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【嫌われる勇気】トラウマは存在しない、を認めることの恐怖。

弱さの原因となる出来事をギュッと握っていることで、「いやだ」とは思いつつもある種の安心感を得ることができるのかなとは思っていて。

それがあることで今の自分を変化させることをやめさせることができるから。


全部、良い悪いではなくて、

ただ今がそういう状態というだけでその選択が永遠に続かないということも事実。

逆に言えば、ずっとそのままでいるというのも同じことなんだよね。


☛28ページ「トラウマは、存在しない」

ようは「原因論」ではなく「目的論」からみるとそういうことになるみたいです。

「-経験の中から目的にかなうものを見つけ出す。自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定するのである。」

経験に意味付けをする。

あるスピリチュアルが好きな男性が言っていました。突然スピリチュアルでてきたよ。

「目の前の出来事には何の意味も持たない。見ている自分がその出来事に意味付けをしている。」

同じことを言っていたので思い出しました。


たとえば、手を滑らせてコップが粉々に割れてしまったとする。

ある人は「何か不吉なことが起こる予兆かもしれない。」と思い、別の人は「手を切らなくてセーフ。よかったー。」と思うかもしれない。


たとえば、上司や先輩に「こんなことしかできないなんて、気の利かない人だね。」と言われたとする。

ある人は「なんでそんなひどいことを言うの。」と傷つき、別の人は「次はこうすれば喜ばれるし、気を利かせることができるかもしれない。」と勉強する。

目の前の出来事が、自分にとってネガティブだと感じていても、その後の反応(意味付け)は自分で選んでいるというのに納得してしまいました。

…実は、後者の出来事は私の実体験ですw

そして、「ある人」も「別の人」も私です。

ショックを受けた気持ちは事実で、そのことは変えようがないんだけど、「私にとって何が起こったのか」の意味は変えることが出来ました。


トラウマ…というと、その人にとってとてもショッキングな出来事が起こったんですよね。

その瞬間はきっと悲しみとか、絶望とか、苦しみが襲ってきたんだと思う。

そんな最中には、さすがに良い風な意味付けなんてできないよね。沸き起こってきた感情がすべてだもん。


ポイントとなるのは、その後に何か行動などの変化を起こすという場面に遭遇した時、

その「トラウマとなった出来事」を変化を起こせない理由にしていないか自分で気づくことかなと。

でもこれって、本当に良い悪いで判断する話じゃなくて、ただそうってだけ。

「嫌われる勇気」では、「変わりたいけど変われない青年」に対して哲人がアドバイスをしているけど、

変わりたいと思っていないのなら、何ら意識することのないこと。


本の中ではもっと、人の潜在的にもつ「目的」について話しているけど、日常生活でも、この「目的論」はあらゆる場面で活用できそうだなって感じましたよ。


引用:嫌われる勇気ー自己啓発の源流「アドラー」の教え・著者 岸見一郎,古賀史健・2013年12月12日第1刷発行

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