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44.29分59秒96

チームつくばタイトル

29分59秒96。

2019年5月31日時点における、筑波大学陸上競技部長距離パート上位8人の10000m平均タイムである。

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(上記tweetより引用)

この大学別上位8名の10000m平均タイムが持つ意味は何か。

毎年秋に行われる秩父宮賜杯 全日本大学駅伝対校選手権大会
通称『伊勢路』と呼ばれる、大学駅伝の全国大会だ。
北海道から沖縄までを8地区に分け、各地区の予選会(選考会)を勝ち上がってきた25校(+オープン参加の選抜チーム)で駅伝日本一を争う。

予選会は、地区により様々な方式が取られている。
関東では6月に開催される「関東学生陸上競技連盟推薦校選考会」で出場校を決めるが、この選考会に参加するにも資格が必要である。

9. 参 加 資 格
1) 2019 年度関東学生陸上競技連盟男子登録者に限る。
2) エントリーは 1 校 1 チームとする。
3) 留学生はエントリー2 名以内、出場 1 名以内とする。
4) 本選考会への出場希望大学のうち、8 名の 10000m の合計タイム上位 20校に本選考会の出場権を与える。なお、出場権の審査対象となる競技者と、本選考会に出場(エントリー)する競技者は別の者でも構わない。
ただし、留学生は 1 名以内とする。
5) 本選考会の出場権審査の対象となる競技者の資格記録の有効期間は、2018 年 1 月 1 日(月)より申込期日前日までとする。
(【秩父宮賜杯第 51 回全日本大学駅伝対校選手権大会 関東学生陸上競技連盟推薦校選考会 要項】より引用)

ざっくりいうと、
① 最低8人は、決められた期間のうちに何らかの大会や競技会に出場し、10000mの正式記録を持っていなければならない。
② ①の上位8人の合計タイムが、関東地区の(選考会出場を希望する)大学の中で20位以内でなければならない。

全日本大学駅伝で8位までに入賞すると次回のシード権が付与される。
箱根駅伝で上位争いをするような強豪校はシード権を有していることが多く、選考会には出場しない。
それでも、関東地区は長距離走に力を入れている大学が圧倒的に多い。上位20校は狭き門だ。
各大学の合計タイムは、大会や記録会ごとに更新されていくから、選考会の申込期日前日まで、どの大学が出場できるか決まらない。
陸上ファンはたいてい、上位8名の平均タイムで趨勢(すうせい)を追っている。データに強い方々は、前述のように各選手たちの最新成績を常にチェックし、大学ごとの平均タイムを整理くださっていて、私のようなにわか者には本当にありがたい。

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筑波大学は2017年、14年振りにこの選考会への出場切符を手にした。
申込期日直前の競技会で、中距離の絶対的エース小林航央さん(当時3年、現・新電元工業)と当時1年生の相馬崇史くんが自己ベストを大幅更新し、21位から19位へジャンプアップ。奇跡的な逆転劇だった。

ちなみに、小林航央さんは、前週の関東インカレで1500mに出場し3位入賞している。中距離種目と長距離種目では調整方法も異なる中での自己ベスト。恐るべきポテンシャルである。
翌2018年も筑波大学は選考会出場を果たし、長距離パートの実力は着実にアップしてきていた。

***

話を2019年に戻そう。
この年の参加申込期日は6月2日(日)だった。
21位以下の大学にとっては、前日の6月1日、日体大キャンパス内で開催される、日本体育大学長距離競技会(通称「日体大記録会」)が、最後のチャンスとなる。

私は、前掲のtweetを6月1日の出勤途中に見つけた。
日体大記録会当日である。
筑波大から出場する3人を急いでネットで調べた。駅伝主将の池田くん、副主将の金丸くん、そして5月に入って29分台をマークし、伸び盛りの西くんの3人が参加登録していた。

その顔ぶれを見て、血の気がひいた。

ヤバい…

筑波大学は選考会出場資格ギリギリの20位。下位の大学が自己ベストを大幅更新してきたら、逆転もありうる。
じっさい、2017年の筑波大学はそうして出場権を掴んだのだ。

だが、焦りを感じた理由はそれだけではない。
前年11月、池田くんの駅伝主将就任からの漠然とした不安。
それが一気に焦点を結び、圧倒的な現実味を伴って私を打ちのめしたのだ。

2019年1月、相馬くんの箱根駅伝出場で、同期のチームメイトにとって箱根駅伝は「雲の上のできごと」ではなくなった。
給水係を務めた「筑波の吟遊詩人」上迫くんは、「連合チームとして、相馬はもう箱根を走れません。僕が出来る相馬への一番の恩返しは、チームとして予選会を勝ち抜き、もう一度彼に箱根を走ってもらうことだと思います。(筑波大学箱根駅伝復活プロジェクトサイトより引用)」とその覚悟を語っていた。

2019年4月、半数以上が高校時代に主将・キャプテン経験者という、鼻息の荒い「特異点」な新入生たちが加入した。
彼らはおそらく相馬くんの背中を追ってきただろう。
高校時代、都大路で佐久長聖高校を準優勝に導いたキャプテンであり、国立大学に一般入試で入学、箱根駅伝にも出場するという偉業を成し遂げた相馬くんを、自らの姿に重ね合わせて。

だが、日体大記録会の出走名簿に相馬くんの名前はなかった。
相馬くんの資格記録は、前年9月のタイムだ。それ以降自己ベストを更新していないのに、この大事な競技会にも出場していないということは、彼の調子が思わしくないことをあらわしていた。

出場する3人が踏ん張って選考会への切符を掴まないと、これまで先輩たちが必死に繋いできた駅伝競技の襷リレーに大きなブレーキがかかる。
一方、相馬くんが出場していない中で、3年連続で選考会への切符を掴むことができれば、チームにとって大きな自信になる。

この日体大記録会が正念場だ。

大学主催の記録会や競技会に、一般人も見学に行っていいらしいことを、私は他の陸上ファンの方のつぶやきから学習していた。
ただ、陸上に関する知人がいなかったこともあり、素人がのこのこ行って迷惑をかけてはいけないと思っていた。
しかし、このときはじめて「直接見に行って応援しなければ自分が後悔する」という、強迫観念にも似た思いが全身を駆け巡った。

どんな結果になったとしても、将来筑波大学が箱根駅伝に復活したとき、この日は「あのとき」と呼ばれる日になる。

***

仕事のめどがついたのは17時半過ぎだった。
出走名簿によると、3人の出走時間は18時50分である。
事務所から会場の横浜・健志台キャンパスの最寄り駅まで電車で約1時間、そこからタクシーを飛ばせば10分。
スムーズに行けるとは限らない。タクシーだってすぐ捕まるかわからない。到着したときには、もう走り終わってしまっているかもしれない。

どうする、どうする…

私は、全速力で事務所を飛び出した。

夕日が、ビルの向こうに落ちようとしていた。

【余談】紹介したtweetの表にあるように、当時3年生だった猿橋拓己くんは、この時点でまだ30分を切れていない。その猿橋くんが、4か月後の第96回箱根駅伝予選会で個人成績20位以内に食い込み、筑波大学本戦出場の立役者となることは、もしかしたら、ご本人さえも想像していなかったかもしれない。

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