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第100回往復書簡 秋のラジオ、正午

石田千 → 牧野伊三夫さんへ

 目が覚めてから、ふとんにもぐるまで、ラジオをつけているようになった。
 毎日いろんな番組をきくうち、藤井風さんと米津玄師さん、ジャスティン・ビーバーとエド・シーランの区別もつくようになったし、シルク・ソニックの曲がかかるたび、うっとりする。音楽のほかにも、ITや環境問題のこと、いろんなことが流れてくる。耳学問の聞きかじり、それでも、すこしは、世のなかをうかがいしることができる。
 番組のなかで、ゲストをお招きしてインタビューをする。司会のかたの相づちひとつにも、流行があるものだった。すこしまえまでは、ナルホド、ナルホド。おばちゃんは、1回でいいんじゃないの。そのつど気になって、耳に残っていた。このごろは、マチガイナイ。これも、2度くりかえすかたもいる。
 インタビューを受けるかたは、以前よりずっと、ていねいになった。ひとつきかれるたびに、ありがとうございます。それから、おっしゃるとおりと、前置きが増えた。
 相手を否定してはいけない。おたがいの配慮、緊張感がぴりぴり伝わる。
 ナルホドナルホド、マチガイナイ。若いかたも、ベテランのかたもいう。
まちがえたら、いのちにかかわる。そういう世界が日常になって、ひとに対面すること、会話をそのものが、まだまだとてもむずかしい。そういう状況から生まれた相づちと思う。面識のないかたと、画面越しに話すことは、話すプロでも、むずかしい。
 てゆーか。あんな自由な返事は、聞かなくなったなあ。
 平日と日曜日、お昼には、食事をつくりながら、たのしみにしている番組がある。
 月曜日から金曜日は、作家のロバート・ハリスさんの番組。ハリスさんのラジオは、金町にいた20代のころ、熱心にきいていた。
 ハリスさんの案内で、ビートニク文学と出会った。アメリカン・ブック・ジャムという雑誌を楽しみに買ったり、ポエトリーリーディングの会をのぞいたりしていた。
 ほがらかで、かろやかで、深い声。旅のこと、本や音楽や映画のことを、また聴けるようになった。70代となられたハリスさんのご案内で、部屋にこもっていても、あたらしい旅のつづきができるようになった。
 日曜日は、中田英寿さんの番組。中田さんが、日本各地をたずねて、伝統食や新しい食、おさけの生産者のかた、工芸作家のかたがたのおはなしをきく。こんにちはと訪ねていって、初対面のかたでも、ふだんどおりの態度とことばで、接する。世界で活躍したかたが来るとせわしなかったひとが、すぐにくつろいで笑う。いつも、いい時間をすごされているなあと思う。
 ハリスさんも、中田さんも、ご自身のことばで語り、相手に対しての緊張を見せない。垣根のない会話は、いちばんむずかしく、うれしいおもてなし。


 栗羊羹ナルホドナルホドマチガイナイ  金町

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