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情勢報道集約のガイドライン(第49回衆院選改定版)

⭐情勢報道の概要

 選挙の前には、次のような「情勢報道」が行われることがあります。

7月5日投開票の東京都知事選について、日本経済新聞社は19~21日に電話調査を実施し、情勢を探った。現職の小池百合子氏(67)が大きくリードしている。元日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏(73)やれいわ新選組代表の山本太郎氏(45)らが追う展開となっている。(6月22日・日経新聞朝刊)

 これは2020年6月22日の日経新聞朝刊のものですが、世論調査の一種である電話調査を行っていることが書かれているものの、結果としてどの候補の支持率が何%だったというような数字そのものは記載されていません。かわりにあるのは「大きくリード」や「追う」などの用語です。この用語を情勢表現と呼びます。

 今の日本では、選挙情勢の報道は数字そのものを公表せず、「大きくリード」や「追う」といった用語に置き換えることが慣例になっています。またこうした用語の表現には、調査だけでなく取材の結果が加味されている場合が少なくありません。

 それでは、これらの用語はどのように解釈できるのでしょうか。「先行」「優位」「安定」には違いがあるのでしょうか。「懸命に追う」とされた候補に逆転の可能性はあるのでしょうか。

 ここでは、こうした疑問にたいして情勢報道の一貫した見方を考えていくのとともに、情勢報道を分析するために用いているガイドラインを提示します。


⭐情勢表現の分析

 最も多くの情勢報道がいちどに行われるのは衆院選です。そこで前回の第48回衆院選(2017年)のとき、報道で使われた表現と実際の選挙結果の得票率をもとにして情勢表現の格付けを行いました。一例として時事通信の場合を下に示します。

時事

 この図では、各表現で報じられた候補者が何ポイント差で当選または落選したかを縦軸に取っています。また表現ごとの平均を横軸としています。図にある点の一つ一つが各選挙区の候補者に対応します。

 つまりこの図では当選が有力な表現が右から順に並んでいて、それぞれの表現ごとに、上下の広がりがばらつきの幅を表します。縦軸の数値が正の領域に入っているのが当選した候補者、負の領域に入っているのが落選した候補者です。

 この時の衆院選には、立憲民主党と希望の党という大きな政党が直前に誕生し、選挙情勢が大きく揺さぶられたという事情がありました。そのため、各情勢表現の上下のばらつきがかなり大きくなっています。しかしそれらを平均した横軸のプロットを見ると、各情勢表現の違いが明らかになります。

 またここで一つ注目なのは、「A候補とB候補が接戦」などと互角な表現が行われた場合でも、名前が先に書かれている候補の方が平均の得票率が4ポイントほど高く、当選したケースも多かったことです。つまり情勢報道は、接戦であっても名前順に序列があり、先に書かれている候補の方が形勢が良いことがうかがえます。

 同じことを読売新聞で行ったものが下の図です。

読売

 こちらでも各情勢表現の優劣がおおむね明らかです。また、接戦とされた候補でも、名前が先順であった方が5ポイントほど平均の得票率が高くなっていることがわかります。

 時事通信、読売新聞をはじめ、こうした検討を朝日新聞、毎日新聞、産経新聞など各紙について行いました。その結果として用語の序列をまとめたのが、以下に示す従来の分類でした。


⭐従来のガイドライン(第25回参院選時の2019年7月に改定したもの)

情勢表現格付け(旧)

 この表の詳細や作成の過程については、『武器としての世論調査』210~220ページに記述しています。また、先行研究としては、飯田良明氏の『新聞の選挙情勢報道の分析--第44回総選挙を事例として』が挙げられます。

 第49回衆院選では、このガイドラインを次のように改訂します。特に大きな変更はありませんが、従来のガイドラインでA、B、C・・・と評価をつけていたものを、評価値という数字に直しました。またD+ランクを評価値-3と-4に暫定的に分割しています。最近の知事選や市長選で使われた表現も若干とりいれました。「安定」などA+の逆転が極めて稀なことから「勝勢」に加えていますが、あまり本質的な変更ではありません。また従来の配色では、形勢が不利な表現になるとすぐに青色が濃くなっていて、逆転可能な情勢でも非常に劣勢に見えてしまうという指摘があったため、配色をやや淡くすることにしました。


⭐新しいガイドライン(第49回衆院選時の2021年10月に改定するもの)

 第49回衆院選では、以下の分類を用います。

情勢表現格付け

評価値について

 これまでA、B、C・・・などと分類してきたものを、今回の改定版では評価値という数字にしています。先に「A候補とB候補が接戦」といった場合でも、A候補の方が形勢が良いことを説明しましたが、その「形勢の良さ」を評価値1として、それを物差しとして相対的に他の情勢表現をはかりたいという意図があります。

 このように数字に直した場合、例えばA候補がX社の報道で「接戦(名前先順)」、Y社で「やや先行」、Z社で「先行」であった場合、それぞれ評価値は1、3、5となり、平均をとることが可能です。平均をとれればそれをもとに全ての選挙区を優勢順にソートすることもできます。

 なお、この評価値は各社を横断するものですが、厳密に言えば、時事通信の「先行」と読売新聞の「先行」は異なります。しかしあまり細かくすると見る側も分類する側も大変なので、暫定的にこのようにしています。

 おおむね評価値1が得票率で4ポイント程度に換算されます。もっとも、こう言ってしまうと評価値7、8は本当はもっと離れているということになるのですが、「大差」「独走」といった表現を評価値9や10にしてしまうと、平均をとるときにそうした強い表現を好む新聞社の影響が大きくあらわれてしまうので、ひとまずこの改定版のようにしました。また「先行」はむしろ評価値4に近い印象があるのですが、現行ではわかりやすく5としました(従来の分類表をなるべくそのまま用いたかったのです)。今回の衆院選の情勢報道と結果の検証をもって必要な微修正を行えればと考えています。


情勢表現の判定について

 新聞などの紙面の中には、主に3種類の情勢表現の使われ方が存在します。一つ目はタイトル表現で、これは紙媒体の見出しやWebの記事のタイトルにある表現です。二つ目は本文中の主表現で、有権者層を限定しない情勢表現です。三つめは本文中の限定表現で、特定の有権者層に限定した情勢表現です。

 例えば以下の例を考えてみましょう。

タイトル:「〇〇市長選はA候補が先行 ーー本社情勢調査」

本文:「〇〇市長選はA候補がB候補にやや先行する。C候補、D候補は厳しい。A候補は×党の支持層の8割を固め、無党派層でも優位に立つ。(以下略)」

 この場合、A候補については太字で表記した3つの表現がされています。タイトル表現が先行、主表現がやや先行、限定表現が優位です。

 情勢の判断では、原則として限定表現は除外します。特定の有権者層で優位とされていても、それが全体の情勢をあらわすわけではないためです(ただし無党派層などの大きな有権者層の場合は、例外があります)。タイトル表現と主表現が異なる場合、主表現がタイトルをより詳しく説明している場合は、主表現を採用します(基本的には主表現が優越すると考えてかまいません)。したがってこの場合、A候補はやや先行で評価値3と判断されることになります。

 B候補に関しては該当する情勢表現がありません。こうした場合、「1位の候補を基準とした2位の候補の劣勢度」と「2位の候補を基準とした1位の候補の優勢度」が等しい(※)ことから、マイナス1を掛けた値を評価値とします。(※なお複数の当選者が出る選挙区の場合はこの限りではありません)

A候補・・・評価値 3 「やや先行」
B候補・・・評価値-3「急追」「激しく追う」などに相当
C候補・・・評価値-7「厳しい」
D候補・・・評価値-7「厳しい」

 また別の例として「A候補をB候補が追う」の場合、B候補の評価値は「追う」の-5。A候補はマイナス1をかけて「先行」相当の5とし、それぞれの配色を決定します。

 なお、名前順で後続する候補は、前の候補よりも劣勢とみなされます。例えば「A候補が安定、B候補は伸び悩む。C候補は〇〇〇」との記述があった場合、〇〇〇の内容を問わず、C候補はB候補の「伸び悩む」よりも劣勢と評価されます。また他の候補に情勢表現があり優劣が論じられている中、本文の末尾に「D候補は消費税減税を掲げる」などと情勢に関係のない一文のみが記述されている場合、その候補(D候補)は敗勢(名前はあるので評価値7)と評価されます。


配色のガイドライン(RGB)

 これも一応、公表しておきます。

評価値 8 ・・・(255,0,0)
評価値 7 ・・・(255,100,0)
評価値 6 ・・・(255,160,0)
評価値 5 ・・・(255,210,0)
評価値 4 ・・・(255,240,0)
評価値 3 ・・・(255,255,50)
評価値 2 ・・・(255,255,150)
評価値 1 ・・・(255,255,210)
評価値 0 ・・・(255,255,255)
評価値-1 ・・・(245,245,255)
評価値-2 ・・・(225,225,255)
評価値-3 ・・・(200,200,255)
評価値-4 ・・・(180,180,255)
評価値-5 ・・・(130,130,255)
評価値-6 ・・・(80,80,255)
評価値-7 ・・・(0,0,255)
評価値-8 ・・・(120,120,120) 例外的に(0,0,160)

※ただし評価値-8については、2位の候補の名前が記述されており、かつ2位に該当する情勢表現がなく、かつ1位の候補が評価値8である場合、(0,0,160)を用いる。

 現在、第49回衆院選の情勢報道を並列して検討するための準備に入っています。今回の衆院選では、野党の統一候補が多いため接戦区が増していると考えられ、接戦区次第で結果がかなり変化する余地がありそうです。そのための検討に寄与することができれば幸いです。


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note: みらい選挙プロジェクト情勢分析ノート