三途の川

洗い流しが終わると、彼にタオルを被せ、悲しい目の担当者と若いお兄さんが二人掛かりで彼をお布団に戻した。

真っ白な死装束を身にまとい、さっぱりと凛々しい彼の遺体がリビングに横たわっていた。ホッとしたような彼の顔をみて、私も少しホッとした。大好きなお風呂に入れてよかったね。

割烹着の女性が彼に死化粧を施していく。まずはヒゲを丁寧にそる。死後二日経って、ヒゲが少し伸びたようだった。本当に、人間の体はいきなり全ての機能を停止させる訳ではないらしい。まだ生きている細胞が彼の中にあるのだろうか。生と死の境目はどこにあるのだろうか。少し赤く変色し始めていた鼻をにコンシーラー、全体には少し顔色がよく見えるファンデーションが塗られた。リップはグロスのようなナチュラルな色。

死後硬直で固まった彼の体を男性二人で、あの世にふさわしい格好にしていく。硬くなった指を一本一本交互に絡ませ、胸のあたりに両手を置き、数珠を絡ませた。初めて身近でみる死装束の衣装と小物の一式。カバンのようなものも持たされていた。

「なんですか、これ?」

「頭陀袋と六文銭といって、三途の川を渡るときに使うものですよ。」

と割烹着の女性が教えてくれた。

三途の川を渡るにはお金がかかるらしい。どうやって渡るんだろう?船?歩き?泳ぎ?なんでお金がいるんだろう。

川なんて渡らずに、ずっとここにいてくれてもいいのに。

ねぇ、なんで死んだの?
幸せじゃなかったの?
なんでそんなに生き急いだの?
子供達のこと大切じゃないの?
私といたくなかったの?
ねぇ、こんな真っ白な衣装着て、何やってるの?

ねぇ、なんで死んだの?

一人でそんなさっぱりした顔してないで、答えてよ。

湯灌の儀が終わった彼の遺体の横で、言葉にならない思いをぶつけた。





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