツの女は、手を挙げた生徒を銀のペンライトで指した。赤い点が生徒の胸元に光る。

「ターネットです、先生」
「わかったわ、ターネット。でも、わたしは先生じゃないわ。みんなに礼をさせてちょうだい」
「きりーつ」

 生徒らは壇上の人物を訝しみながらも、当番の号令のままに立ち上がる。

「れい」

 ざくっと衣擦れの音がして、生徒一同が頭を下げる。二秒待って一斉に頭を上げる。一糸乱れぬ動き。訓練された家畜たち。ひと呼吸置いて最後の号令が出される。

「ちゃくせき」

 ターネットの声にあわせて、全員がガタゴトと音を立てて席についた。

「はい、よくできました」

 壇上の女はクラスの生徒全員をチラチラと見ながら、手元の書類と照合していく。四〇人全員を確かめると、出席簿を教卓にそっと置いた。男子二〇名、女子二〇名。理想的な男女比。

「今日はみなさんに、政府からの重要な決定をお伝えにきました。あまりに重要なので、一切報道はされていません。ネットでも流れていないので、簡単には信じられないと思いますが、よく話を聞いて、理解してください。よろしいですか」

 生徒らは黙ったまま壇上の女を見ている。この政権は当初から突拍子もない議案を強引に通してきた。牛肉禁止令やプロポーズ規制法、ガンプラ禁止条例などである。その度にこのような教導師が派遣され、施行前の法令の浸透を図ってきたのである。今日はなんなのか、生徒らはそれぞれに警戒をして、固唾を飲んでいた。

「今日は憲法の改正について、お知らせにきましたよー」

 憲法改正。これで三回目だ。毎回大きな混乱を生んでいる。戦争放棄の放棄、ベーシックインカムの保障、徴兵制の導入などである。ベーシックインカムの導入にあたっては、原資の矛先として他国への侵略を可能にしたわけであるが、幸いなことにタイミングよく貿易黒字が拡大し、まだ実際に派兵を行っていない。この辺のことは中学生ともなればなんとなくでもわかっている。

「わたしは、ジョ・レイといいます。アレイと呼んでくださいね」

 生徒らは返事をしないが、反抗心はないようだ。どんな改正かわからない以上、騒いでも仕方がない。それに、教導師がここまでやってきたということは、あの独裁政権がすでに憲法改正を成立させたということだ。抵抗するだけ無駄だった。下手に睨まれると、イエローリストに載せられて徴兵時には危ない戦場に向かう師団や部隊に回されることになるという噂もあった。触らぬ神に祟りなし、長いものには巻かれた方がいい。

「はい、では今回の憲法改正について、くわしく説明していきます。よく聞いて理解してくださいね」

 アレイは、黒板に大きく〈男〉と〈女〉の文字を書いた。

「はい、これはなんですか? ええと、じゃあリホウくん」

 リホウが慌てて立ち上がる。

「男・女です」
「どういう意味ですか?」
「ええと、おとこと、おんなということ?」
「もっと詳しく説明できますか?」
「え、人間の性別の……二種類の……」
「そうですね。生殖器と染色体などによる個体差を大きく二分したものです。はい、じゃあ、女の子は手を挙げて。はい、降ろしてよろしい。じゃあ男子は手を挙げて。そうね。君たちは男子だね。そういうことになっているよね。はい、ではそのどちらでもない子」

 手を挙げる者はいなかった。アレイはじっと一人ずつ目を合わせていく。それでも誰も手を挙げなかった。

「そうですか。ではここには男子か、女子か、どちらかだけいるということですね。わかりました」

 アレイは黒板に向き直ると、チョークで男女二つの文字にバツ印をつける。ガッ、ガッと教室に打撃音が響いた。

「廃止です」

ここから先は

11,315字

¥ 200

頂いたサポート費用は、作者へお支払いする原稿料や、寄稿された作品の宣伝費などに使用いたします。