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【読書】表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬 / 若林正恭



資本主義社会に蔓延する価値観に対し、疑問と疲れを感じていた芸人オードリー若林正恭さんの、社会主義国キューバへの一人旅を基にした紀行文。

舞台は、ニューヨークの街の風景から始まる。競争・カネ・成り上がり。この価値観の中で感じる生きづらさは、競争と利益拡大をよしとする資本主義システムが発端であることを理解した若林さんは、社会主義という別のシステムを採用するキューバへの逃避行をしてみたくなった。



1.命を燃やす国・キューバ


資本主義と社会主義。戦後、東西冷戦を経てこの信じる思想によって世界の国々は二分された。この対比はタイトルにも鮮明に表れている。


「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」


このタイトルは何度でも口に出して言いたいくらい好きだ。競争社会の勝者によって飼われた小綺麗なセレブ犬と、社会主義における結果の平等のなかで気高く生きる孤高の野良犬。あまりにも鮮明に対比できる。そして、作中、セレブ犬の飼い主はブスだという惜しげもない偏見に、思わず笑った。

キューバと言えば、革命。社会主義革命。戦後、チェ・ゲバラやカストロといった革命戦士によって、アメリカの庇護を受けていたバティスタ政権は打倒され、社会主義革命政府が誕生する。


「明日死ぬとしたら、生き方が変わるのですか?あなたの今の生き方はどれくらい生きるつもりの生き方なのですか?」


これはゲバラの名言だそうだ。高校の時、世界史の資料集を眺めながら感じた淡い憧憬がよみがえる。

そう、わたしは歴史オタクだったし、中二病だった。

キューバ革命では粛清、虐殺、多くの血が流れた。首相となったカストロはアメリカとの友好路線の外交を目論むも、現実性のなさから見切りをつけ、ソ連へ接近。アメリカとの対立をさらに深めると、1962年、キューバ危機勃発。核戦争の一歩手前までいくことになる。

エッセイの中の、闘鶏場のシーンが印象的だった。キューバでは、休日に闘鶏場へ見物へ行くのがローカルな過ごし方とのことで、若林さんはこれをリクエストし連れて行ってもらった。闘鶏場に放たれる2羽の鶏。一方の鶏が圧倒的で、弱いほうの鶏の頭を踏みつけるまでする描写は痛々しい。闘鶏場は血まみれ。それでも、倒された鶏は起き上がる。


「血だけらになって、もう闘えなくなっても諦めない。それがキューバ人の魂だ」


歴史上のキューバ革命のイメージと、エッセイの中の闘鶏場の風景が重なる。命を燃やしているなあ、と思う。そして現在日本で、可もなく不可もなく生きて、命を浪費している自分とつい対比してしまう。幸い平和であるので、血を流してまで達成するほどの何かもないが、その熱量において、彼らを羨ましいと思ってしまう。

無事に会社に就職し、毎月給料をもらい、安定した生活がある現状は恵まれていると思うが、どこかいまの生き方に納得してないのかもしれない。どこか物足りなく思ってるのかもしれない。一体わたしは何がしたいんだろう?


2.キューバのアミーゴ社会


エッセイの中での、現地人との交流も面白い。人見知りの現地ガイド・マルチネス、キューバ在住 日本人のマリコさん、キューバ人のLさんとクニエダ。彼らが提供するのは、キューバのアミーゴ社会である。


「真心がダイレクトボレーで飛んできてぼくの心の網を揺らした。心と心が通じ合った手応えにぼくは胸をふるわせていた。それと同時に、サービスをお金で買わない感覚に鈍くなっている自分にも気づいた。」


損得勘定を排した関係を、わたしもほしい。だが、競争社会ではほぼ不可能なんだろう。競争社会ではより好条件の友人や恋人や知り合いを希求する欲望に抗えないはずだ。どこへ行っても、学歴は?会社は?年収は?家は?などを常に人は聞きたいはずだ。そして、心から通じ合う関係でいられるのは家族しかいない、という事実に若林さんは近づいていく。


「家族。競争の原理の中で、絶対的な味方。」


社会主義キューバでのアミーゴ文化では他人同士でも血の通った関係があった。彼らとの血の通った関係と手応えに、唯一の理解者だった親父の死を想起し胸がつまってえづくシーンがあり、涙腺がゆるむ。さらに親父が生きていた時よりも、いまのほうが近くにいる気がするなどという。

このエッセイは、若林さんの父親へ捧げる追悼文でもあったのだと理解して、鳥肌が立つほどに感動した。

競争社会のシステムでは血の通った関係、つまり絶対的な味方は、家族だけかもしれないという諦め。

もちろん、旅エッセイであり、広告のないキューバの市街地、走るクラッシックカー、灼熱の昼間、要塞でみた野良犬、革命博物館、国営のバー、配給所など、キューバ旅行記としても読んでいてとても面白い。

だけど、それよりも、キューバの現地の様子をエッセイを介して感じることで価値観が相対化される感覚があり、非常に興味深い。社会のシステムと自身の生き方を関連付けて見つめるまなざしが洗練されていく。

わたしも血の通ったひととの関係がほしい。わたしに友達が少ないのもこれが原因なんだとわかった。考えれば当然であり、競争社会ではより良いスペックが友達に求められるのだから、血の通った関係を求めるのはシステムに合致していなかった。

やっとわかった。キューバに行けばいい。心が満たされるはずだ。どうか「アミーゴ!」といって迎え入れてくれよ。それまでは、アメリカとの関係は今のまま保っていてくれよ。改めて、アメリカとの国交回復、おめでとうございます。


3.資本主義と社会主義を超えていけ


話は変わるが、資本主義は終焉すべきものだと大学の授業で習ったことがある。

経済システムの歴史は、農耕時代の相互扶助を基盤とした村社会、続く中世は土地の所有者を頂点におく封建制、その後支配者を撤廃し個人による自由競争の下で利潤を追求する資本主義へと発展してきた、という考えがある。

そして、マルクスによれば、資本主義の次に来るのが社会主義のはずだった。社会主義は、競争に敗れ利益を生み出さない存在は容易に切り捨てられる資本主義の欠点を是正する、革命となるはずだった。

だが、実際には、そうなっていない。社会主義は結果の平等を希求する結果、人々のモチベーションをそぎ、社会の発展を阻害するものだと分かった。そして、資本主義は限界にありながらもつぎがまだない。偉い学者が色々考えているがこれからの社会はどうなるかわからない、あなたたちも考えなさい、というのが結論だったあの授業は面白かったな。


「先生、知ることは動揺を鎮めるね!」 「若林さん、学ぶことの意味はほとんどそれです」


作中、若林さんは東大大学院生の家庭教師にそう言う。アラフォーになったときに社会のことを一から勉強しようと、知り合いづてで紹介してもらったそうだ。その年になっても学ぶことが、素敵だと思った。

わたしは歴史が好きだったから、キューバの歴史を知っていたから、経済学部で社会経済システムを勉強したことがあったから、このエッセイがめちゃくちゃ面白かった。紀行文の範疇を超えて、きっと面白かった。

学ぶことはすごい。ひとつのエッセイから、こんなに発想を飛ばすことができる。ほぼ魔法だと思った。正直、キューバ危機のことも経済システムのこともあまり覚えてなかったけど、調べたら簡単に思い出す。そして思考を深められる。

めちゃくちゃ楽しい。やっぱり勉強は、しないといけない。


4.最後に


この本は、旅エッセイを超えている、といいたい。第3回斎藤茂太賞受賞。

現地通貨を間違えて覚えていて現地給与1か月分のチップをホテルボーイに渡していた、ターコイズブルーの美しいビーチで巨漢キューバ人から不必要な注意を受けて興醒め、不快になってすぐ帰ったなどの、旅ならではのくすっとするハプニング。現地人との交流と観光名所の紹介。お父様への追悼。そして社会へ対する洞察の深化。

これは、旅エッセイを超えている、とんでもない本であるといいたい。


トゥース!


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