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45.たそがれの日体大記録会

チームつくばタイトル

2019年6月1日の夕方。
日体大記録会に行くため、私は電車に飛び乗った。

電車の中で、乗り換え時間を確認する。
スタートは無理か…

最寄り駅の青葉台駅に降り立ったのは18時40分。出走時間まであと10分。
改札を走り抜け、タクシー乗場に向かう。
よし、ついてる。何台か止まっている。後部ドアが開いたところに滑り込んだ。
「あの、日体大の陸上競技グラウンドに行きたいんです。今日記録会をやってるんです。近いところまで行っていただけますか?」
「はい、わかりました。」
タクシーは、駅前のメインストリートを走りだした。

Googleマップでグラウンドのだいたいの位置はわかっていたが、どこから入っていいかわからない。日体大記録会は1年に何度も開催されているし、有名な催しだから、運転手さんの方が慣れているはずだ。

後部座席に腰を落ち着けて、車窓を流れる景色を眺める。
車は途中から左に折れ、街路樹が並ぶ、広い道に出た。
木々の上に、暮れかかった空が遠くまで広がっていた。

急に、可笑しくなった。
本当にバカだな、私。

全部、ネットに落ちている情報だけで作りあげた、私の妄想物語なのだ。
筑波大学の学生さんたちのこと、勝手にあれこれ想像して、勝手に今日が正念場だ、なんて思いこんで。
「本当のこと」を私は何一つ知らない。
なのに、その妄想に振り回され、こうしてタクシーまで飛ばしている。
出来損ないの三流小説みたいだ。

スタート時刻を過ぎた直後、道路の右側に壁のような土手が見えてきた。たぶん日体大の敷地だ。
タクシーは右に曲がり、バスロータリーに入って、大きな門の前で止まった。急いで支払いを済ませ、運転手さんにお礼を言って降りたつ。
門の横に守衛室はあったが、他の人も自由に往来していたので、そのまま通り過ぎた。
少し上り坂だ。
歓声が聞こえてきた。自然と小走りになる。

坂を上った先、右側に大きなグラウンドが現れた。
薄暮の中、夜間照明が煌々とトラックを照らしている。その光の下を選手たちが周回していた。
選手たちが走っているすぐそば、トラックのレーン上に人垣ができている。

初めて見る光景に陶然としたが、すぐに正気に戻った。
そうだ、見学受付などの手続きはないのかしら。
周囲を見回すが、それらしき人はいない。右手のほうにテントがあったので階段を降りて近寄って行ったが、競技の運営事務局らしく、一般人を受け付けているような雰囲気ではない。
場違いな気がして、だんだん不安になってきた。

やっぱり、関係者以外は来ちゃいけないところだったのでは…。

トラックの端で固まっていると、私の後ろから来た人が、そのままトラックレーン上の人垣の方へ向かって行った。
よく見ると、カメラで選手たちを撮影している人が大勢いる。だが、どう考えても大学の陸上関係者でもプレス関係者でもない雰囲気だ。
走っている選手のチームメイトならきっと選手に応援の声をかけるだろうし、プレス関係者なら何か目印になるものを付けてるはず。

そうか、これがネット上で見かける「競技会に選手たちを見に行くほど熱心な陸上ファンの人達」か!

レーンの中に立ち入るのは、聖地に土足で入るような気がして、少しやましい気分になったが、やはり、応援するなら近い方がいい。
思い切って人垣の方へ足を踏み出した。
加わった見学者の列には女性が多かった。カメラやスマホで選手たちを撮影している人はいたが、選手に声をかけている人はいなかった。やはりちょっと恥ずかしいのだろうか。それとも、見学者はむやみに声をかけてはいけないという風習なのか。全く勝手がわからない。

筑波大の3人が出走している第4組は、スタートしたばかりだった。
10000m走は、400mトラックを25周する。
私が見学者の列に加わった頃は、まだほぼひと塊で集団走行していた。
箱根駅伝予選会の時とは違い、何度も目の前を選手たちが通り過ぎる。これは、応援のしがいがある。

集団の中に池田くんの姿を見つけた。彼は背が高いので見つけやすい。
箱根駅伝の予選会のときは白いユニフォームだったけれど、今日は青いユニフォームだった。陸上競技では、出場するレースの格付け?で身に付けるユニフォームが違うらしい。
金丸くんと、西くんの姿も確認できた。

ガンバ!

思わず大声で声をかけた。隣にいた見学者さんがビックリしてこちらを見た。
だが、空気が全く読めていない私は、筑波大の3人はもちろんのこと、目の前を走る選手たちにすっかり心を奪われていた。
「せっかくここまで来たのだから全員を応援しなくちゃ」モードに入ってしまっていたのだ。

先頭集団が周回して近くに来るたびに、大声で応援した。集団からこぼれ始めた選手には「ついてけついてけ!」「前を追っていけ!」「行ける行ける!」と声をかけた。
そのうち、私が加わっていた並びの人たちも「ガンバって!」と選手に声をかけ始めた。
そうそう、みんなで選手を応援しようぜ!(かなりテンションが高くなっている)

中盤過ぎだったか、金丸くんが集団から遅れ始めた。
「金丸くん、がんばれ、ついてけ!」と声をかけたが、彼の表情はかなり苦しそうだった。あとはどこまで粘れるか…

池田くんと西くんは、終盤まで先頭集団に取りついていた。
ラストスパートに入ると、西くんは少し遅れたが、池田くんは最後切り替える余力があった。自分のいる位置からゴールが遠かったので確認できなかったが、この組の一桁台でゴールしたようだ。

レース展開的に、池田くんと西くんは健闘したと言えるのではないか。素人ながら、そんな風に思った。
けれど彼らが戦っているのは、一緒に走った組の選手たちではない。
「上位8人の合計タイム」という数字だ。後は他の大学さんの結果待ちとなる。

筑波大の選手たちが走り終わったので、他の選手たちのことを全く知らない私は、その場にいる必然性はなかったが、「せっかくここまで来たのだから全員を応援しなくちゃ」モードから抜けきれない。そのまま5組、6組のレースも見学することにした。トラック周回のレースは、ずっと選手が視界に入っていて楽しすぎる。
特に、最終組は外国人選手が大勢出場していて周回ペースも速く、ワクワクした。大声で応援しまくった。

最終組のレース終了後、グラウンドから出ようと歩き始めると、出口そばの建物の壁に人だかりができていた。近くに行ってみると、競技成績が貼り出されていた。

池田くんは4着、西くんは8着、金丸くんは32着。
その成績表をスマホで撮影した。

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自分の妄想ではないことを確かめるために。

すっかり日が落ちた暗闇のなか、タクシーを降りたバスロータリーに向かった。
全日本大学駅伝予選会出場の切符を、筑波大学は掴めたのだろうか。

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