【演劇】『LGBT、治します。』(15/16)

シーン15 マナミへの説得

〈輝く製薬〉の会議室。マナミとタカフミはすでに座っている。ハルカが会議室に入ってくる。
ハルカは学校の制服姿だが、スラックスとネクタイをしている。

マナミ: ああ昨日は夜遅くのお電話すみま――あれっ! その格好はどうしたんですか?
ハルカ: あとで話します。それよりも相談したいことってなんですか?
マナミ: ああ……。えっと、そうですね! うん。そうしたらそこに。
ハルカ: はい。

ハルカ、マナミの正面に座る。

マナミ: 実はですね、その……フミ君――いや、タカフミさんが、
ハルカ: あの、マナミ社長がタカフミ――フミの親というのはもう知ってます。
マナミ: えっ、そうなんですか! じゃあもうフミ君と呼びますね――それが、フミ君が全然物も食べなくなって心配しているんです。今までそんなこと絶対になくて、医者に連れて行っても全然話してくれなくて……。

ハルカとマナミは、タカフミがの様子をうかがう。

マナミ: 何も口に入れないから薬も飲んでくれないんです。フミくんはこれまでずっといい子だったから……。それでハルカさんは大丈夫ですか? そういうことは。
ハルカ: 自分は大丈夫です。
マナミ: そう。それは良かった。でも、フミ君をどうしようと困ってて。ハルカさんだったらとても頭が良いし、何かわかるかなって。
ハルカ: うーん。
マナミ: ほら、フミ君って自分の世界に入っちゃうところがあるでしょ? だから友達の話もあんまり聞かなくて、きっとハルカさんなら仲がいいのかなと思って……。
ハルカ: そう……ですね……。
マナミ: 本当になんでもいいんです! 何かフミ君の助けになりそうなことがあれば……。
ハルカ: あの、
マナミ: はい。
ハルカ: 多分、フミはヘテローシスを飲みたくないんだと思います。
マナミ: そんなこと(笑)そんなことないですよ。ねえ? フミ君?

タカフミ、特に反応を示さない。

マナミ: そんなことないですよ。だって、フミ君は何も言ってなかったですよ!
ハルカ: はあ。
マナミ: 「ヘテローシスはどう?」って聞いたらいつもフミ君は「効いてると思う。ありがとう」って言ってくれてたんですよ? もし嫌だったら言ってるよね? ね?

タカフミ、特に反応を示さない。

マナミ: だから、多分その仮説は間違ってると思います。申し訳ないですけど。
ハルカ: そうですか。
マナミ: はい。何かフミ君から聞いたりしていませんでしたか? 何か手がかりになりそうなことを。
ハルカ: あの、もしかするとフミは、マナミ社長に何も本当のことを言ってなかったんじゃないですか? 今まで。
マナミ: どういうことですか?
ハルカ: たとえば、学校でいじられているというか、いじめられて――
マナミ: ああ! それは知ってます知ってます! でも、それはフミ君がLGBTだからで、治してあげて普通の男の子になればちゃんと――
ハルカ: 違うと思います。
マナミ: 何が違うんですか?
ハルカ: ヘテローシスを飲んでも続いていたらしいですよ。
マナミ: そんなこといつ聞いたんですか? だって、フミ君はなくなったって……。
ハルカ: じゃあフミは自分にしか言っていなかったんですね。マナミ社長の期待を裏切りたくなかったから。
マナミ: え……? なんで? なんで言ってくれなかったの?

タカフミは反応を示さない。

ハルカ: 多分それと同じで、フミは本当はヘテローシスも飲みたくないんです。
マナミ: なんで? だって飲めば苦しくなくなるんですよ? LGBTを治せるんですよ? ハルカさんだって飲んでるんだからわかりますよね? ねえ? あ、わかった! 効果の持続時間が短すぎるんですかね! 24時間しか効かないからよくないのかもしれませんね! 
ハルカ: いや、違うと思います。
マナミ: ああ、違う?
ハルカ: 確かに、体の違和感はなくなりましたし、普通の人になれたなとは思いました。
マナミ: ほら! ちゃんと効いてるじゃないですか!
ハルカ: でも、
マナミ: でも?
ハルカ: 飲んでも変わらないんですよ。周りは。
マナミ: なんでですか? だってハルカさんが変わったんだから周りも対応を変えるじゃないですか。
ハルカ: いや、そうじゃなくて、周りは確かに変わったように見えるんです。でも根本的には一緒なんです。
マナミ: なんですか? 根本的に一緒って。
ハルカ: ずっと注文し続けるんですよ、周りは。ああ、やっと普通になったね、良かったね、じゃないんです。ああ、やっと普通になれたんだ。じゃあもっと普通になりなさい、ってなるんです。
マナミ: それは、そのほうがハルカさんのためだから言ってるんですよ。
ハルカ: でも、自分は、周りのために生きてるんじゃない、自分のために生きたいんです! ……すみません。フミも、そう思ってます。多分。

タカフミ、うなずく。

マナミ: フミ君? そうなの? なんで私に言ってくれなかったの?

タカフミ、反応を返さない。

ハルカ: プレッシャーだったんじゃないですか? 多分。

タカフミ、うなずく。

マナミ: そんな……そんなこと……。
ハルカ: だからマナミ社長、自分は、LGBTを治せる世界じゃなくて、治さなくても楽しく生きていける世界が、自分はいいと思います。だからヘテローシスじゃなくて、そういういい世界を作って欲しいです。マナミ社長には。

タカフミ、うなずく。

マナミ: でも、じゃあどうするんですか? だってハルカさん、男になりたいんですよね? 辛いままじゃないですか。どうするんですか?
ハルカ: だから自分はヘテローシスを飲んで女になるんじゃなくて、ちゃんと手術を受けたりして男になります。
マナミ: そんなのお金もかかるし、大変なことじゃないですか!
ハルカ: でも、それでいいんです。ヘテローシスを飲み続けて、自分を押し殺していくより。
マナミ: (ため息)そうですか。……そしたら、私が今までフミ君のことを思ってやってきたことって、なんだったんですかね?
ハルカ: 多分、お互いのことを気遣いすぎてたんだと思います。マナミ社長もフミも。
マナミ: そうですかね……。

タカフミ、立ち上がってマナミのところに行き、マナミのことをハグする。
マナミもハグし返す。

マナミ: ごめんね、ごめんね……。今まで気づいてあげられなくて……。

タカフミ、マナミの言葉の最中に、首を振る。
暗転。

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