未来短歌会

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REIWA NEXUS

短歌結社誌「未来」2019年9月号からの連載企画「REIWA NEXUS」を随時更新します。

  • 25本

コロナ・ネット・断絶・現代(山川築)

 西村さんの日記を読み、虚を突かれたのは、漠然と現代を捉えるのではなく、まさにいま現在進行中の事態である新型コロナウイルスを取っ掛かりにしていることだった。いや、それは自然なことかもしれないが……わたしにはその発想がなかった。  「コロナ読み」の話になるほどと思う。わたしも意識下では影響を受けているだろう。西村さんは慎重に書かれているが、状況や感情を代入して読める(場合が往々にしてある)のも、短歌の価値だと思う。一方で、新型コロナウイルスの歌しか詠めない、という声は意外なのだ

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不連続に劇的に(山下翔)

 西村さんの「コロナ読み」の話を読みながら、似たようなところで「震災読み」の話題をおもいだしました。二〇一一年のあの震災のあとでは、たとえば「津波」という語がそれまでとはちがったニュアンスをもって読まれるようになった、というような話です。むろんそれだけに限りませんが、「震災」というフィルターを通してうたが受け取られるようになった、というのは自身の〈読み〉を振り返ってみても、おもいあたることです。  あの震災と今般のコロナ禍の相似で言えば、いわゆる自粛ムードのことがおもわれて

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つながっている(田丸まひる)

――三巡目「短歌と現代」  今まで当たり前だと思っていた日常が、災害によってある日突然、もしくは今の新型コロナウイルスの拡大のようにじわじわとくずれ落ちていく。西村さんの言うように、「現代」は、たとえば昨年思い浮かべていたようなものとは変わってしまった。  「コロナの歌しかできない」という歌人の話があったが、わたしは正直、歌を詠むこと自体がなかなかできなかった。気力がなくなっていた。ウイルスそのものよりも、マスクなどの資源や人員が存分に足りていればもっと対応できるはずの医

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とある誤読の話(西村曜)

――三巡目「短歌と現代」  この交換日記も三巡目、さいごのテーマとなった。第一期の三巡目「短歌の過去・現在・未来」にて山崎聡子さんが「交換日記だと思って気楽に書き進めてきたエッセイの最終回がこんなテーマでとまどった」と書かれていたけれど、わたしも三巡目で手が止まってしまった。それでも「短歌と現代」ということで、わたしがTwitterから短歌にのめり込んでいった話などして、短歌と現代のSNSについて書くつもりだった。ところがだ。これを書いているのは二〇二〇年四月。この十六日に

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