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<SXSW2019>SXSW予報(3)Adaptive 〜身体”拡張”ではなくて身体”適応”〜

【HPブログより転載】

SXSWのセッションを楽しむコツは、自分の専門領域”外”を横断的に見てみる事です。トラック(カテゴリー)をまたいで、共通するテーマを自分なりに見つけてみると、未来の兆しが見えてきます。SXSW2019特集記事の後半は、未来予報のインターン齋藤雄太さんの視点から書いた全6記事をお送りします。


はじめに


2020年に東京オリンピックを控えていますが、パラリンピックとオリンピックの境目がなくなるような現象が既に起き始めています。例えば、2015年には、ドイツの義足ジャンパーであるマルクス・レーム選手がドーハで記録した8メートル40という自己ベスト記録はオリンピックの金メダル記録を超えています。また、それ以前にもオスカーピストリウスという短距離走の選手が両足義足でパラリンピックの無敵王者でしたが、彼がオリンピックの400メートルの短距離に出て、準決勝まで進みました。しかし、その時は美談だとして扱われたのですが、今度マルクス・レーム選手が走り幅跳びで健常者の大会に出てドイツの国内大会で優勝した時には、突然参考記録にされてしまった上に、優勝者に内定していたはずの欧州選手権への出場が取り消しになってしまったエピソードがあります。理由としては「義足がずるいから」という理由だったそうですが、そうであれば出場した時点で自明のものが、このようにいきなりの取り消しといった結果を生み、論争を呼びました。

このように、多くの人にとってはまだオリンピックがメインで、パラリンピックがサブといったイメージがまだあるかもしれない現状ですが、これからもっとパラリンピックが注目されていき、もしかしたら2024年頃には人類最速の人間を見ようと思ったらパラリンピックで見ることになるといった未来が近いかもしれません。そのためには、ルール設定や社会設計といった課題を今の内から考えていかなければいけないのかもしれません。

さらに、スポーツの世界に限らずとも、日本では2025年になると団塊の世代が後期高齢者に入る時期とされており、身体障害や身体機能不全に対する社会ニーズは高まると予測され、社会の中でどのように予算をつけていくのか、社会設計や認識を変える意識を持っていくかといったことは今の内から始めなければいけない議論であるとも言えます。

このように、どのようにバリアフリーな社会を設計していくかにおいて、面白い取り組みをしている事例としてオリィ研究所のOriHimeロボットというものがあります。2018年の11月に2週間限定で分身ロボットカフェというものをオープンし、そのカフェではロボットが接客をしてくれるのですが、そのロボットを操作しているのは自宅から出ることのできない重度障害者の方で、その方が遠隔操作をしており、カメラとマイクが搭載されている分身ロボットを通じてコミュニケーションを取ったり注文を取ったりすることができるというコンセプトのカフェでした。中には、10年間病気で家から一歩も出ることができなかった方が、10年ぶりに仕事をできるようになったなど、孤独をテクノロジーによって解決するだけでなく、社会への貢献感や幸福感を与えることができる素晴らしいコンセプトでした。こうしたテクノロジーは2020年の実用化に向けて開発されている次世代モバイル通信”5G”が導入されれば、超高速情報通信によって、映像やマイクの通信の改善、低遅延の減少などの大幅な改善によって一気に増えていく可能性もあります。

参照記事: 「分身ロボットカフェ「DAWN」ついにオープン!障がい者が遠隔操作で接客、新しい就労支援へ」

さらに面白い事例として、OriHimeロボットの派生形として生まれたNIN_NINと呼ばれるロボットはテクノロジーの力を使って身体の機能を他人とシェアするというコンセプトを元に作られたロボットで、視覚障害者と重度の寝たきりの障害者が身体の機能をシェアするという仕組みで、視覚障害者の方がNIN_NINを肩に乗せて、街を歩き、そのロボットを通じてコミュニケーションの取れる、家にいる重度障害者の方が、信号が赤であるとか、視覚障害者の方の支援をし、その恩恵に街の風景を見ることができるという「テクノロジーによるボディシェア」といった新しく、面白い事例です。このように、テクノロジーを使った身体の拡張や身体機能のシェアといったコンセプトは今度もっと増えていくことなのかもしれません。

参照記事: 「ボディシェアリング」 ロボットで新しい助け合い」


SXSWにおけるテクノロジーによる身体の拡張に関する議論

ここからは、SXSW2019で開かれるセッションの中で最先端テクノロジーを活用した身体の拡張といったテーマを扱ったものを見ていきたいと思います。

まず、Sports部門の「Adaptive Athletics: The Rise of the Super Athlete」というセッションでは、先ほどの議論と同じように、パラリンピックのアスリートが今後数々の記録を更新していき、スポーツに特化した補助器具を使うことにより、より速く走り、より高くジャンプし、より重いモノの持ち上げられるようになっていく中、果たしてこれらのテクノロジーは不平等なアドバンテージを一部の人々にのみ与えているのか、もしくは、きちんとより多くの障害を抱える方々へのスポーツへのアクセスを可能にしているかについて、現役・元パラリンピックアスリートが議論をします。

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次に、Style & Retail部門の「How Adaptive Design is Transforming Brands」というセッションでは、2016年にニューヨークタイムズが”障害”をファッションの新しいフロンティアと称したことを筆頭に、障害を抱える方々のためのアダプティブ・ファッションの台頭を議題とします。いくつかの大手ブランドは既にデザイナーと協力して障害や持病を抱える人々の需要やチャレンジに答える適応性のある衣服の開発に取り組んでいます。ファッション業界に限らずあらゆる分野の企業が「Inclusion」や「Accessibility」をコア・ミッションとして掲げる中、これらの流れがどのように始まり、なぜ勢いを増しているのか、そしてどうすればブランドはより包括的になれるのか、この文化的変化が示唆するものとは何かについて議論します。

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最後に


このように、テクノロジーによる個人の身体への最適化、身体の拡張といったテーマについて様々な事例を見てきましたが、これはまさに我々が、ITによるポスト工業化時代を生きていることを象徴しており、これまで経済成長を目指す中、製造業を中心にあらゆる物事を標準化してきた流れから、ITによる個別最適化の限界費用が下がり、多様性を保てる余裕が出てきたことを示唆しており、この流れはAIやロボティックスの発展によって今後さらに加速していくことでしょう。例えば、二足歩行を前提として作られてきた社会においてテクノロジーを用いてどのようにバリアフリーな社会を設計していくかといった話は、社会的認知や社会的コンセンサス、ルール設計、予算の確保など様々な面での”変革への意識”が必要なことかもしれません。これは、自分の両親が近い将来同じように身体機能不全に直面した時に、突然考え始めても手遅れになってしまうため、今の内から考えていく必要があるかもしれません。また、テクノロジーと身体の融合というのは、シンギュラリティやポストヒューマンといった言葉が囁かれるようになった今、実際にイーロンマスク氏が「Neurallink」にて、脳や体内に埋め込むAIチップの開発に取り組み、人間の能力の増幅を試みているように、実際にこういった技術が実現した時に、それを社会がどのように受け入れていくかといった倫理的議論は一番初めのキーワードとして取り上げました「Ethics」のテーマへと繋がり、また、障害者の方々をどのように社会として包括してバリアフリーな社会を設計するかといった課題は、二番目のテーマでした「Inclusive」の議論に繋がっているように、今回SXSW2019で議論される多くの課題や議題を追ってみることで、実は背後で繋がっている大きな流れというのが徐々に見えてくるかもしれません。またそうした考察は、何が本質的な変化の流れで、何が一時的な流行にすぎないかを見極めるためにも役立つかもしれません。

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