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【ライヴレビュー】祝春一番2017

 Tumblrだけで公開した記事をこちらに転載。今回は昨年の祝春一番2017のライブレビューをnoteに救出しておきます。

今年も5/3 (木・祝) , 4 (金・祝) , 5 (土・祝)の3日間、服部緑地野外音楽堂での開催が発表され、ただ今第2弾まで出演者が発表されております。

祝春一番2018

昨年の様子を記した入魂の9000字。ご覧いただきながらぜひとも大阪のゴールデンウィークのご予定に加えていただければこれ幸い。

今年も参加できたらええなぁ。仕事と身辺調整急ピッチ。

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 遅くなりましたが今年もゴールデンウィーク5月4日~6日の3日間に渡り大阪の服部緑地野外音楽堂で行われました<祝春一番コンサート2017>を見てきました。2013年から5年連続で有志スタッフとして参加。21歳の時に初めて春一番事務所に行き、もう今年間もなく26歳になろうとしております。

 社会人1年目で忙しかった2014年は書けなかったですが、観客として見た2012年から例年ライヴレビューを書いています。2012年、2013年、2015年、2016年と並べて読んでいきますと、春一番というイベントの変化(1971年スタートである長い歴史の中では本当に“直近”ではありますが)、また自分の春一番の見方、ライター・評論家として分析力・筆力の上がり下がり、上京を含めた自分の周りの環境の変化も時系列で追えるものになってきました。楽しい。

●2012年

「いっちゃんええ音楽を届ける春一番」(工事中)

●2013年

・春一番で見た美しい風景①~スタッフ・事務所・裏方編~(工事中)

・春一番で見た美しい風景②番外編 音楽ジャーナリズムを文献調査~センチメンタル・シティ・ロマンス事件を通して(工事中)

・春一番で見た美しい風景③~供養編~(工事中)

●2015年

・開催前【コラム】30回目の祝春一番、GWにホンモノの風を吹かせる

・開催後【ライヴレビュー】祝春一番2015

●2016年

【ライヴレビュー】祝春一番2016

 なので今年も所業、ライフワークとしてライヴレビュー書いていきます。6年目の定点観測だ。“春一番を広める!”というような大義はございません。70年代から現在まで継続している稀有な音楽イベントの“現場で鳴っている音楽をしっかり解釈して記録する”という、音楽の文章において大切な役割でありながらも、最近希薄化しているような気がする行為を自分は丁寧にやっていきたい。その行為の結果は後からついてくると思います。決して譲れないぜこの美学 ナニモノにも媚びず己を磨くんですよ。足跡からも学ぶぜ謙虚にですよ。ってそりゃRHYMESTER、関係ねぇ。

 それでは参りましょう。つきましてはもう春一番というものがどんなコンサートなのかという部分は再三書いておりますので、上記これまでのライヴレビューや公式HPをご確認くださいませ。

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 昨年祝春一番2016年のライヴレビューで私は最終段落にて「年々それほど大きく変わらぬラインナップに伝統化や70年代の追体験的見方をされることもあるが、風太は勝手に言わせておけばええ、こっちはこっちでおもろいことやったんねんと誇りをもって春一番を作り続ける。」という書き方をした。その上で演者の気合いの入ったステージだったり、ここでしか体感出来ない春一番の独特の空気感が大きな魅力として一貫していて、その魅力が体現されている様々な模様を毎年切り取ってレポートしてきたし、変わらない姿勢の素晴らしさを伝えてきた。そんな中での今年。これまでの姿勢は崩すことはなく、加えて70年代からずっと日本のロック・ブルース・フォークを鳴らしてきた春一番の音楽を、2017年現在にどう伝えるのかということに意識を置いている場面が多く伺えた。その点は大きな進化と言っていいだろう。そんな今年ならではの素晴らしい風景を中心に書き連ねていく。

<今年の春一番のシンボル>

 毎年野音のステージ上にはその年のテーマに応じた木造の大道具が設置される。今や春一番のステージにはなくてはならないイラストレーター諸戸美和子による演者全員分をレタリングした「めくり」は定番となっているが、ステージセットとして過去には2階建ての居酒屋風のセットが組まれたり(演奏中のバンドのすぐ頭上で出演終わりの演者が2階に上がって打ち上げしているという奇怪な光景が生まれていた)、2015年には高田渡10周忌に際して生前愛用していた3輪車が吊るされていたり、毎年様々な趣向を凝らしている。今年は羽が3枚付いた大型の風車がステージに登場した。これはTHE END(4日出演)の演奏中遠藤ミチロウが雄叫びを上げる後ろで、また有山じゅんじ(6日出演)が「ぐるぐる」を演奏するタイミングなどでスタッフがよじ登り回転させるダイナミックな可動演出がなされ歓声が沸いていたが、それ以外にある明確な意味をこの風車に持たせていたのだ。各日中盤でその羽は外され、外枠の円の中に鳥の足跡を逆さまにしたような風車の骨組みで構成された、ピースマークが現れた。そうすると遡ってわかるのは3枚の風車の羽は原子力発電所のシンボルマークを示していたこと。羽が外されること(=脱原発)によって平和が訪れるというストーリーの演出は主催者福岡風太が度々口にする70年代からの春一番の基本理念、「反戦・反核・反差別」を体現するメッセージだ。羽に塗られた色も1日おきに描き加えられ3日間通して来た観客も毎日気を向かせる。逆に見れば今一度この理念を明確に打ち出さなければいけない方向に世の中が向かっているかもしれない。誰しもがハッとするような見事な今年の春一番のシンボルとなっていた。

<加川良の曲を受け継ぐgnkosaiBAND、たくさんの演者たち>

 またそんな変化に加えて開催1か月前の4月5日にかねてから闘病中だった加川良が亡くなったことは大きな衝撃だった。春一番初回の71年から出演し続け、また昨年まではいつも通りの自由な佇まいで元気に歌っていたのに。また久々に『みらい』という素晴らしいオリジナルアルバムを完成させたばかりなのに。という悲しみが癒えないままに迎えた今年のゴールデンウィーク。福岡風太は初日4日のトップバッターを加川の息子gnkosai(Vo,Dr,ポエトリーリーディング)が率いるgnkosaiBANDに任せた。春一番は演者のタイムテーブルを発表せず、また11時の客入れ開場と同時に演奏が始まる。席も全て自由席だ。その中の1曲目、ゆったりしたビートで始まりドラムを叩きながらgnkosaiが歌いだした。<北の果てから南の街へ ほっつき歩いて…>一瞬加川良が歌っているかと思った。この「ラブソング」は加川の代表曲の一つ。加川を思わせる声でこの曲が始まったことに、入場門には早く中で見たいと観客が押し寄せる。加川良の不在を受け入れる覚悟をしながら、席に着きじっと耳を傾ける観客の光景が忘れられない。ステージ最後には「加川良 with gnkosaiBANDでした」と言って今年の春一番の幕開けを告げた。ここ数年でもう常連の演者となったgnkosaiだが、春一番で父との共演はなかった。加川自身が恥ずかしがって同日出演になることすら恥ずかしがるように避けている様子もあった。しかし今年初共演にして一気に加川良の存在を自らの音に乗せて観客一人一人の中に昇華してしまうようなステージだった。(前述のアルバム『みらい』では全面的にドラムとして参加、親子共演が音源で聴くことが出来る。)

 また3日間の開催中、加川良の曲をカバーしたのはgnkosaiだけではない。以下に列挙しておく。

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・gnkosaiBAND「ラブソング」

・金佑龍「教訓I」(ワンフレーズ)

・MOJO CLUB Special「こんばんわお月さん」

 ※三宅伸治がこの曲演奏時に使ったストラトギターは本曲収録作品『アウト・オブ・マインド』(1974年)に参加しており、一昨年亡くなった石田長生のものだという粋な気遣いを見せた。

・小谷美紗子「教訓I」

・有山じゅんじ「コスモス」

・ハンバートハンバート「伝道」「あした天気になあれ」(メドレー)

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 一番の代表曲といえるだろう「教訓Ⅰ」を歌ったのは小谷美紗子(5日出演)、グランドピアノ弾き語り一発、<命は一つ 人生は一回>で始まるこの曲が再び反戦歌として機能し始めている2017年の野音の空に小谷の声が突き抜けていく心地がまたよかった。また裏話だが今回誰がどの加川良の曲をカバーをするのか主催側に演者から問い合わせがあり「この人はこの曲レパートリーにあるのでやるかもしれません…/昨日はゲンキバンドが「ラブソング」やりました」としか答えることが出来ずに探り合っていたということもここに記しておこう。ハンバートハンバート(6日出演)は春一番のステージで加川良とよくコラボしていた「夜明け」から始まり、加川の曲「伝道」~「あした天気になあれ」とメドレーで繋ぐ。誰もが特にMCで思い出を語り感傷に浸るわけではなく、それぞれのレパートリーとして演奏する。それは加川が晩年ザ・ブルーハーツ「青空」や泉谷しげる「春夏秋冬」を本当に自分の曲のように気に入り歌っていたことと同じのように。それは福岡風太が度々「俺たちは懐メロやないよ/カヨー曲とはちゃう」と口にしてきたかのように。加川良の曲がそれぞれ残ったものに引き継がれ、新たな価値観でもって演奏される様が痛快だった。

<自分の道を記録し、新たな動きを見せるベテラン勢>

 少しライヴの本筋から外れてしまうが、福岡風太は春一番を作品と言う。自身のアウトプットとして春一番という野外コンサートを作り続けてきたことがそのまま足跡になっているが、彼の世代は紛れもなく日本のロック・フォーク・ブルースを最初に定義し生み出してきた世代だ。春一番に関連のある人物の中でも近年各々がその足跡を残す動きをしていることは注視しておく必要があるだろう。昨年は春一番の会場にも姿を見せていたベルウッド・レコードの三浦光紀は2012年の創設40周年頃から「三浦光紀の仕事」としてトークイベントや本の出版、またリイシューを手掛けるなどの活動を活発化させており、45周年となる今年は10月に記念コンサートも予定されている。その三浦のアシスタントからキャリアをスタートさせ、シュガー・ベイブ(及び山下達郎、大貫妙子)や福岡風太も長らくロードマネジャーを務めていたセンチメンタル・シティ・ロマンス、またフリッパーズ・ギター、L⇔Rなどを手掛けた音楽プロデューサー牧村憲一は90年代渋谷系以降の足跡も含めてハイペースで書籍の執筆や自身の体験を語るイベントなども行っている。またより春一番との関連が深いところで言えば毎年入口付近で雑誌“雲遊天下”や関連本・CDの物販を出しているビレッジプレスの村元武は、大阪労音の参加・URCでの“フォークリポート”に参加していた60年代から、80年代まで関西の音楽・演劇・お笑い・映画などカルチャー全般に大きな影響を残した“プレイガイドジャーナル”の創刊から会社を離れるまでの回顧録を昨年と今年に分けて2部作に渡って発表している。2冊とも必読。(「プレイガイドジャーナルへの道 1968~1973」「プレイガイドジャーナルよ1971~1985」)。また長年ミュージシャンや芸人などを撮り続けてきた写真家・糸川燿史は御年83歳で病気とも闘いながら、すでに話芸に達しているほどの流暢で柔和な喋りでもって今なお写真展やトークイベントで自身の経験を伝えている。現在大阪・北浜で行われている90年代の「マンスリーよしもと」で撮られた写真展「糸川燿史写真展・大阪 芸人ストリート」が行われている。今週末までの開催なので関西方面の方は是非行っていただきたい。(私も行きたくてしょうがない…)

 上記はいわば裏方的な活動をしてきた方たちが自分の口で、あるいは文章・イベントで形に残す活動だったが、一方で演者の中でも久々に新しいアルバム作品に取り組む動きが出てきており、春一番のステージでも新鮮な姿が感じられた。初回からザ・ディランⅡとして春一番の顔的役割を果たしている大塚まさじは現在約17年ぶりのスタジオアルバムに取り組んでいる最中だ。一緒にバンド月夜のカルテットで活動していた島田和夫(ex憂歌団)が2012年に自死で亡くなったことから発起。新たな曲作りに踏み出し、ようやく今年はアルバムという形になる過渡でのステージだったがアルバムに収録されるだろう「いのち」から、代表曲「男らしいってわかるかい」まで披露、99年の西岡恭蔵の自死を始め様々な仲間に先立たれ残ったものとして、いつだってラストの覚悟、ただ最後まで歌い・生きるということでは不変で例年通りの図太いステージだった。

 そんな大塚と好対照なのは春一番を1年間の活動報告と捉え、毎年バンドの体制や曲を変え続けている中川五郎。彼も久々にオリジナルアルバムとして下北沢ラカーニャでのライヴ録音2枚組の大作『どうぞ裸になって下さい』を先日リリースしたばかり。それを受けて今年は、録音メンバーの沢知恵とハンバートハンバートの佐藤良成を迎えたどうぞ裸にトリオでの出演だった。長いキャリアの中でも「一台のリアカーが立ち向かう」、「風に吹かれ続けている」など、正しく現代のプロテストフォークと言える楽曲の制作に取り組み続けており、常に衝撃と説得力でもって響いてくる。昨年のセンチメンタル・シティ・ロマンス中野督夫らとのバンドTo Tell The Truthでのステージでも披露し、安倍晋三の東京五輪誘致スピーチに曲を付けた「Sports For Tomorrow」も、昨年は会場中をそのアイロニーのセンスに爆笑と“やったれ!”、“ええぞ!!”の野次に包まれていたが、一年経ちより現政権が暴走する現状にこの曲は全く笑えない。“世界有数 安全な都市 東京”なんてどの口が言うのかという怒りを込めた合唱が会場で起こっていた。アコギをかき鳴らしながら、無理矢理に音を歪ませ、暴れ倒すステージング。今なおフレッシュな中川五郎の凄味が存分に感じられた。

<初のトリを任された金佑龍>

 一方で前述の初日トップバッターgnkosaiBANDしかり、今年の春一番ではベテラン勢の息子~孫世代にいつになく大役を与え、その期待を見事に果たしていたところも素晴らしかった。金佑龍(4日出演)はバンドcutman-booche時代から春一番には出演していたが初のトリを任された。これまでバンドやオカザキエミ(moqmoq)をサポートに迎えた形での出演が多かったが、今年は客席中央に設けられたへそステージで、一人弾き語りで臨んだ。日が陰り、西日が昼間っから酒の入った客席を容赦なく照り付ける中の出番。自分の曲は酒に合うからと言ってステージから会場後方のドリンク売店のイカ松商店に「お金僕出すんで、この曲の間だけお酒半額にしてくれませんかー!?ハッピーアワー!!」とお願いし、場景にばっちりな「暁の前に」を歌い始める。ヒップなラプソディーを歌う今年の彼の姿には、デビュー当時から度々引き合いに出されていたG・ラヴの近年ルーツに回帰しつつある動きとますます重なる。人たらしな性格も含め客の心を見事に掴んでいた。最後に演奏したのはすでに彼のレパートリーとして欠かせないフィッシュマンズのカバー「ナイトクルージング」。最後のMCで「「生活の柄」とか歌った方がいいんかもしれないですけど、自分のルーツはやっぱりここやから。いい曲だから聴いてほしい」と、福岡風太の養子になりたいとまで言うほどに春一番を愛しているウリョンだからこそ、トリの大役に敬意を払って自分のやりたい曲をやって締める姿が印象的だった。

<今年のニューカマーにしてMVP、アフターアワーズ>

 また孫世代として今年初出演だったアフターアワーズ(6日出演)は間違いなく今年のMVPだろう。昨年結成されたばかりだというショーウエムラ(Ba,Vo)、ドナ・タミハル(G)、上野エルキュール鉄平(Dr,Vo)による3人組。このバンド名は春一番とも縁が深い上野の父がやっている梅田のバーの名前から。上野については幼少期から春一番に連れてこられていたという。メンバー3人ともが有志スタッフとして以前から参加しており、今年満を持して福岡風太に直談判し、ライヴに来てもらい認められ念願の抜擢となった背景がある。アフターアワーズの結成と春一番にかける思いについては、ショーウエムラのブログを見ていただきたい。 

ショーウエムラのジョーホー:祝春一番2017

 福岡風太にアフターアワーズの出演について後日聴くと「聴いたらわかるもん。ハルイチの客も納得さすて」とのことでした。そんな最終日6日は予報の通り開演直後から雨に見舞われていたが、彼らの出番直前に突如雨が上がり雲の切れ間が見えた、天は彼らに味方した!福岡風太から「ぶちかませ!アフターアワーズ!!」と紹介され勢いよく飛び出す。言葉を吐き捨てていくボーカルと、手グセ感が強くもメロディアスなベースライン、たどたどしい立ち振る舞いのショーはTheピーズやキャロル、甲本ヒロトを。若干23歳にしてパブロックやロカビリーなどに影響を受けたスイングするギターを、全力で暴れながら弾きこなすタミハルはストレイ・キャッツや国内で言えば台風クラブ。粗削りに見えて、的確に必要十分のビートをついてくる上野鉄平は初期LOST IN TIMEを、とそれぞれが思うロックの理想形の要素を端々に残しながら、とことんシンプルで初めに衝動ありきで仕上げたロックンロールに胸がすく。中盤上野が幼少期からの春一番との関わりをMCで話、友達について歌いますと言って始めた「あべのぼるへ」。言わずもがな長年福岡風太と共に春一番を支えた名物音楽プロデューサーあべのぼる(2010年死去)について歌っている。遠藤ミチロウの「大阪の荒野」、AZUMIの「河内音頭あべのぼる一代記不常識」で歌われ、またハンバートハンバートがあべの楽曲「オーイオイ」「何も考えない」をカバーしているなど、今なお春一番の演者の楽曲の中で生き続けているが、間違いなく彼らがあべの遺伝子を継承する最後のミュージシャンだろう。そんな春一番の客に一目置かれる場面を作りつつ、ラストは「バイバイ」、「16」と前のめりでまくし立てる歌で観客をアジりながら終了。正式音源もなく、3曲入りのデモ音源のみ。しかし終了後から物販にはそれを求める客が殺到彼らが持ってきた50枚以上が全て売れてしまった。大阪のひねたチンピラバンドが最初に音楽シーンに名を刻んだ瞬間だ。

 しかしここで終わらないのが春一番。このアフターアワーズとしてのステージはフリに過ぎず、彼ら3人に用意されたのは3日間のフィナーレを飾るバンド、THE WINDとしての舞台だった。出演者発表の早くから名前が出ていたTHE WINDだが当日までメンバーが誰で何者なのか明かさぬままを本番を迎えていた。その正体は福岡風太がドラムを叩くバンド。だからTHE WIND(風)。その風太を支えるバンドメンバーとしてアフターアワーズを招集したのだ。福岡風太がドラムに座り大歓声の中、ゲストボーカルとしてまずリトルキヨシを呼び込んで高田渡「生活の柄」、ROBOWの阪井誠一郎が歌うザ・ディラン「プカプカ」とラストにふさわしいスタンダードナンバーが演奏される。そして最後は会場にいる演者全員をステージにあげボブ・ディランの「I Shall Be Released」を歌い繋いでいく。間奏では豊田勇造AZUMIヤスムロコウイチの間に挟まって、タミハルもギターバトルに参戦し、対等に渡り合っていた。さらにボロアコースティックギターを持ってきて振り下ろして叩き割るパフォーマンスもやってのけ、周りのお膳立てもある中でしっかり魅せる役割を果たした。当のドラムを叩いていた福岡風太は早々に疲れてステージ横に退散してしまっていたが、最後は中央に立ち中川五郎と1つのマイクで歌い、ぐだぐだへろへろのジャンプで曲を終わらせ、生き残され組やなぁ俺らとつぶやきつつ「解散!」の一言で今年の祝春一番は終焉した。

<まだまだある、名場面>

 これまで書いてきた以外にもたくさんの美しい風景があった。かまやつひろし追悼で「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」を歌った金子マリpresents 5th element will。へそステージに上がり「雑居ビルの4階、でたらめな酒場…」と徐々に喋りのグルーヴを作っていき、笑いをかっさらい、酒をぐっと飲んで「春一番2017へよぉこそー!」と怒鳴るとこれ以上にない観客一体の歓声が上がる出演者の中で唯一の芸人、ナオユキ。今年は本編中の出演がなく3日間とも開場前に客が並ぶ野音前で演奏していたが、最終日には転換の間に風太から「こいつら歌わしたって」と本編に出演させる粋な計らいで本編に登場したブルースデュオ歌屋BOOTEE。今年のぐぶつは2日目のトップバッターで登場し、そのまま豊田勇造アチャコ&ミキまで出ずっぱりで音楽の闇鍋状態をバックでしっかり支えていた。AZUMIはイタコ的に先日亡くなったチャック・ベリーを自分に降臨させるギター一本での長尺フリースタイル・ブルース「アズミ説法」を展開。関西弁のチャック・ベリーがAZUMI自身に薫陶説きながら「ジョニー・B・グッド」を日本語で歌う。盛り上がる内に上がった雄叫びはあべのぼるを降臨させる。働くなちゅうとんねん!!!金なんかあるとこから盗ったらええねんあほんだら!!!歌え!!!アズミ!!!…AZUMIに影響を与えた故人に向けたレクイエムは酒臭い夕方の会場の空気をぐっと引き締めていた。ステージ以外の場面でも、会場入り口のチラシ置き場にはつぶれた銭湯からもらってきた下駄箱が活用されていていい味を出していたり、珍しくイベントグッズとして出演者が載ったトートバッグを売っていたり(余談ですが300枚作り、スタッフみんなで「誰が買うねん」と言ってたものの、初日から凄い勢いで売れすぎてしまって、各日の数量を制限することとなりました)。2日目のトリ小川美潮Rhythm&meでは珍しく福岡風太自身が会場最前列で身体を揺らして踊っていたりetc…書き尽くせない光景を見ることができた。

 3日間通して伝えるべきもの、残すべきものが明確に観客に伝わるような演出、出演順、会場運営がなされていて、巷の寄せ集めフェスとは全く違うことを例年以上に感じることが出来た。今年はMBSちちんぷいぷいの取材も入って15分に渡って番組内で特集されたり、またそもそもここ数年60~70年代の日本の音楽が聴きなおされシティポップとして再解釈されていることもあるのか徐々に若い観客も増えてきたように、春一番の良さが外に向かって知れ渡っているように感じる。1971年の初回開始から46年、回数にて32回。まだまだ春一番は進化を続けるとしておき、また来年に期待しよう。終了後数日経って福岡風太のものを訪れた。その時に言ってくれた言葉を記して本稿を締めよう。

「今年こんだけおもろかってんから、来年もっとおもろせなあかん。大変やで」

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1991年生まれ。大阪北摂出身東京在住。音楽ライター/ANTENNA副編集長。CDジャーナル、TURN、OTOTOY、Mikikiなどにも寄稿実績。ご連絡はこちらまで。min.kochi@gmail.com
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