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車でトルコへ 2

前夜の午後10時に出発して、私と子供たちは夜の間は寝たり起きたり、車の中でできる限りの睡眠をとった。夫はその間、黙々と運転しつづけた。
私は午前2時くらいまでは起きていたが、だんだんと睡魔に襲われた。
うたた寝して起きると、夫に大丈夫か確認する。
そんなことを何度も繰り返した。
夫は普段から筋金入りの夜型人間で、眠くないか聞いても、まったく大丈夫なようだった。多分、緊張感や高揚感などもプラスに働いていたのだと思う。
やがてだんだんと周囲が明るくなり、午前6時か7時あたりからこの日も暑くなりそうな予感がした。
そしてたどり着いたのが、欧州連合に非加盟の最初の国、セルビア共和国だ。パスポートチェックのために何列にも連なって並ぶたくさんの車の後ろに、私たちも参列した。

そこで急に夫が言う。
「あー疲れた!
外で一服してくるから運転変わって。」

車の列はゆっくりゆっくりと前進していて、周りにも車から降りてストレッチしたり、タバコを吸ったり、数人で雑談している人たちがみえる。

急に運転席に座ることになった私は、ゆっくりだから大丈夫か、と思いながらもまったく知らない国のパスポートチェックポイントを前に緊張した。
夫は、「少し歩くから、とにかく列に並んで運転してって」と言うのでそれを実行していたわけだが、突然車がスムーズに前進してしまい、夫の姿が全く見えなくなった。私は不安で仕方がなかった。
これで彼がパスポートチェックの時に車にいなかったらどうなるのだろう?
何を言われるのだろう? やばくないか?
内心そんな不安がよぎり、怒りが込み上げてきた。ちょっと楽観的すぎない? 私は怖いんだけど。
私のそんな心配とは裏腹に、夫は呑気なもので見えなくなってから20分足らずだっただろうか。誰かと雑談しながら戻ってきた。
お願いだからもう車の中にいて、と切願した。
彼が話していた相手は、後ろの車の運転手でフランス在住のトルコ人だった。その運転手はもう何度も車でフランスからトルコへ行き来しているらしく、彼が言うにはクロアチアを出国するのは問題ないが、セルビア入国は目をつけられると厳しいぜ、と言われたらしい。
具体的に何が厳しいんだろう。もっと不安にさせないでくれ。

確か2時間くらいは待たされただろうか。
まずパスポートチェックあり、終わったかと思うと税関が別にある。物々しい雰囲気を醸し出している国境警備員たちが、怪しげな車はないか目を光らせている。
夫が言うには、欧州連合非加盟の国々は、外国人に対してのあたりが強い。
少しでも怪しいと感じられたり、いや、気に入らないと言う理由だけでも車の荷物をすべてを時間をかけて点検させられたりする。まるで嫌がらせのように。
幸い私たちは運が良かった。
結局なんの問題もなく、国境を通過し、セルビアへ入国した。

覚えているのは、ヨーロッパ寄りの隣国クロアチアに比べると、入国した途端に廃れている印象を持ったことだ。サービスエリアとも呼べないような高速道路の横にある駐車場は、ゴミで溢れかえっていた。
あまり整備されていないようだ。
できれば車を止めたくないな、という印象しか受けないサービスエリアを何カ所か通り過ぎ、またしても数時間が過ぎたころ、夫に異変が起きた。
午後4時近くになっていた。
急に疲労を感じるようになったらしく、視界が狭くなってる、と言う。
泊まろうと思っていたホテルは、まだここから数時間も先だ。

「もう無理。次にレストランとホテルがあるところで休憩する。」
夫はそう言って、ちょっと運転した先のベッドと食事のサインがあるサービスエリアに止まり、部屋をとった。
夫ももちろんだけど、実は私もひどい頭痛がして限界に近かった。

セルビアで一泊しなければいけないことは事前に調べていたのでわかっていたし、どのホテルに泊まるかも一応ネットで把握しておいたのだが、やはり旅は必ずしも計画通りに事は運ばない。
そしてその日の夕方、私たちが数時間休憩を入れることにしたその部屋は、なんともひどいものだった。

部屋に入った途端、下水の強い臭いがした。
部屋には窓と呼べるほどの窓はなく、部屋の壁の上の方に細長い窓らしきものが一か所だけあったが、外には何かが積まれていて何も見えなかった。
2人用のベッドが二つ置いてあった。
ブランケットを少しだけどけてみると、誰かの髪の毛があちらこちらにひっついている。私はすぐにブランケットを元に戻し、子供たちに布団の上から寝るようにいった。部屋はどっちにしろむし暑かったので、布団など必要なかったのが幸いだった。
トイレに行くと、下水の臭いはさらに強まった。
そしてここでは絶対にシャワーなど浴びる気にはならんな、と思いながら用を足して、みんなとにかくベッドに横になって数時間だけでも眠ることにした。

3へ続く。

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