見出し画像

380.何をすればいいかわからなくなったら、何もしないこと


今朝、目を覚ましたときに「あ、わたし、元気だ」とはっきりわかった。世界の色彩がちがう。きのうまではもっと視野が狭く、グレーがかっていた景色が今日はぱっと開けていて鮮やかだった。
そうか、わたしはグレーな世界にいるときすごく焦りを感じるんだ。カラフルな世界を知っているから。カラフルな世界こそが、生きるに値する世界だと思っているから。だからグレーな色調でいることに耐えられず、もがいてしまう。
余計なことをたくさんしてしまう。けれどそれは、グレーな世界を長引かせるだけだ。もう、何十年も自分を生きているのに、やっぱりむつかしい。


自分が何をすればいいかわからなくなったら、何もしないことです。
本当にそれが一番。来るべき時が来たら、物事は動きます。
しかし、人は何かやるほうが楽ですね。何かに取り組むことは、迷うということにガソリンを注いでいるので楽なんです。
けれども、そこにエネルギーが注がれるから、さらに迷いは大きくなります。

初めはちょっとぎこちないけれども、何もしないでいる。
そうすると、迷いのほうにガソリンが行かないので、ニュートラルに戻ります。

では、問題に向けなかったエネルギーはどこへ持っていけばいいか。
それを考えるのは、あなたの役割ではありません。
人間は本来、消化すら自分でやっていないのです。
「いや、食べたものは自分の力で消化しているじゃないか」と言うかもしれませんが、それは酵素がやっていること。内臓は何もしていません。

たとえば、パンを焼く時に小麦粉と牛乳を混ぜて練るのは人間の役割ですが、発酵させるのは酵母菌の役割です。酵母菌の役割を人間がやろうとしても無理というものでしょう。人間の役目は、小麦粉や牛乳という矛盾したもの同士を出会わせることです。

人間が生きること自体、矛盾するものが出会うということ。
だから、問題は起きる。何をどうしても問題は起きてしまうのです。
自分に起きたことだから、「どんな問題が起こっているんだろう」と見ることは大事です。でも、それが100%。
何かをするのは、酵母菌や酵素。つまり、時間と空間の役割です。

人間の仕事は、「これとこれは、答えが出ないね」と知ることだけ。あとは、グリルに入った魚が焼けるのを待つように、時間が過ぎるのを待つしかありません。

魚を焼くのがヘタな人は、何かをしようとしてしまう人。魚を焼くのがうまい人は、グリルに入れたなら焼けるまで火にまかせます。
魚を焼ける火になれるなら、解決する能力があるなら、グリルに入れるまでもなく、問題はとっくに解決しているのです。


『問題は解決するな』Kan.


ある時期、とにかくのめり込むように読んで読んで読み漁っていた自己啓発書の類は、これまたある時期に憑き物が落ちたかのように興味が薄れ、すべて手放してしまった。一度手放して、改めて同様の本を読むにつけ、もちろん良いことを書いてある箇所はいっぱいあるものの、伝わってくるのは「生存戦略に駆られた焦り」「成功への狂おしいまでの希求」そして「ベタベタとした欺瞞」と言ったものだった。

けれど、Kan.さんの本と野口晴哉さんの本からはそういう「ちょっとした気持ちの悪さ」というものは一切なく、また単に寄り添うだけのうすっぺらい優しさでもなく、そういうものとは一線を画する「本当の深い声」が聞こえてきて、持っているだけで大きなものに守られているような気がして、ずっととっておいている。


わたし、こんなに長く生きているのにだいぶ魚焼くのがヘタだわ、と苦笑してしまうような感じの4月ももう半ばだ。だって、何をしたらいいのかほんとうにわからなかった。この感じがかなり久しぶりだったのだ。
1年前から毎日noteを始めて、自分でスタートさせたいくつかのプロジェクトが軌道に乗って、夢中で走り抜けた1年間だった。このまま、この調子で走っていけばいいと思っていたけれど、どうもそうではなかったらしい。

走れないのはわかっていたけれど、足を止めるのが、何もしないのが、怖かった。なので、怖さのあまりずいぶんエネルギーを浪費してしまって、それで疲れ切っていたのだろうと思う。

と、そんな風に振り返れる程度には元気になっている今だから、言えることなんだけど。

”何かをするのは、時間と空間の役割”

というこの地球の真実に、どこまで自分を明け渡せるかがポイントなんだろうな。わたしはエニアグラムのタイプ5なので、「無能で無益な自分」というのが存在を揺るがすほどの最大の恐怖だから、時間と空間にゆだねるって本当にチャレンジだ。まあでも、やろ。

いつも、いつまでも、身体に力が入っていていやになってしまう。なにがいやって、それが文章に出てしまうのがいやだ。身体に力が入っている人が、なにをやっていてもそれが良いわけがない。

身体に力が入ったまま、書かれた文章も。
身体に力が入ったまま、出される声も。
身体に力が入ったまま、抱き合ったってどっちも気持ちよくない。

いろんなこと、あらゆることが、まだまだだ。まだまだまだまだの、半人前だ。もっと良くなりたいという気持ちだけが尽きない。
わたしはわたしの、まだ半分も生きてないし、活かしてないのだから。


そういえば、VOICE社からのが絶版になって残念だなあ、名著なのに!と思っていたら、フォレスト出版社から新装版が出ていたんでした。



ライティング・ライフ・プロジェクト第6期、満席につき受付終了しました!ご関心をお寄せくださったみなさま、ありがとうございましたm(_ _)m。第7期は4月26日(月)スタート予定です!お申込みは近日中にメルマガにて行います。


2月分のすべての個人セッションは満席につき受付終了しました。ありがとうございました!3月分は満席です。4月セッション、まもなく募集開始します(新規の方のみ。リピーターの方は随時受けつけます)


ライティング・ライフ・プロジェクト・ビハインドコース(インストラクター養成コース)第2期、満席になりました。*



文章を書いて生きていくと決めました。サポートはとっても嬉しいです。皆さまに支えられています。あと、直接お礼のメッセージを送らせていただいておりますm(_ _)m