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48.さざ波リフレイン(後編)

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(この回は作中作になっています。前編からお読みください)

「君たちは、本気でロックミュージシャンになるつもりがあるのかい?」

支配人が、リフレインのメンバーにこの言葉を投げかけた翌週。
ライブハウスで、次回イベントのチラシを手にした客は驚いた。
リフレインの出演メンバーの中に、シュウジの名前がない。印刷ミスか?
だが、ライブハウスの公式HPにも、リフレインの公式HPにも何も説明は出ていない。
ライブハウスでの支配人とシュウジのやり取りを、偶然聞いていた客がいた。リフレインに何かが起きたらしい。
ファンはもちろん、ライブハウスの常連客達も口々に噂し、自らの憶測を展開した。

「リフレインが仲間割れしたみたいだ」
「マジかよ、シュウジがいなかったらリフレインじゃないだろ。」
「これだけ応援してるのに、何の説明もないなんて、ファンへの裏切りだ。」
「次のライブ、チケット買おうと思ったけどやめとくわ」
「リフレインはもう終わりかも…」
「支配人とシュウジが言い争っていたらしい。」
「メジャーデビューの話は支配人が持ってきたんじゃなかったっけ。」
「この大事な時期に、なんで支配人はそんなことを言ったんだ。彼には説明責任がある。」
中には、冷静な客もいた。
「シュウジの発言が本当だとしても、片方の言い分だけではわからない。憶測で決めつけないほうがいいんじゃないかな。」
しかし、リフレインへの思い入れが強い人ほど、裏切られた気分になったのは当然であろう。

そんな常連客たちの騒動を、店のカウンターの片隅で見守る、白髪の老翁がいた。彼はしょっちゅう店に来ては、ウーロン茶片手にライブをニコニコ眺めていた。盆栽でもいじっていそうな好々爺で、申し訳ないが音楽畑の人間には見えない。
じっさい、ある常連客が話しかけてみたけれど、ビートルズはかろうじて知っていたものの、マイケル・シェンカーもイングヴェイ・マルムスティーンも知らなかったそうだ。
常連客の間では、その風貌から「ご隠居」という隠語で認識されていた。

そのご隠居が、口角泡を飛ばしている常連客たちのテーブルにトコトコとやってきた。驚く常連客たちに、彼はぼそっとつぶやいた。
「彼らは、階段を一つのぼったんじゃよ。とても困難で苦しい、人生の階段をね。」
風貌も仙人みたいだが、言うことも浮世離れしている。
ご隠居は真相を知っているのか。教えてくれ。
「儂は音楽のことも彼らのこともわからん。だが、今までの様子を観察していれば、これが必然の理(ことわり)であったことはわかる。」
そう言うと、ご隠居は支配人に挨拶をして、店を出て行った。

ライブハウスができる前、その場所には学生向けの古書店があった。
かつての古書店の主人、それが「ご隠居」の正体である。
ご隠居は、古書店に通う学生たちを、山積みの本のすき間からずっと見続けてきた。お客には何も語りかけなかったけれど、一人一人の趣向を把握していて、誰がどんなジャンルの本を求めているかを予測し、古書を仕入れた。その本を学生たちが瞳を輝かせて買っていくのを見るのが、彼の密かな喜びであった。
跡地にできたライブハウスに若者が集まってくるのを見て、かつての古書店に共通するものを感じたのだろうか。瞳を輝かせ、夢を追う若者たちの姿に。
彼は、この店で開催されるすべてのライブのチケットを、自分が来る来ないにかかわらず必ず購入していた。それが、彼なりの「夢を叶えようと奮闘する若者への応援」方法だった。

リフレインのライブ当日。

ステージ上に、シュウジの姿はなかった。
演奏前、リーダーのアキラは観客に向かって元気よくあいさつした。
「メジャーデビューを控え、リフレインは新体制になりました。これからも、変わらぬ応援をよろしくお願いします!」
この場にシュウジがいないことについての説明はなかった。
そう、説明は必要ない。
メンバー間のことは、リフレイン自体の課題である。
シュウジがいなくなったことで、ファンや音楽好きな人たちがどう思うか。それは彼ら自身の課題であり、リフレインのメンバーが抱える問題ではない。

ライブハウスの一番後方、カウンターの隅の定位置に、ご隠居が座っている。その隣の暗がりに紛れて、シュウジが立っていた。
ご隠居は、シュウジの肩をポンポンとやさしく叩いた。
「いつか、話せるときがきたら話してくれるんじゃろう?胸を張りたまえ。あの舞台に一緒に立っていなくても、君もまた、これから始まるリフレイン伝説の一部なんじゃよ。」

(了)

***

こちらは、あまいものを食べたい仲良しの二人の話の続き。

その日の午後、シーゲルの喫茶室で、シーゲルトルテをほおばっている『オレ』がいた。食べ終わってレジに向かう。販売員さんがショーケースからケーキの箱を取り出した。
「ありがとうございます。取り置きのシーゲルトルテ、持ち歩きのお時間はどれくらいですか?」
「横浜なんで…3時間くらいですかね。」
「横浜から!遠くからありがとうございます!保冷剤たくさんつけておきますね!」
販売員さんの後ろに、一人のパティシエがたたずんでいた。
「会えてうれしかったよ、また来てね。」
「はい、ムッシュもお元気で!」

『オレ』は、結局、その日に1人でつくばに向かった。
なぜ「今すぐ」行きたかったのか。
今日はシーゲルのオーナー『ムッシュ』の誕生日なのを思い出したからだという。『オレ』はムッシュと知合いだったのである。
相手は『オレ』の「シーゲルトルテを今すぐどうしても食べたくなった理由」を知り、納得した。
二人であまいものを食べる機会はまたいつでもある。でも、ムッシュの誕生日は年に一度。それに、30代でつくばに店を構えて以来、40年もの長きにわたってケーキを作り続けてきたムッシュも、元気とはいえ、そろそろ後継者にタスキを渡す頃合いだ。次はいつ店で会えるかわからない。
「今回はオレのわがままでスマン。その代わり、シーゲルトルテ買って帰ってくるわ。お前チョコ好きだろ。」
「おう、楽しみだな。」
『オレ』はその場でシーゲルに電話をかけた。
「すみません、シーゲルトルテ1ホール、これから行くので取っといてもらえます?」
「待てや、1ホール食わせる気かい!」

【余談】チョコスポンジとチョコクリームをミルフィーユのように重ね、ラム酒でオトナ風味に仕上げた重厚なシーゲルトルテは、長くつくばの人々に愛されてきたシーゲルのオリジナルケーキである。表面はココアパウダーがかかっているだけで、フォトジェニックではないし、味もチョコオンリーの直球勝負だ。けれど、職人気質なムッシュの人柄を感じさせる不動の看板商品とわたしは信じて疑わない。

胡散臭さ満載のでっち上げ小説は、これでおしまい。

次回から、新体制となった筑波大学陸上競技部長距離パート、発進です!
(妄想回顧録もますますパワーアップするぜ!)

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