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エミールの故郷への旅(後編)

エミールの故郷、Vaasaへの旅の続きです。前編はこちらでお読みください。

この日の午後はエミさんのお母さん方のおばあちゃんちに行って、昔の写真やおばあちゃんが大切にしている庭の花などを見せてもらいました。綺麗な花がたくさんありました!

スウェーデン語ではお母さん方のおばあちゃんをmormor(もるもる=mor〈お母さん〉のmor〈お母さん〉)と呼びます。お母さんのお父さんならmorfar(もるふぁる=mor〈お母さん〉のmor〈お父さん〉)、お父さんのお母さんならfarmor(ふぁるもる)、お父さんのお父さんならfarfar(ふぁるふぁる)。なんて単純で便利な呼び方。

おばあちゃんは美味しいチョコレートをくれて、きらきらした瞳でわたしに笑いかけてまた来てね、と強く抱きしめてくれて、思わず泣きそうになりました。

次に向かうはサマーコテージ。

もう時刻は22時を過ぎていて、お父さんと夕陽がわたしたちを待っていました。ここからボートで5分くらいの島に行きます。

フィンランドの夏はサマーコテージ(kesämökki・けさ〈夏〉もっき〈小屋〉)抜きには語れません。

フィンランドの家庭のほとんどが所有しているケサモッキ。夏がくると、フィンランド人はこぞってケサモッキに出かけて、電気や水がない生活を楽しみます。中には色々揃ったハイテクなケサモッキもありますが、ケサモッキの醍醐味は水で流さないトイレ(園芸用の土をかけます)やたき火で作る料理。シャワーがないため、ビールやロンケロ(ロングドリンクというグレープフルーツハイのようなアルコール)を持ってサウナに入り、体がぽかぽかになったらどんなに冷たい水温でも海や湖に飛び込みます。もちろん裸で!まっぱで!友だちと行く場合は水着の場合もあるかもしれませんが、フィンランド人は大抵裸です。(他の国の友だちなどを連れて行くと、「えっ、ほんとに裸なの?!」と大抵拒否されるそうですが、日本人はこの点では温泉文化があるので平気で裸になれる…こんなところもフィンランド人と日本人は似てます)

ラジオで音楽を聞いたり、カヤックや魚つりに出かけたり、暖かければひたすら泳いだり、日陰で読書をしたり…。都会に住んでいる人はこの時ばかりは日頃の仕事やストレスフルな出来事を忘れ、時計も外して携帯の電源も切ってひたすらのんびりします。(残念ながらコンピューターを持って来て働く人もいますが…)そう、まるでムーミンたちのように。

冷蔵庫もないためクーラーボックスに入れて持って来たバターやチーズで朝食を作って、古いオーブンの熱であたためたお湯でコーヒーやお茶を淹れます。シャワーを浴びないでサウナで汗を流して海や水に飛び込むだけなので、もちろんお化粧もしないし洋服も適当になってきます。何日もいると終わりの方には結構ボロボロになります。特にエミさんの両親は働き者なので、ケサモッキでも畑を耕したり次々と小屋を作ったり、掃除をしたり庭の芝を刈ったりしてあくせく汗だくになって働いていますが、それもフィンランド人の楽しみ。さらにエミさんのお父さんは元・大工さんなので何でも作れるし直せるすごい人。このケサモッキもボロボロだった家を買って、数年かけて改築してぴかぴかにしたそうです。でも基本的にフィンランド人男性はDYI好きで知られています。日曜大工は彼らの趣味であり特技。薪を割ったりケサモッキに必要不可欠なサウナを作ったり、常に力仕事をして何かを造っています。

わたしは思いました、日本でもケサモッキがあれば高まる離婚率を防げるんじゃないか、と。とにかく、所有する家が増えるとすることがたくさんある。新品でないなら尚更。古い素敵な家具を色んな人からもらって船で少しずつ島に運んだり、完成しても家の掃除や船のメンテナンスなど、居心地の良いように家をどんどん造り上げていく作業は夫婦の愛を深めるんじゃないでしょうか。巣作りや子育てと一緒で、週末に何か目的を持って一緒に取り組めることがあるというのはとてもいいことなんじゃないかなーと思いました。特にこんなに自然に接することなら尚更。自然の前には人間は無力です。それでも自然の中で生きていこうとする。決して壊さずに、でも享受できるものはありがたく享受して、大切にして、共存をめざす。家族で協力しないと一人じゃとてもできないことばかりです。薪から火を起こしてサウナを用意したり、井戸で水を汲んだり…。ケサモッキで朝からあくせく働く2人はとても美しかったです。(おいお前手伝えよ!というツッコミを自分自身にせずにはいられませんね)

話は戻して、ケサモッキに到着。美味しいご飯を食べ終わったら、サウナへ。

もくもくもく。準備は整っているようです(お父さんお母さん、ありがとう!)

サウナの発祥地、フィンランド。フィンランド人のサウナへの愛は海より深く、山より高い。国民の2人に1人が自分のサウナを所有していると言われているほどに、フィンランドの宝なのです。ケサモッキを作る時も、まず最初に作るのはサウナ小屋だと言われています。湖や海に面する一番美しい土地を見つけてそこにサウナを作ると決め、まずサウナ小屋を作る。その後にメインコテージやトイレ小屋、子どもたちの小屋やお客様用の小屋を作って行くので、かつては他の小屋ができるまではサウナ小屋の中で寝たりもしていたらしいです。サウナについては次回さらに詳しく書きます!(まだ書くことあるのかよ、って感じかもしれませんが、あるのです!)

しかしサウナに入る直前に、あまりに美しい光景が目の前に広がり、わたしがどうしても「海の真ん中に行きたい!」と言ったのでエミさんがボートを漕いでくれました。

サウナ用のタオルを首に巻いておられます。

そして…

わー!!!

時間はぴったり深夜0時。

太陽が沈まぬ国の、夏の海辺。隣人が魚釣りをしていました。

辺りは静まり返って、ただボートに当たる優しい水の音だけが聞こえてきます。

あったりまえだけど、iPhoneの写真で撮るより何百倍も綺麗な光景でした。

そして、サウナに入って海の前でビール片手にお喋りして就寝。なんという贅沢。フィンランドにいると、贅沢することにお金がかからない。大好きな人と、シンプルに生きること、それだけで心が本当に満たされる。これがわたしがフィンランドを好きな理由の一つです。

翌朝は、お父さんがエミさんのお姉ちゃんのエマがもうすぐ産む赤ちゃんのために遊び小屋を作っていました。

あっという間にひょいひょいと屋根の上にのぼるお父さん。横の白い小屋はお母さんのために作ったグリーンハウスです。

エミさんのお父さんはすっごく寡黙で、いつもにこにこしていてとても可愛いのです。スウェーデン語も英語も喋らないし、本当に無口だよ!とずっと聞いていましたが、この旅行の前に4回くらい会う機会があり、この週はずっと一緒にいたので英語で話してくれるようになりました!でもそれまではずっとわたしがつたないフィンランド語で話しかけていました(そしていつも真摯に返してくれて、わたしが頑張ってフィンランド語で面白いこと言うと笑ってくれました)!

お昼は火を起こして、外で料理を作って、海からほんの1メートルくらいの場所にあるデッキの素敵なテーブルでランチ。

右上は以前紹介したハルーミチーズ。左上はチキンです(エミさん以外で食べました)。スパークリングワインをお供に。ううう…幸せすぎる。

食事の時、エミさんのお母さんがこのお皿についてのエピソードを教えてくれました。

「このアラビアのアンティークのお皿は、ある日家の外に捨てられているのを偶然見つけたものなの。お隣に一人で住んでいたおばあさんが亡くなって、息子さんが遺品の整理をしていたんだけど、もう使わないからってこのお皿のセットを丸ごと道に捨てていたので、もらってきたの。

おばあさんはとてもいい人で、生前はよく一緒に世間話をしていたのだけれど、一人身になって手放さなくてはならなくなったお気に入りのケサモッキの話をよくしてくれていたの。サウナのドアが赤くて、他にも色々な特徴があるおばあさんが大好きな場所だったって。わたしたちはケサモッキを持っていなかったのだけれど、ある日ユッシ(エミさんのお父さん)がこの島のケサモッキが売りに出されているのを見つけて2人で見に来て、もうすっかり荒れていたけど直すからってユッシが言うので2人で買ったの。

サウナを直したら、そのドアは赤くて、他にも近所のおばあさんが話していたケサモッキにそっくりだったから、思い切ってご家族の方に電話して聞いてみたら、なんと以前はそのおばあさんのケサモッキだったことがわかったの!すごい偶然でしょ。だからこのお皿は元の持ち主が昔いたこの場所にあるのが一番いいと思って、ここに持って来たのよ。」

食事のあとはエミさんと魚つりに行きました。小さなボートでぷかぷか海に浮かんで、魚がエサに触れるのをひたすら待つ。余談ですがわたしは魚っつりが大好きです。瞑想で頭をからっぽにはなかなかできないけれど、魚つりをしている時、とってもリラックスした気持ちになります。気分はさながらスナフキン。

1時間くらい待った結果は、わたしが小さな魚を釣っただけ。ミミズをとったり魚をリリースするのがエミさんがやってくれましたが、エミさんは「魚を食べない僕がなぜ…」と落ち込んでいたので、今度は自分でやりたいと思います!(笑) 帰りにボートの漕ぎ方を教えてもらいました。どんどんフィンランド人になっていくみたいで嬉しいです。

そして、サマーコテージを6時頃あとにして、今度は2人でÄhtäriというVaasaから車で3時間くらいの場所にある、エミさんのお父さんのお母さんとお姉さんが住むケサモッキに向かいました。

エミさんのお母さんとお姉さんは毎年夏の間、湖畔にあるこのケサモッキに2ヶ月住んでいるそうで、エミさんの両親がケサモッキを購入する前は家族で過ごす夏といえばここで、エミさんの子どもの頃の夏の思い出がいっぱいつまった場所だそう。今でも毎年、夏に何回か遊びに来てここでザリガニパーティー(これもいつかこのMINOTONEで触れないといけないですね…!)をしたりするそうです。

長いドライブのすえ、たどりついたその地は…

静かで、穏やかで、美しいこの世の天国みたいな場所でした。

(あまりに綺麗すぎて感動して駆け出し、荷物をおろさずにまず写真撮影)

着いたらエミさんのおばあちゃんとおばさんのレアがガウン姿で玄関で迎え入れてくれました。その佇まいは温かみに満ちていて、でもあまりにしんとした場所で静かに話しかけてくれるので、まるで中世にタイムトリップしたみたいにおごそかな気分でした。

2人はわたしとエミールを抱きしめると、「遠いところからよく来たわね、さぁ入りなさい。わたしはレア、これはわたしの母です。部屋は2階の客室を使ってください、居間には軽食を用意しました。サウナの準備はできています。わたしたちはもう寝ます。さぁ、疲れた身体をまずはサウナで温めて。おやすみなさい、また明日」とフィンランド語で一気に言い、音を立てずに部屋の中へと消えて行きました。

気分はさながらクーデターで王様を殺害された国から命からがら逃げてきた小国の家臣たちで、同盟国の主とその宰相がおばあちゃんとレアという感じ(わかりにくい喩えですんません)。疲れた身体をサウナで慰め英気を養ったら、王様を救いにまた我が祖国へ戻らなくては、でもその前に束の間の休息を…っていう気分を味わいましたが(中世好き)、Ähtäriはまさにヘルシンキでの様々なしがらみや悩みを浄化させてくれる不思議な場所でした。

エミさん「ここは僕の一番大好きな場所で、ずっとみのを連れて来たかったんだよ」

…!

ありがとうエミさん。

ヘルシンキでは、自分と自分やエミさんの周りの素敵な友だちをいつも比較して、結構落ち込んだりしていました。日本でも、常に自信がなかった。自分のことを好きになったことなんて一度もない。世界にはすごい人がたくさんいて、自分の友だちも医療や国際政治ではばたいたりしていて、でもわたしは何もしてこなかった。こちらに来ても、わたしは何をやってもうまくできない、何も得意なものはなく、今までも何も生み出してこなかったし、これからもきっと世の中の役に立てることは何もできないだろう…と考えて毎日、これでいいのかと悩んでいた。頭が悪くてスキルがなく、怠け者でだらしがなくて、性格も悪くて業も深く、上っ面だけ良くて、本当にダメな奴だと落ち込む日々が続いていた。

でも、この土地に来たらそんな悩みはどうでも良くなりました。エミさんのおばあちゃんとおばさんはこの小さな自然の中で毎日ひっそりと暮らしていて、クロスワードをしたり新聞を読んだりして、のんびりと生きている。湖を眺めたり、掃除をしたり、知り合いが釣った魚をもらって食べたり。買い物には滅多に行かないので、パンやバターなど毎日の食糧は少しずつ大事に食べている。質素で丁寧に、でも決して貧しくはない。自分がどんな人間か、どんな業績をおさめたかなどはどうでもいい。いや、もしかしたら長い人生の中で起こったさまざまな出来事や起こった感情などを静かな場所で内省しているのかもしれない。心の中では常に自分と向き合って、考えるのも苦痛で逃げていたことを少しずつ消化しているのかもしれない。

けれども、この地の景色や空気は不思議と自我を捨てさせてくれました。何をしてきたか、何ができるかなどはどうでもいい。知識や経験や、過去や未来や、そんなことは考えなくてもいい。ただ風の音を聞いて、湖の水面を見つめて、そばにいる人を大事にして、周りの人を大事に想い、遠くにいる家族の幸せを願い、楽しかった日々を思い出し、そしてこれからくる楽しい時間に思いを馳せる。物事は単純で、悲しむことなんて何もない。ましてやスキルやキャリアや、そんなことで判断する物なんて何もない。大事なのはそこにいること、そして穏やかな時間を共有する落ち着いた心と、共有できる大切な人がいること。

サウナに入って、湖の中に裸で飛び込み、ビールを片手にエミさんとお喋り。この地に来れて本当に良かった。この旅のハイライトはまさしくこの時でした。

ゆっくり寝た翌日の朝ご飯。湖を見ながら、家族みんなで作った大きなポーチのテーブルで頂きます。

フィンランドの朝ご飯はいつもこんな感じ。美味しいパンとピクルスまたはきゅうり(たまに両方、そしてトマトなど)、そしてチーズ。とてもシンプルで、いつもどこでもこんな感じ。でも慣れてくると美味しくてたまらないのです!特に人里離れたこの家で頂くご飯は、一口一口がありがたかったです。ちょっと京都のお寺に泊まった時の朝ご飯を思い出しました。

エミさんとおばあちゃんとレアと話して、のんびりお庭を散歩したり。こんなに幸福な空気に包まれたのは久しぶりでした。

おばあちゃんとレアはフィンランド語話者。本当に優しくて、わたしはスピリチュアルなことはよくわからないけれど、2人の魂が本当に綺麗で、初めて会ったのに一緒にいる間ずーっと幸せな気分でした。

ランチを一緒に。湖で獲れた魚も頂きました!

エミさんのお皿は左上、エミさんは魚も肉も食べないので来る途中で買って来たソイボール。

本当に本当に美味しかった!

おばあちゃんにこのケサモッキで撮った写真を集めたアルバムを見せてもらい、1950年代から現在までの家族や友人との楽しい歴史を見せてもらってまた涙が出そうになりました。その後、ケサモッキのゲストブックを2人で書きました。レアとおばあちゃんは「来てくれた人みんなにこれを書いてもらってるの。たまに読み返すのが本当に楽しみなのよ」と言っていました :)

最後にまたぎゅっと抱きしめてもらって、おばあちゃんは「会えて、本当に本当に嬉しい!」と言ってくれて、とうとうわたしは泣きました。エミさんは本当に心が優しく、エミさんの生まれ育った環境は穏やかで美しくて、エミさんの家族もとっても優しい。優しさに包まれると、わたしのような汚れた人間はどうしたらいいかわからないんですよ…。何か内側から溶けていくような、不思議な感覚でした。

またぜひ来たい!

Ähtäriは間違いなく、世界で一番好きな場所のひとつになりました。

さてその日はVaasaに戻ってゆっくり休み、翌日はランチにエミさんの友だち三姉妹とお母さんが営んでいるローフードカフェRaawkaに行きました。

この日のランチはキュウリのスープとフムスのサラダ。フィンランドのランチはお金を払ったら自分でよそる所が多いのですが、自分で調節できるので腹ペコの人にはかなりお得です!

オシャレで美味しくて、とってもオススメのカフェです!こちらのFacebookページで他のメニューも見ることができます。

ランチにはコーヒーか紅茶もついているのですが、ジンジャーウォーターもありました(無料)。健康にいいッ!

この後は家で少し仕事をし、エミさんの両親と街の中心のお寿司屋さんでお寿司を食べました。エミさんの両親にとっては初めての寿司!結果は微妙なものとなりましたが、楽しい時間でした。

そしてわれらはその夜、ヘルシンキに戻ったのでした。本当はゆっくり過ごすはずだったエミさんちへの里帰りは、友だちや家族や知り合いに会い続ける日々という多忙なものとなってしまいましたが、この冒険から帰ってきてますますエミさんと仲良くなったような気がします。

さて明日からまた旅に出ます。車とフェリーと自転車で友だちの家へ行くというかなり格安で済ます冒険です(笑)!戻ってきたら今度はサウナについてじっくり書きます。

Moikka! (もいっか!=またね)


【アーカイブ】

水とフィンランド:

https://note.mu/minotonefinland/n/n82f0e024aaab

ヘルシンキグルメ事情~アジア料理編~:

https://note.mu/minotonefinland/n/nb1e44b47da30

なぜそもそもMINOはフィンランドへ?「わたしがフィンランドに来た理由」:

https://note.mu/minotonefinland/n/nf9cd82162c2

普段の食事についての「ベジタリアン生活inフィンランド①」:

https://note.mu/minotonefinland/n/n9e7f84cdc7d0






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