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【読書記録】ワクチンによる腕の腫れは、花である。吉村昭「雪の花」

ワクチンによる治療を福井県に普及させた医師の伝記です。
冒頭から、天然痘の死者を乗せた大八車が町を走り回る。その感染力はすさまじく、一人かかれば家族とその周囲は全身にボコボコと赤黒いあざをつくって死んでいく。

全身に醜いできものができるのが特徴だ。
命が助かっても、醜く変貌した顔で生きるのに耐えられず自殺した女もいる。
これが毎年のように流行する。

治療法は、牛糞を粉末にして飲むといった迷信や、病気よけの念仏やたすき、桃太郎のお札などが売られていた。

若き医師、笠原良策は無力感に震えていた。
お札に効果が無いことまでは知っていても、治療法がわからないから、それが心の支えになっている人に「やめろ」とは言えない。

そんな彼が西洋医学と出会う。古いものを伝える当時の日本の医学と違い、新しいものを試す西洋医学を学び、異国では天然痘を確実に予防するワクチンができていることを知る。

異国では、牛痘といって牛も天然痘にかかる。

牛痘は人に感染しても症状はほとんど出ない。
牛痘の「かさぶた」を接種すれば、少し腕が腫れるだけでその後一生天然痘にかからない。

長崎から輸入した牛痘のかさぶたを、おびえる子供や娘に説明して、腕に傷をつけて「植える」が、誰も赤く反応しない。
輸送中にかさぶたが変質してしまった。

最後の望みだった娘のほうたいを取ると、白い腕に、かすかに赤いブツブツがある。
日がたつと、しっかりと赤いできものに育った。
「花が開きもうした」
医師たちがいっせいに叫ぶ。
ここから、膿をとって他の子供に苗木をわけるように発症させれば、天然痘による死者の山を見なくてすむ。

タイトルの「花」が、まさか牛の病気が感染してできたブツブツだとは!
最近、ワクチンをうったときに腕がちょっと赤くなるって聞いて、どっちかといえば何の反応もないほうがいいとは思ってたけど、その症状を出すために全財産と命を投げうった先人たちがいたとは!

知識のない者が見れば醜い「かさぶた」が、知識のあるものから見れば数千人の命を救う薬になる。

遠い異国で、牛の乳しぼりをする人が天然痘にかからないことから研究は始まった。
そこから長い年月と、数えきれない犠牲者の姿をこえて「かさぶた」は花であることを見出した。この人類の英知!

ウイルスを運ぶときに「苗」「植える」と、植物を育てるときのことばを使うので、ほんとうに花のよう。

そこから、牛痘を植えた子供をつれて福井まで雪山を越え、遠い異国から、人から人へ、苗を絶やさないように治療法を持ってくる。
福井では役人の理解がえられず、異国の怪しい呪術のように誤解されたり、百年以上人間は変わってない!と思う場面も出てくるけど…初めて知ることに怯えたり、興味をもったりして生き方を変えていく。
迷信に反論できず見ているしかなかった若者は、偉業を為して医師として一生を終えることができた。


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読書感想文

読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。