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ぼくらはまだ5歳(桃多昼灯)

【カテゴリ】小説
【文字数】約3400文字
【あらすじ】「ぼくももう5歳だから、両親くらい持たないと」今年5歳になったジョージとマイクのふたりは、親となるアンドロイドたちのショーケースを訪れる。はるか未来、子どもは人間ではなく、アンドロイドの親によって育てられるようになっていた。その理由とは――?
【著者プロフィール】
桃多昼灯(ももた・あんどん)。小説投稿サイトにて『顎男』の名義で小説を投稿。過去作に『黄金の黒』『稲妻の嘘』『あなたは炎、切札は不燃』『核よりも熱く死ね』など。

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 ごぽごぽと保存液の中で非(ナル)-酸素注入用のチューブから気泡が浮かぶ音がする。
 マイクは立ち並ぶモデルケースの列を眺めながら、歩いていた。

 その中にはアンドロイドの裸体が臍の緒のような配線にいくつも絡まれながら、揺れている。このケースに入れられた時点で、すでに最終調整の段階だ。もし仮に今、大地震でケースが割れたとしても、アンドロイドたちは自動起動し素っ裸のまま列を作って避難行動に移るだろう。

 彼らは人間が創り上げたあらゆるルールや規範を内蔵したまま生まれてくる。学習する必要がないのだ。遺伝子のように欠損しては修復され、この時代まで生き延びた情報を最適にまとめ上げた完全な頭脳。
 それは人間のそれをとうに追い越して、よき隣人となるまでになっていた。
 いや、隣人どころか――

「やあ、マイク。奇遇だね」
「ジョーイ。こんにちは」

 通路の反対側から、スモックを着た5歳くらいの幼児が、少し気取ったような歩き方で近づいてきた。たんぽぽ組の運動テストではいつも三本指に入っているジョーイだから、自尊心も高めだ。心理テストでも確かそう出ていたため、彼のスモックには心理的に衝動的な発作――怒りや悲しみ――をどういったときに感じるかの説明分がプリントされている。もちろんマイクが着ているスモックにもある。そこには『突発的な怒りに駆られることあり。視線に注意』とある。
 やれやれ。心の取扱説明書といえば聞こえはいいが、これじゃあ猛獣扱いだな。

「この週末は、『水族館』でクラゲの鑑賞かい?」

 とジョーイがニヤニヤしながら言う。まだ5歳のくせに皮肉は一人前だ。

「いいや……でも、そろそろ決めないといけないからね。ぼくももう5歳だから、両親くらい持たないと」
「そうだよな」

 ジョーイがため息をつき、二人はハグをする。

「アンドロイドの両親、か。いやはや。ぼくらは生まれて間もないが、トイレを覚えたかと思ったら次は両親を決めろと来たもんだ。一息つく暇もない忙しさだ」
「本当だよ。たんぽぽ組はもうほとんどが両親を選んだんだって?」
「どれも一緒だと思ってるのさ。大事なことなのに――これは人工知能に決めてもらうわけにはいかないんだから。遺伝子と違って、親子関係には適切な相性を保証するデータはない」
「そうだね。これが遺伝子だったら、理想の精子と卵子を培養液にドボンすれば着床して終わりだ。そのあとジーンセラピーをして、不要だったり異常だったりする因子を取り除いていく」
「アンドロイドが完璧であるぶん、トラブルには繋がりにくいとはいえ、アンドロイドにも多少の『ゆらぎ』はある。ジョークの好みが違う親を選んでしまうのは嫌だな。で、さくらんぼ組はどうだい?」
「もうみんな決めたって。リリーナに冷やかされたから、今月には決めないとと思って来たんだ」
「そうだな。うかうかしてるとぼくらも6歳になっちまう」

 ジョーイはスモックの中から瞑想煙草を取り出してライターで火をつける。マイクは顔をしかめた。

「おい、禁煙だよ」
「火を恐れてはいけない」肩をすくめて、「カラダにいいんだぞ?」
「やれやれ……アンドロイドだって急に火だるまになったきみを救いに来れるほどスーパーマンじゃないんだぜ」
「大丈夫。シティ全域は監視ネットが張り巡らされてる。ぼくがおしっこしたいかどうかまで、連中には筒抜けさ」
「で、どうなんだ?」
「当然、もう漏らしたさ」

 アッハッハ、と二人は笑う。楽しい休日。

「しかし、教本を呼んだかい、マイク。適切な両親の見つけ方を?」
「ああ。『あなたがそれの目の前に立った時、あなたは愛を感じるでしょう』だとさ」
「お笑い草だよな。愛ね。戦前の人間が愛を粗末にしたから、こんな世界になったというのにさ」

 ジョーイは美味そうに煙草のけむりを吐く。青白い煙に無限照明の光が当たってジョーイの横顔を見ていると少しマイクは眠くなる。

「少し歴史の講義をしても?」
「眠気覚ましには丁度いいさ」
「ふふん。……戦前まで、人間は人間の手によって育てられていた」とジョーイは始めた。

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