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第八話 二時間ドラマかサスペンス劇場か

二時間ドラマやサスペンス劇場みたいなことが、我が身に起ころうとは・・・。
母は若い頃から華道を学び、時折、華展に出展している。
華展の最終日には、片付けや花器などの荷物持ちに駆り出されるのが常である。
しょっちゅうあることではないし親孝行と思い、安物ではあるが着物を着て出かける。
その日は、お仲間の皆さんと食事をして帰るという母に大量の花を持たされた。
母とお仲間の皆さんが展示していた花に加え予備の花もある。
確かに、まだ綺麗に咲いている花を処分するのは勿体ないが、五人分の花はかなりの量なので、いくらかは処分して良いかと聞いたが、当然、皆さん口を揃えて「勿体ない。」仕方なく務めを終えた花々と予備の花とを新聞紙に包み大きな子どもを抱っこするような状態で帰途についた。
重い。
駅のごみ箱に捨ててしまおうかと思ったが、勿体ないという気持ちは私にもある。
しかし、この大量の花を飾るには我が家は狭すぎる。
どうしたものかと思案しながら電車に揺られる。
思案の末、近所の友人たちにもらってもらおうと思い付いた。
まず、駅と我が家との間に住む順子さんの家へ直行しようと思い、急いでメールを打つ。
花が大量にある理由を簡単に説明し、もしお留守なら玄関先に置かせていただくので、不要な物は適当に処分してくださいと送信した。
地元の駅に着き大きな新聞紙の束に苦労しながら改札を抜けた。
重たいうえに前が見えにくい。
しっかり縛られていたはずの紐も私が何度も持ち替えたり電車の床に置いたりしているうちに緩んできたからずり落ちそうである。
新聞紙の束からひょいと首を出して前を確認しつつ進むが、案の定、前方からいらした方とすれ違いざまに新聞紙の束が接触し、十数本の花が落ちてしまった。
ぶつかった方が花を拾い集めてくださっているが、新聞紙に埋もれている私はどうすることも出来ない。
動くとさらに花が落ちそうなのだ。
「すみません。」と言い、ご厚意に甘えて突っ立ているしかない。
花を拾い終えた男性が、「すみませんでした。」と、軽く頭を下げながら花を渡してくださるのを片手と顎で新聞紙の束を支えながら、空いた方の手で受け取り、「こちらこそ、ありがとうございました。」と、言いかけた時、私は吹っ飛んだ。

確かに飛んだのだ。

漫画で人が飛ぶ様に地面に平行に。
地面がかなり近くに見えたので、低空飛行だったのだろう。
何となくコンクリートの硬い感触と「聞こえますか。」と言う声は記憶にあるような気がする。
ぼんやりかすむ視界にチラッチラッと白衣が見える。

「私、死ぬの?死ぬんですか。」

そこにあった手を掴み聞いた。「大丈夫ですよ。」と言われたような気がする。
スーッと体が軽くなり眠りに落ちようとした時、「ここは痛いですか。答えてください。」と、野太い声に起こされた。

「痛いっ!」

でも、どこが痛いのかはわからない。次に目が覚めた時は、熟睡した朝のようにすっきりと目が覚め視界もはっきりしていた。
その目が捉えたものは、見慣れない天井。「ここは・・・」と考えるより先に「痛っ!」と、勝手に声が出た。
首から肩にかけてピリピリと痛みが走った。

「いったあぁぁ。」と、呟く。

痛い右肩を触ろうとした私の左手には包帯が巻かれていた。
包帯の手で右肩や首の辺りを触りながら目を閉じて考える。
私はどうなったのだ?
頭がズキズキする。
左手を動かす。
白い包帯が眩しい。
手を頭にやるとネットを被っているようだ。
私は、頭に怪我をしたのだ。
いや、きっと何か恐ろしい病気で手術したのだ。
私は、いったいどうなるのだ。

「あっ、気づきましたね。気分は悪くないですか。」

と、看護師さんらしき人が聞くだけ聞いて、私の返事を待たずに

「先生、中村さん、目が覚めました。」

と、言いながら行ってしまった。
私は、目を閉じて、いったいどうなってしまったんだろうと考えた。

「中村さん、気持ち悪くないですか。」

野太い声に目を開けた。
気持ち悪いに決まってるやん。
何がおきたかさっぱりわからへんねんから。
不安と不思議で気持ち悪い。気分は絶不調だよ。
でも、吐き気がするかって聞いてんだよね、このお腹の出たおじさんは。
ああ、こんな事考えられんねんから私は大した病気じゃないんだ。
いや、恐ろしい病気でもとりあえずこれくらいは考えられるか。

「中村さん、吐き気はしませんか。」

私の心を見透かしたように、いや私の気持ちなどどうでも良いかのように野太い声のお腹の出たおじさんは聞く。

「大丈夫です。私は、どこが悪いんですか。」

「どこも悪くありませんよ。頭を打って脳震盪をおこしただけです。」

「でも、包帯が・・・。」

「少し切り傷があります。頭と左手に切り傷がありましたので、消毒をして包帯をしているだけです。二、三日で治りますよ。」

「首は?」

「首が痛いですか。」

「痛いです。」

「頭を打った衝撃ですね。あちこち打っているので、暫くは痛いでしょうが、日に日に治まるでしょう。心配はいりません。」

良かった。恐ろしい病気でなくて良かった。
でも、私は何故、転倒したのだ?
やはり、何か病気ではないのか。
この医者らしき野太い声のお腹の出たおじさんは、見かけによらず敏腕医師なのかも知れない。

「先生、私は、何故こけたのでしょうか。」

「覚えていないのですか。」

わからんから聞いてんのやんかっ。
やはり、何か恐ろしい病気なのだ。

「後ろから人に押されたと聞いています。あなたは意識がなかったので、救急隊員が目撃者から聞いたそうです。」

よくわからん。
誰かが私にぶつかってきて、私はこけて頭を打ったということか。
そういえば、背中に強い衝撃を感じたような気がする。
いや、衝撃よりも空を飛んだ感覚の方が鮮明に残っている。
どんだけの勢いでぶつかって来たんや。

「中村さん、ちょっといいですか。」

誰や?
人相の悪そうなおっさんやなあ。
誰? 何?
私は、不安顔を看護師さんに向け助けを求める。

「警察の方ですよ。」

警察?
人相の悪そうな男は、警察手帳をチラッと見せてベッド脇の椅子に座り○○署××課の中村ですと名乗った。
混乱していた私は自分と同姓だということ以外は聞き漏らしてしまった。
その警官は口先だけ怪我の見舞いを言い、

「一緒にいた人は、誰ですか。」と、聞いてきた。

「一緒にいた人?」

「そうです。一緒にいた男の人です。」

「ああ、知らない人です。ぶつかって花を落としたので拾ってくださったんです。」

「知らない人ですか。初めて会った人?」

「はい、知らない人です。初めて会うも何も今言ったようにぶつかっただけです。」

「そうですか。その人もそう言っています。」

だったら聞くなよ。

「では、真島順子さんはご存知ですか。」

「はい。」

何故、順子さん?

「見ていた人の話しと本人の話しが一致しているので、それが事実だと判断しているのですが、真島順子さんが、あなたの背中に体当たりしてあなたを転倒させました。覚えていませんか。」

何故、順子さんが私に体当たりを?

「順子さんが、わざと私にぶつかってきたということですか。」

「そうです。」

「何故?どうして?どうしてですか。どうして順子さんが私に・・・・。私たち友だちなんです。」

「あなたがぶつかった男性は、真島順子さんのご主人でした。あなたをご主人の浮気相手だと思い、腹が立ってつい体当たりしたと話しています。人違いだったとわかり反省している様子です。あなたに申し訳ないことをしたと話しています。」

私は、嘆願書を書いた。
順子さんとの付き合いはそんなに長くもないし親友と呼べるほどの仲でもない。
時々、考え方に相違点も発見する。
しかし、人にはそれぞれの考え方があるし個性として尊重している。
が、今回の事で、物凄く短気な人と今後も友だちでいられるだろうかとは悩んだ。
そして、無理に友だちでいる必要はないという結論に達した。
しかし、彼女を犯罪者にしたくはない。
同じ年頃の娘をもつ親として今後の娘さんの人生に悪影響を及ぼすことは避けたい。
今回の短気な行動に至るまでには、長い時間思い悩んでいたのかも知れない。
もしかしたら、その思い煩いの為に精神的に不安定だったのかも知れない。
法律や難しい事はわからないが、私は、順子さんが刑罰を受ける事を望んでいるわけではない。
三日間の入院生活が過ぎ退院の日の朝、順子さんがやって来た。
怪我の具合はどうか、本当に申し訳ないことをしたと頭を下げた。
私は、刑罰を望んでいない事を伝えた。
私にはわからない事情があるのでしょうと同情を示し、「私に、恨みがあるのでなくて良かったわ、人違いで。」と、言った。
すると、小さくなっていた順子さんが、堰を切った様に喋り始めた。

「人違いっていうか、あなただとわかっていたのよ。あなただから余計に腹が立ったのよね。花なんかもらっちゃってさ。私、主人から花をもらったことなんかないのに。主人がいそいそと出かけるからおかしいと思って後をつけたの。そしたら、誰かに花を渡しててムカッとして、女の顔を見たらあなたじゃない。もう、腹が立って腹が立って。それで、あなたに突進して体当たりしてやったのよ。まあ、私が体当たりしたから、あなたが怪我をしたのは、ちょっと悪かったなとは思うけど、主人が悪いのよ。最近、誰かと遊びに行ってるみたいなの。近所の飲み屋の女の子と思うんだけどムカつくじゃない。定年になって年金暮らしなのに遊び歩いて。会社に行かなくなって退屈なんでしょ。ちょこちょこ近所の居酒屋に行ってるのよね。年金生活のくせに腹立つでしょ。しかも、女の子と遊びに行くなんて。そんなお金があるなら、娘の結婚資金においておくべきだと思うでしょ。ねっ!思うでしょ!それで、嫌味の一つも言ってやろうと後をつけたら、花を渡してるじゃない。しかも!!!相手は、あ・な・た!」

ここで私は思いっきり睨まれた。
いや、それは・・・と説明しようとしたが・・・。

「だいたいね、何であんなに大量の花を持ってたの?あんなにたくさん持ってるから主人にぶつかったんじゃない。あなた、もしかしたら、主人がハンサムだからわざとぶつかったんじゃないの?そうよ、ぶつかったあなたが悪いのよ。花なんか持っちゃってさ。あなたは、私より十歳も若いから歳では勝てないけど、それだけじゃない。あなた、同性に嫌われるタイプでしょ。気をつけた方がいいわよ。今回はこの程度の怪我で済んだけど、いつか刺されるかもよ。あなたのせいで、私は主人からさんざん叱られて怒鳴られて、息子にも娘にも怒られて、おまけにあなたの病院代を払わなきゃいけないのよ。被害者は私だわ。あなたに怪我をさせたのは私だって認めてるわよ。でもね、あなたが、花なんか持ってなきゃ、そうよ、うちの主人にぶつかったあなたが悪いのよ。主人が浮気してるかもって大変な時にぶつかるからこういう事になるのよ。私は、息子の嫁に気を使い、主人が退職して年金暮らしになったからパートの時間を増やして娘の結婚資金を貯めてんのに、主人は呑気に居酒屋通い。あなたは優雅に着物なんか着ちゃって、そのうえ花をもらって。可哀想な私。苦労してんのは私だけ。私は、こんなに頑張ってんのに。だから、あなたがこうなったのも仕方ないのよ。あなたに天罰がくだったのね。今回のことは、あなたが、花を持って私の主人にぶつかったことが全ての原因なの。だから、あなたが悪いのよ。だけどね、私は親切だし常識を持っているし、後で何か言われたら嫌だから病院代は払ってあげるわよ。でも、二度と主人には近づかないでちょうだいね。それだけ、言いに来たのよ。」

返事をする間もなく、順子さんは帰っていった。

私は、親切でもないし、常識も持ち合わせていないので、書き上げたばかりの嘆願書を破り捨てた。


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